十四本目 勇者の再来
地図に記された山へたどり着いたときには、すでに昼を過ぎていた。
「お、お腹……空きましたぁ……」
「言うな……余計に腹減る……」
空腹の身体を引きずりながら山道を登り、やがて開けた岩場へ出た。
「勇者様! あ、あれじゃないですか!」
わかばが指差す先。
木の枝を幾重にも積み上げた巨大な巣。その中央に、バスケットボールほどもある虹色の卵が鎮座していた。
表面は見る角度によって七色にきらめき、その頂には、まるで卵そのものが生み出しているかのような小さな虹までかかっている。
「ガチで虹かかってるやん、てかでけぇな」
「綺麗ですねぇ!」
わかばはその光景に見とれ、うっとりとした声を出した。
「さあ! 行きましょう!」
わかばは無邪気に卵へ駆け寄る。
「おい! もっと慎重に行け!」
「大丈夫ですよ〜! 魔物もいませんし!」
「……それが逆に怖ぇんだよ」
俺は周囲を警戒しながら、そろりそろりと巣に近づく。そして、卵をそっと抱え上げた。
軽い。勇者の力があれば、重さなんてほとんど感じない。
「さすが勇者様! これなら楽勝ですね!」
「そういうこと言うな。フラグになる」
俺は卵を抱えたまま、山道へ足を踏み出した。
数歩進んでは足を止め、背後を振り返る。
右を見る。左を見る。空もしっかり見る。
そんな俺の警戒をよそに、わかばは鼻歌でも歌い出しそうな足取りで山道を下っていた。
ところが、十分経っても、二十分経っても、何も起きない。そして一時間も経つ頃には、さすがの俺も警戒するのが馬鹿らしくなっていた。
「いや、何も起きねーな!」
卵を手にしてから、魔物はおろか、親鳥さえ追いかけてくる様子はない。
「そりゃあFランクの依頼ですし! 逆に何を期待していたんです?」
「別に期待してねーよ! ただ、こういうのにはお決まりの展開ってもんがあるだろ!」
そのときだった。
じゅるり。
すぐ近くで、妙な音がした。
「ほら来たぞ! 卵を狙う魔物だ!」
俺は卵を抱え直し、素早く周囲を見回す。
……いない。
木々の間にも、岩陰にも、魔物らしき姿はない。聞こえるのは、小鳥のさえずりと風に揺れる葉の音だけだ。
「……気のせいか?」
じゅる。
「そこか!」
勢いよく振り向く。
そこにいたのは——わかばだった。
なぜか、じーっと俺を見ている。
「……なんだよ?」
いや。
違う。
こいつが見ているのは、俺じゃない。
「勇者様?」
「なんだ?」
「その卵、目玉焼きにしたら美味しそうですねぇ」
「は?」
「だって、トレジャラー・ブラックにもありましたよね?」
「あ、ああ。そういえばあったな……」
俺は抱えた卵に視線を落とした。
いやいや、何を考えてるんだ俺。
一時の空腹のために、一万ゴールドをドブに捨てるのか。
「勇者様?」
「……なんでもない」
◆
それから何度も目玉焼きの誘惑に打ち勝ちながら、俺たちはようやく麓の村へと辿り着いた。
俺は卵を抱えたまま、とぼとぼと村の入り口へ向かう。
「……なんだ?」
村の中が、妙に騒がしい。
よく見ると、入り口には大勢の村人が集まっていた。
老人も、子供も、仕事途中らしい男たちまでいる。まるで、誰かを待っているみたいに。
「あっ! 虹色鳥の卵だ!」
「じゃ、じゃあ……」
「勇者様だ! 本当に来られたぞ!」
俺はそのまま人だかりの方へ歩いていく。
たちまち俺たちは村人たちに取り囲まれた。
「な、なんだか歓迎されてるみたいですよ!」
「あ、ああ……」
すると、人だかりの向こうから一人の老人が歩いてきた。
「お、おい。なんか前にもこんな展開あったよな?」
「そ、そうですね!」
老人は俺の前まで来ると、しばらく黙ったまま顔を見つめた。
「……間違いない」
「え?」
老人の目が、わずかに潤んだ。
「お待ちしておりました。勇者様」
老人の一言に、俺たちを取り囲む村人たちはそろって頭を下げた。
「いや、ちょっと待て。なんで俺が勇者だって分かるんだ? 卵か? この卵でわかるのか?」
老人は顔を上げると、穏やかに微笑んだ。
「その卵を持ってこられたことも理由の一つです。しかし、それだけではありません」
老人は俺をまっすぐ見つめる。
「その覇気……三十年前にも、一度だけ感じたことがあります」
「三十年前って……」
「ええ、かつて魔王を討ち滅ぼした、伝説の勇者様です」
なんか同じようなことを前にも言われたな。
「この依頼は、あなたが?」
「ええ、実は昨夜、とある夢を見たのです」
「夢?」
「はい。まもなく、新たな勇者様がこの地を訪れると」
「それで、あんな依頼を?」
「ええ。そこで、三十年前と同じお願いをしてみようと思ったのです」
老人は、俺の腕の中の卵へ視線を落とした。
「三十年前。伝説の勇者様がこの村を訪れた際にも、我々は同じお願いをしたのです」
「……同じ?」
「虹色鳥の卵を、一つ取ってきてほしいと」
「魔王倒しに行く勇者に何頼んでんだよ」
「ですが、あのお方は嫌な顔一つせず、こうして卵を抱えて戻ってきてくださいました」
「それで俺にも同じことを?」
「はい。本物の勇者様であれば、必ずや願いを叶えてくださると」
「なんだよその確認方法!」
すると、老人は近くにいた村人を一人呼び寄せた。村人は懐から封筒のようなものを取り出して老人に渡す。
「勇者様、こちらが報酬です。これからの旅にお役立てください」
そう言って、俺に封筒を差し出した。俺は卵を近くの村人に渡し、封筒を受け取る。
「ところで勇者様、それにお連れの方。お腹は空いていませんか?」
「え?」
「よろしければ、この卵を皆で食べませんか?」
わかばの顔がぱあっと明るくなる。
「三十年前も、勇者様が持ち帰った卵を村の者たちと囲みました」
「……じゃあ、これも再現か?」
「はい」
「め、目玉焼きですか!?」
◆
それから俺たちは、村人たちと一緒に虹色鳥の巨大目玉焼きを囲んだ。
村の中心に用意された巨大なテーブルには、目玉焼きの他にも肉や魚など、様々な料理が並んでいる。
「す、すげぇな、わか——」
俺がそう言いかけながら、隣に目を向けると、わかばは小さな頬に料理をぱんぱんに詰め込んでいた。
「おいひいでふね!」
「お、おう」
しばらく食事を楽しんでいると、先ほどの老人が俺たちのそばにやってきた。
「勇者様、それにお連れの方、我が村の料理はいかがです?」
「さいこうですぅ!」
わかばは満面の笑みで答える。その顔を見ていると、自然と俺の頬も緩んだ。
「とても美味いです!」
「それはよかった。そういえば、三十年前の勇者様もよく食べるお方でした」
そう言って老人は俺の前に山積みにされた空の皿に目を向けた。
「へ、へぇ……」
「そういうところも、あのお方によく似ておられます」
「そういえば、三十年前の勇者ってどんな人だったんですか?」
「多少、口は悪かったですが、根はお優しいお方でした」
ぷぷっ。
隣から小さな笑い声が聞こえた。
「そんなところまで、勇者様とそっくりなんですね!」
「ああ?」
けれど、俺が老人に視線を戻すとその顔には影が差していた。
「ですが、その勇者様も魔王を討ち倒したものの、結局魔界から戻ることはありませんでした……」
「相討ちだった……ってことか」
「詳しくはわかりません。しかし、魔王は復活してしまいました」
それから老人は、村の外にある畑に目を向けた。今まで気が付かなかったが、畑の作物は全て根こそぎ抜き取られていた。
「魔王の圧政により、我々はもう限界です。この村も、いつまで持つか……」
老人は寂しそうに、宴の料理へ目を落とした。
「今日の料理も、勇者様をお迎えするため、村中から食料を持ち寄ったものなのです」
そういえば、肉や魚ばかりで野菜が一つもなかった。
「そ、そんな……」
わかばの手が止まる。
「あ、申し訳ありません! どうぞお気になさらず!」
「……三十年前の勇者について、もっと詳しく知る方法はありますか?」
老人はしばらく黙り込んだあと、静かに答えた。
「聖都アストレアへ向かってください」
「アストレア?」
「ええ。今なお、魔王の影響が及んでいない唯一の地です」
「そこに行けば、何かわかると?」
「はい、三十年前の勇者様も、この村を離れたあとアストレアへ向かうと言っていました」
「……なんでアストレアに?」
「魔界へ入るためです」
「え?」
老人は静かに頷いた。
「魔界へ通じる門を開くことができるのは、アストレアにおられる大賢者オルディス様ただ一人です」
「じゃあ、どっちにしろアストレアには行かなきゃならないってことか」
「はい。それに、三十年前の勇者様についても、あの地なら何か分かるかもしれません」
「……なるほどな」
俺は隣のわかばを見る。
「決まりだな」
「勇者様?」
「次の目的地は聖都アストレアだ!」




