七本目 魔王のお料理教室!?
翌朝。
俺とわかばは、魔王軍の荷車が向かおうとしていた先を突き止めるため、鉱山へ続く街道を北上していた。
しばらく歩いた頃。
「勇者様! あそこ、見てください!」
わかばが、街道から少し外れた先を指差す。
「なんだ? あれ」
そこには、見慣れた紅白の旗を掲げる、大きな建物の影が見えた。入り口付近には木箱を山盛りにした荷車が数台停まっている。
屋根から伸びた煙突からは、モクモクと白い煙が上っていた。
「あの旗! 魔王軍の建物ですよ!」
「やっぱりなんか隠してやがったな」
荷車の周りには、昨日戦ったのと同じようなガーゴイルが数匹いる。
「あっ! 魔物が、なにかを運び込んでます」
「あの木箱、昨日見たのと同じ野菜か」
「さあ! 行きましょう!」
わかばは元気よく、杖を振りかざした。
「おい、わかば。お前ここで待ってろ」
「え?」
「いや、危ないかもしれないし」
「嫌です!」
わかばは食い下がるように俺に詰め寄った。
「は? 即答かよ!」
「勇者様をお一人で行かせるわけにはいきません! 私も戦います!」
「いや、お前、回復魔法しか使えねーだろ」
「勇者様が怪我をされたとき、私が治します!」
わかばは、かざした杖の先で勢いよく地面を突いた。
「いや。俺、防御力カンストしてるけど……」
「そ、それは……ぐ、ぐぬぬ〜」
わかばは唇を噛んで悔しがる。
「はぁ、わかったよ。じゃあ、俺から離れるなよ」
途端に、わかばの顔がぱっと明るくなった。
「はい!」
◆
「だっ、誰だ! 貴様らは!」
「ぎ、ギイャ!」
入り口にいたガーゴイルを処理した俺たちは、そのまま謎の建物の中に入った。
中では大小様々な魔物が、忙しそうに働いている。手に棍棒を持った、一つ目の鬼のような魔物。宙に浮かんだ、魔術師のような魔物。
「なんだここ? 工場か?」
「勇者様! あれなんですか?」
わかばが工場の中心を指差す。
「あれは、鍋?」
そこでは大きな鍋に、魔術師のような魔物が呪文をかけながら、ぐつぐつと何かを煮込んでいた。
その時。
一つ目の魔物が、俺たちに気がついた。
「貴様ら! 何者だ!」
「侵入者だ!」
「見張りの兵は、なにをやってるんだ!」
魔物たちは、次々と声を上げる。そのうち、一つ目の魔物が手にした棍棒を振り上げながら、俺たちに向かって突進してきた。
「わかば! 下がってろ!」
俺は、わかばの前に立つ。
魔物は棍棒を、勢いよく振り下ろした。
「勇者様! 危な——」
だが、俺はそれを片手で受け止める。
「な、なに!」
そして、棍棒を握ったまま、魔物の身体ごと軽々と投げ飛ばした。
ガシャンと、音を立てて魔物は中央の鍋に激突する。その衝撃で、鍋がひっくり返った。
「ぎゃあああっ! あっつ!」
投げ飛ばされた魔物は、鍋の中身をかぶり悶絶する。
「ひっ、ひぃぃ! 化け物」
残された魔物たちは、右往左往していた。
「いや、化け物って、お前らが言うなや」
わかばが俺の背中から、ひょいと顔を出す。
「ん? どうした?」
「勇者様! あれ! 鍋の中身見てください!」
「中身?」
床にぶちまけられたドロドロとした鍋の中身は、ゆっくりと工場内に広がっていた。
「あれって、まさか」
「はい! あれはジャガイモです! それに、あの赤いのはトマトですね」
「なに作ってんだ?」
「シチュー……とかですかね?」
わかばは唇に指を添えて首を傾ける。俺はすかさず、鋭い視線を魔物たちに向けた。
「おい! ここの責任者呼んでこい!」
「は、はい。私でございます」
すぐに返事をしたのは、鍋に呪文をかけていた魔術師風の魔物だった。
「い、今、勇者様と仰いましたか? ど、どおりで魔王様に匹敵する覇気を……」
魔術師の声は震えていた。
「いや、魔王軍が勇者にビビんなよ」
「も、申し訳ございません!」
「街道を封鎖してたのはお前らか?」
「は、はい! この施設を人間に発見されぬよう、街道を封鎖せよと命じられております」
「魔王からか?」
「は、はい!」
「そ、それから……」
魔物は申し訳なさそうに、もじもじしていた。
「鉱山から運ばれてくる鉄も、全てこの施設へ回せと……」
「あ?」
「そ、それと、野菜には世界を揺るがすほどの魔力が込められていると……この地域の野菜は上物だとも……」
「聞かれてもないこと、べらべら喋んなよ!」
「も、申し訳ございません!」
俺は工場内を見渡した。壁際には、大小さまざまな鍋や配管、用途の分からない鉄製の器具が並んでいた。
「それで、なに作ってんの? これ」
「さ、さあ?」
魔術師はとぼけるように首を傾げた。
「さあって……お前、責任者だろ?」
「ひっ、申し訳ございません!」
俺は鍋の周りにいた、他の魔物たちに目を向けた。
みな、固まっているだけでどうやら本当に知らないらしい。
「わ、我々は魔王様に命じられた通り、野菜を煮込んでいるだけでして……」
「煮込んでどうするんだ? 食うのか?」
「さあ? できたスープは全て魔界に運ばれますから……」
「ちっ」
「ひ、ひぃぃ!」
「街道を封鎖してまで作ってたのが謎のスープか……」
ふと、わかばの顔が視界の端に映った。
「お前らの身勝手なお料理教室のせいでな、どれだけの人間が苦しんでるのか、わかってるのか?」
「わ、我々は魔王様の命令に従っただけです!」
魔術師はぺこぺこと頭を下げた。
「命令だ。今日でこの施設は閉鎖だ。街道の封鎖も解け。いいな?」
「し、しかし、魔王様に知られれば、我々は……」
「気にするな。魔王は、じき滅びる」
俺は魔物たちに見せつけるように、拳を握った。
「ひっ……!」
「それから、ここにある野菜を全部元の持ち主に返せ。鉄は全てセブンスターに運べ!」
「そ、それは……」
「返事は?」
「は、はいぃぃ!」
◆
施設を後にした俺たちは、南に向かって進んでいた。
「勇者様! 今度はどこに行くんですか?」
「あの放置された野菜も返しに行こう」
「え?」
「まあ、俺たちにも責任の一端はあるからな。野菜に罪はないし」
「勇者様……」
しばらく歩くと、魔王軍が封鎖していた地点に辿り着いた。そこには、木箱を山盛りにした荷車が二台放置されている。
「わかば、地図見せろ」
「は、はい」
俺はわかばが開いた地図に視線を落とす。街道から少し南へ外れたところに、家の絵が描かれていた。
「ここから南にある村って、ここだよな?」
「はい、おそらくは……」
「わかば! お前この荷車に乗れ」
「え? どうするんですか?」
「いいから!」
俺はわかばを担ぎ上げ、荷車に乗せた。
「ひゃっ」
俺は二台の荷車の引き手を、左右の手でそれぞれ掴んだ。
「しっかり捕まってろよ」
「まさか、二台同時に引くのですか!?」
「今の俺は、超越せし者だからな!」
「ぷっ」
「笑うな!」
俺は思い切り地面を蹴り出した。ガタガタと音を立てながら、凄まじい速さで、わかばと野菜を載せた二台の荷車が進んでいく。
「ひ、ひゃぁぁぁ、速すぎですぅ! 勇者様!」
「落ちるなよ!」
あっという間に、家々の影が見えてきた。
「見えてきたな」
村の入り口にいた男が、こちらを見て目を見開いた。
「ま、魔王軍だ! 荷車が突っ込んでくるぞ!」
「こ、今週の分は昨日持っていったばかりじゃないか!」
「違いますぅぅぅ! 勇者様ですぅぅぅ!」
村の入り口で、荷車は土煙を巻き上げながら急停止した。俺たちはたちまち村の男たちに囲まれた。
「人だ、人が荷車を引いてるぞ……」
「こ、これは俺たちが納めた野菜じゃないか」
俺は平然と、額の汗を拭う。
「これ、あんたらのだろ? 取り返してきたから、返すよ」
「そ、それじゃあ魔王軍は……」
村人たちは、心配そうな顔を浮かべた。
「少し懲らしめてやったから、もう大丈夫だ」
「す、凄い! でも、あなたは一体……」
俺は「ふっ」と小さく息を吐いた。
「俺は伝説の勇者! 超越——」
「超越せし者です!」
「おい!」




