十三本目 勇者限定クエスト!?
「勇者さまぁ〜! おなか空きましたぁ〜!」
「俺もだよ……」
昨日あんなに食ったってのに、腹の中はもう空っぽだった。
てか、一晩でこれかよ。禁煙って怖ぇ。
ぐぅ、とまた腹が鳴る。
その音をごまかすように腹を押さえたところで、妙に頬へ刺さる視線に気づいた。
横を見る。
わかばが、むすぅっとした顔で俺を睨んでいた。
「勇者様はさっき、トマト食べたじゃないですかぁ〜! 私の全財産を使って!」
「そ、それは……」
わかばはぷっくりと頬を膨らませると、両手で俺の胸をぽこぽこと叩き始めた。
「い、痛いんだけど」
「防御力999でしょう!」
「いや、心が……」
わかばは恨めしそうに俺を見上げた。
「このままじゃ、魔王を倒す前に飢え死にですよぉ」
飢え死にって、大げさだろ。とはいえ、この先、魔界を目指すにしても金は必要か。
俺は腹を押さえながら、大きくため息をつく。
「仕方ない。ちょっくらバイトするか!」
「ばいと?」
わかばがきょとんと首を傾げた。
◆
市場を後にした俺たちは、セブンスターにある冒険者ギルドへと向かっていた。いくらチートがあったとしても、飢えと金欠はどうしようもない。
「勇者様、見えてきました! あの建物がセブンスターの冒険者ギルドです!」
わかばが前方を指差す。
通りの先に、周囲の店よりひと回り大きな石造りの建物が見えた。
入口の上には、剣と盾を組み合わせた看板がぶら下がっている。いかにもって感じだ。
「よし! ちゃちゃっと終わらせるぞ!」
「はい!」
小走りでギルドまで駆け寄り、俺は勢いよく扉を押し開けた。
扉を開けた瞬間、むわっとした熱気が顔にぶつかった。笑い声。怒鳴り声。木製のジョッキ同士を打ち鳴らす音。
それらに混じって、焼いた肉の脂っこい匂いが容赦なく鼻へ入り込んでくる。
「……腹減った」
反射的に腹を押さえた。
正面には長い受付カウンター。その左手には、依頼書らしき紙で埋め尽くされた巨大な掲示板。
右奥には酒場があり、朝っぱらだというのに鎧姿の男たちが酒を掲げて馬鹿笑いしている。
串に刺された肉から、じゅう、と脂が落ちた。
「じゅるる……ゆ、勇者様! 早くいきましょう!」
「お、おう」
俺たちは酒場を見ないようにして、逃げるように受付カウンターへ向かった。
「冒険者ギルドへようこそ!」
カウンターに立っていた受付嬢が、営業スマイル全開で迎えてくれた。
「ええっと、なんかすぐにできる依頼とかないかな?」
「すぐに、ですか?」
受付嬢は少し考えてから、壁際の掲示板を指差した。
「でしたら、あちらに本日受注可能な依頼がございますよ」
「おっ、どれどれ」
俺とわかばはそろって掲示板の前へ移動した。
【Fランク依頼一覧】
掲示板の一番上には、そう書かれていた。
俺は並んだ依頼書に順番に目を走らせる。
「薬草の採取……五十ゴールド。スライム三匹の討伐……八十ゴールド」
「う〜ん、なんだか安いのばかりですね」
わかばが不満そうに唇を尖らせる。
そういやこの世界に来てから、ぼったくり武器屋やら高級レストランやら、極端な店ばっかりだったな。
五十ゴールドがどれくらいの価値なのか、いまだによくわからん。ただ、この先のことを考えると、金は多いに越したことはない。
俺は受付カウンターへ振り返った。
「なんかもっと、報酬が高いのないんですか?」
受付嬢は少し困ったように頬を掻きながら、小さく首を横に振った。
「ごめんなさい。あなたたちは未登録の冒険者ですよね?」
「登録? そんなんあるのか……」
俺とわかばは顔を見合わせる。
わかばも、こてんと首を傾げていた。
「未登録の方は、Fランクの依頼しか受けられない決まりなんです」
「で、ですが! このお方は勇者様なんですよ!」
「おい」
受付嬢の笑顔が、一瞬だけ固まった。
「……勇者様?」
俺とわかばを交互に見比べる。
「はい! 正真正銘、本物の勇者様です!」
わかばが胸を張った。
俺じゃなくて、お前が誇らしげにするんかい。
「は、ははっ……それは失礼いたしました」
受付嬢は引きつった笑みを浮かべた。
完全に信じてない顔だ。
しかし次の瞬間。
「あれ……?」
受付嬢が何かを思い出したように眉を寄せた。
「なんだ?」
「いえ……そういえば、ついさっき妙な依頼が届いたんですよ」
「妙な依頼?」
受付嬢はカウンターの下をごそごそと探り始めた。
「どう扱おうか困っていたんですけど……」
やがて、一枚の依頼書を取り出す。
「ぷ、ぷぷっ。ゆ、勇者様なら、ちょうどいいかもしれません」
「絶対信じてねぇだろ」
俺とわかばは、カウンターに置かれた依頼書を覗き込んだ。
【Fランク依頼】
【依頼内容:虹色鳥の卵の運搬】
【受注条件:勇者であること】
【報酬:一万ゴールド】
「…………」
「…………」
俺とわかばは無言で顔を見合わせた。
「って、一万ゴールドぉ!?」
わかばの声がギルド中に響いた。
「勇者様!」
「なんだ?」
「これにしましょう! 卵を運ぶだけで一万ゴールドですよ!」
わかばの目には、もう一万ゴールドしか映っていない。
「いや、待て待て」
俺は依頼書を指差した。
「それより、なんなんだこのふざけた受注条件は!?」
受付嬢は目をぱちぱちとさせている。
「それに! 卵を運ぶだけで報酬一万ゴールドって、怪しすぎだろ!」
受付嬢は首を傾げた。
「さあ?」
「さあ!?」
「私にも分かりません。届いたばかりの依頼ですので」
受付嬢は依頼書を覗き込みながら続ける。
「ただ、指定されている山も危険区域ではありませんし、仕事内容だけなら間違いなくFランクなんですよ」
「余計に怪しいじゃねぇか……」
どう考えても何かある。
「勇者様! 一万ゴールドですよ!」
「分かってるよ」
「それだけあれば、いっぱいご飯食べられますよ!」
「だから分かってるって!」
ぐぅぅぅぅ……。
タイミングよく、俺の腹が鳴った。
「ほら!」
「腹に説得されてんじゃねぇよ!」
わかばはもう一度、依頼書に目を落とす。
「山にある巣から、卵をふもとの村まで運ぶだけみたいですよ?」
「卵を……運ぶだけ……」
「どうしたんですか、勇者様! 楽勝じゃないですか!」
「いや……卵の運搬クエストを甘く見ない方がいいぞ」
「え? どういう意味ですか?」
飛竜に追い回されながら、巨大な卵を抱えて走った遠い記憶が脳裏をよぎる。
「もしかして、勇者様は経験者なんですか!?」
「ああ……昔、少しな」
「すごい! さすが勇者様です!」
わかばは勢いよく手を挙げた。
「この依頼やります!」
「お、おい、ちょっと待——」
「はい、ありがとうございます!」
受付嬢は食い気味に依頼書を引っ込めた。
「詳細はこちらに記載しております」
そう言って、地図などが記された別の紙をわかばに手渡す。
「いや、まだ受けるとは——」
「それでは、勇者様。お気をつけて!」
受付嬢は満面の笑みを浮かべた。
……嫌な予感しかしねぇ。




