八本目 チートデイ
「と、とにかく! ありがとうございました」
「これで、この村は救われる!」
村人たちは何度も何度も俺たちに頭を下げた。
「も、もういいよ!」
俺は慌てて両手を振り、頭を上げるよう促した。
「あれ? 勇者様、顔赤いですよ」
「あ?」
「ふふっ。照れてるんですか〜」
わかばは俺を見て悪戯っぽく笑った。
そのとき、村の奥から急に声が聞こえた。
「今、勇者様と申されましたか?」
「ん?」
一人の老人が杖をつきながら歩いてくる。
「村長!」
俺たちを囲んでいた村人たちは、自然に道を開けた。村長と呼ばれた老人は目の前で立ち止まると、俺の顔をじっと見つめた。
「まさか……あの時の、勇者様……?」
「は? あの時?」
「……いえ。失礼いたしました。あまりにも似た雰囲気を感じたもので」
村長は頭を深く下げてから、手で何人かの村人を呼び寄せた。
「しかし、あなた様は、我々をお救いくださった勇者様に違いはない。このお方たちに、精一杯のもてなしを」
「はい、村長!」
村人たちはもてなしの準備のため動き出そうとした。
「いや、いいよ」
「え? で、ですが……」
「俺、この後約束があるんだ。もてなしならまた今度な」
「で、ではせめてこれを」
村長は、懐から一本の小瓶を取り出した。陽の光を反射して、琥珀色の液体が煌めく。その中には、黒く湾曲した何かが浸かっていた。
「なんだこれ?」
「これは、この地域の主である火竜の鉤爪をそのまま漬け込んだ、我が村に伝わる秘薬です」
「火竜の……鉤爪?」
「ええ、これを飲めば、まるで燃え盛る火竜のように、全身が奮い立ち、たいへん精がつきますぞ」
「は?」
「ここぞという場面で、お使いください」
そのとき、小瓶を見つめていたわかばが口を開いた。
「村長様! ここぞとはいつ——」
「行くぞ! わかば!」
俺はわかばの腕を引っ張って、そのまま村を後にした。
「そういえば勇者様! 約束ってなんですか?」
「決まってんだろ。セブンスターの武器屋に行くんだよ」
「ですが、剣は要らないと……」
「ああ、剣はな」
「剣は?」
「まあ、来ればわかる」
わかばは何かを閃いたように顔を上げた。
「あっ! セブンスターに行くなら、新しい服買いましょうよ」
「服?」
「はい、勇者様の服、背中がまる焦げですから」
わかばは口もとを隠しながらくすくすと笑う。
「そうだな」
「勇者様に相応しい服を、私が選んであげます!」
「まあ、好きにすれば」
「ふふっ」
「それにしても、歩きだと時間がかかるな」
「それは、仕方ないですね」
俺はふと立ち止まり、腰をかがめた。
「勇者様?」
「乗れ、わかば。走るぞ」
「え? え?」
「早くしろって。しっかり掴まれよ」
「は、はい……」
わかばは少し戸惑いながらも、俺の背中に乗った。むき出しになった肌に直接伝わる体温と、むにっと柔らかい感触に、思わず身体が固まる。
「勇者様?」
「な、なんでもない……」
できるだけ意識しないようにして、俺は全速力で街道を駆け出した。
◆
セブンスターに着いた俺たちは、あの武器屋に入った。
「約束通り、魔王軍を倒してきたぞ」
「証拠はあるのですか? なければ剣は渡せませんよ」
武器屋の店主はニヤリと笑った。
「証拠なら、もうすぐ来るんじゃないか?」
「はい?」
店主が首を傾げたときだった。店の外が急に騒がしくなる。
「魔王軍だ! 魔王軍が攻めて来たぞ!」
「に、荷車を引いてるぞ!」
街の人たちの慌てふためいた声が響いた。
「表へ出てみろよ」
「は、はあ」
店の外には、鉄の調理器具を山積みにした荷車が止まっていた。そして、荷車を引いていた魔物と目があった。
「ゆ、勇者様! お約束通り、セブンスターに鉄を運んでまいりました!」
「おっ、思ってたより早かったな」
「ありがとうございます! それでは失礼いたします!」
魔物は軽く頭を下げてから、全速力で街の外へ駆けていった。
「ほら、これが証拠だぞ」
「マジですか?」
「マジだ。街道の封鎖も解除した。もういつも通り取引ができるはずだ」
店主はぽかんと口を開けたまま、店の奥に向かっていく。
「おい。証拠は出したぞ!」
俺とわかばは後を追いかけて、店の奥に向かった。店主は俺の声を無視して、一人で何かぶつぶつと喋っている。よく見ると、紫色に光る石に向かってしゃべっていた。
「わかば、なんだあれ?」
「あれは、魔法石ですね」
「魔法石?」
「はい。遠く離れた場所にいても、あの石を通じて話ができるんです」
「なるほど、電話みたいなもんか」
やがて、店主はため息をついてこちらを向いた。
「いま、鉱山に確認しました。どうやらあなた方の話は本当だったようですね」
「だから言ったろ」
「私の負けです。どうぞ、お好きな剣を持っていって下さい」
「いや、剣はいらん」
「では、オリハルコンの大剣を——って、今なんと?」
「剣はいらないから、とりあえず服だ」
「こ、ここは武器屋ですよ?」
◆
それから、俺とわかば、それと武器屋の店主は近くにある服屋へ向かった。
剣の代わりに、店主に服を奢ってもらうため。
しばらくして、わかばが一着の服を持って、笑顔で駆け寄ってくる。
「勇者様! これ、どうですか!」
「なんだこれ?」
それは、白を基調とした少しダボついた服。背中に赤いマントが付いている。まさに、勇者という具合の服だった。
「どうですか? お似合いだと思います!」
「いや、恥ずいわ!」
「そうですか? 私はかっこいいと思いますけど」
「これじゃまるでコスプレだろ!」
わかばは首を傾げた。
「こすぷれ、とはなんですか?」
「こうやって、何かになりきって着せ替えしたりすることだよ」
「でも、勇者様は、本物の勇者じゃないですか!」
「ま、まあな」
「それに、こすぷれっていうの、私もやってみたいです!」
「やめといたほ——」
いや、ちょっとだけ見たいかも。
でも。
「まあ、わかばはそのままでいいんじゃね?」
「そのままって?」
「その服似合って——」
わかばは、少し顔を赤くしていたように見えた。
「なんでもない」
「え〜、なんて言おうとしたんですか!?」
「だからなんでもないって!」
俺がそう言ったとき、わかばが急に後ろを振り返った。
「勇者様……さっきから、誰かにつけられてませんか?」
「は?」
俺も後ろを振り返る。けれど、人混みの中に怪しい姿は見当たらない。
「気のせいじゃねえの?」
「そ、そうですよね……」
そんな俺たちの前に、武器屋の店主がそろりと近づいてくる。
「あ、あの〜」
「あ?」
「早く決めてもらえませんか? 私、店に戻らないと」
「まあ、これでいいや。よし、つぎは飯だ!」
「え?」
◆
高級レストラン、トレジャラー・ブラックにて。
「ええっと、火竜のテールステーキに、虹色鳥の丸焼き、それと……」
すぐ隣から、わかばの声が飛んできた。
「勇者様! そんなにお肉ばかり食べてはいけません! もっと野菜も食べないと!」
「は? 野菜はこの前食べただろ!」
「そ、それは、そうですけど……」
「ほら、見ろこれ!」
俺はメニューに描かれた、ステーキの絵を指差した。
「ステーキの付け合わせにジャガイモついてるぞ」
「た、確かに」
わかばは覗き込むように、ステーキの脇に描かれた、山盛りのフライドポテトらしき絵を見つめていた。
「勘弁してくださいよ〜。どんだけ食べるんですか」
俺とわかばの正面に座った、武器屋の店主は今にも泣き出しそうな声をあげた。
「オリハルコンの剣に比べたら安いもんだろ」
「そんな〜」
「ご注文は以上でしょうか?」
一通り注文を終えた時、ふと、前に来た時のことを思い出した。
「おい、わかば。甘いもの食べていいぞ!」
「えっ、で、ですが……」
「いいんだよ。今日はチートデイだ」
「ちーと、でい?」
わかばはこてんと首を傾げた。
「そうだ、禁煙でもな、一日だけ何本でも吸っていい日があるんだよ」
「え? 一本ならまだしも、それは流石に……」
「ほらほら〜、デラックスパフェ、食べたいんだろ?」
「う、ぐぬぬ〜」
メニューを掴むわかばの指に力がこもる。
「で、では少しだけ」
わかばはウェイトレスへ向き直った。
「デラックスパフェを四つ下さい!」
◆
しばらくして。
「おっ、コーヒーあるやん」
けれど、メニュー表に記された値段は驚くべきものだった。
「一杯、一万ゴールド!? たっか!」
店中の視線が集まった気がした。武器屋の店主が、口に手を添えて小声で話しだす。
「コーヒーは魔王の好物とされてますからね。魔王軍が独占してるんですよ」
「なるほどな」
「さっ、もう帰りましょう!」
武器屋の店主は立ち上がる。
「すいませーん、コーヒーを一杯下さい!」
「え?」
すぐにウェイトレスが駆け寄って来た。
「か、かしこまりました。お砂糖はいかがなさいますか?」
「ええっと、四つ入れて下さい」
「勇者様! それは入れすぎです!」
わかばはビシッと俺を指差す。
「は? お前が言うなよ」
「それよりも、勇者様、甘いものはお嫌いだったのでは?」
「えっ、ああ、そうだった。つい、いつもの癖で」
「いつもの、癖?」
「なんでもねーよ。間違えたわ、砂糖はなしでお願いします」
「かしこまりました」
「勇者様、まさか……」
その声から逃げるように、俺はそっぽを向いた。それから、生まれて初めてブラックコーヒーを飲んだ。
「苦い……」
けれど、隣から聞こえる「くすくす」という小さな笑い声を聞くと、なぜか少しだけ甘く感じた。
◆
「久しぶりにこんなに食ったな」
「美味しかったです! 勇者様!」
「いや、私が払ったんですが……」
高級料理をたらふく食べた俺たちは、店を後にした。気づけばとっくに陽は落ちており、セブンスターの街は夕闇に飲まれていた。
「そういえば、今晩どこで寝る?」
「そうですね〜、どこか宿を探さないと……」
わかばがそう口にしたときだった。突然、俺の頭に割れるような痛みが走った。
「うっ!」
思わず、頭を押さえながらその場に膝をつく。
「ゆ、勇者様!?」
視界が、だんだんと濁っていく。
息が、苦しい。
めちゃくちゃ眠い。
それに、無性に腹が立つ。
何もかもがうっとうしい。
【勇者スキル:LOCKED】
【阻害物質を検出】
【精神安定スキル:LOCKED】
【勇者スキル再解放まで、残り二時間三十八分】
は? 阻害物質? ロックってどういうこと?
まさか、毒を盛られたのか?
てか、俺、何やってんだ?
まあ、どうでもいいか。
とりあえず。
タバコ吸いてえ——。
そのとき。
暗闇の向こうから、男たちの荒っぽい声が聞こえてきた。
「いたぞ! あの女だ!」
「隣にいるのが、勇者とかいうやつか?」
黒い目出し帽を被り、手に棍棒を持った男が五人、ゆっくりと近づいてくる。
誰だ、こいつら。
「ゆ、勇者様! しっかりしてください!」
たちまち、俺とわかばは、素性のわからない男たちに取り囲まれた。
でも今は、そんなことどうでもいいくらい、タバコが吸いたい。




