五本目 覚醒! 超越せし者
【勇者スキル解放まで、残り四時間】
俺たちは、北の鉱山を目指して街道を歩いていた。
「の、喉が渇いた……」
「我慢してください! もう水筒は空ですから」
「え? もう?」
「ほとんど勇者様が飲んだんですよ〜」
「マジか……って、ん?」
そのとき、前方にきらきらと輝く水面が見えた。
「ゆ、勇者様! 見てください、川がありますよ!」
「み、水?」
それはまるで、脂っこいラーメンでも食べたあと、近くに喫煙所を見つけた時のような感覚だった。
俺は棒のようになった足を引きずりながら、そのオアシスへと向かった。
「これ、飲めるのか?」
「多分。綺麗ですし、大丈夫じゃないですか?」
「まあ、最悪腹壊すくらいか……」
俺は川へ勢いよく顔を突っ込み、水を飲み始めた。
「な、なんて飲み方ですか!」
頭上から、くぐもった声が聞こえた。けれど、この異常な渇きに抗えない。
水を飲み終えた俺たちは、しばらく川岸で休むことにした。すると突然、わかばが服を脱ごうとした。
「お、お前! 何やってんだ!」
「いや、歩いてたら汗かいたんで、少し水浴びでもしようかと……」
「は?」
「それより、勇者様! あっち向いててください!」
わかばは顔を真っ赤にしながら手で促した。
「わかったよ。向こう行ってるから、終わったら呼んで」
立ち上がり、川から離れようとする俺の腕を、わかばが掴む。
「……嫌です」
「え?」
わかばは頬を赤らめながらそっぽを向いた。
「そばには……いてください」
その声は震えていた。
「それって……どういう……」
掴まれた腕が、かすかに熱くなった気がする。
「勇者様が離れたら、魔物が寄ってくるかもしれないじゃないですか!」
「俺は、蚊取り線香かなにかか?」
◆
【勇者スキル解放まで、残り十分】
それから、休憩を終えて長い時間歩き続けた俺たちは、ついに、魔王軍が封鎖している地点に辿り着いた。
わかばが遠くを指差す。
「勇者様! あ、あそこに魔物が!」
「うん」
「勇者様? お、お身体は、大丈夫ですか?」
「うん」
「と、とにかくっ。残り十分です! どこかに隠れましょう」
「うん」
俺の身体はすでに、限界を迎えていた。手足の震えはすっかり止まり、強烈な痺れに変わる。脳みそはもう、働くことを止めていた。
呆然と立ち尽くす俺の腕をわかばが掴み、近くの茂みに連れ込んだ。焦点の定まらない目で遠くを見つめると、ある一点に目が止まる。
「あ、あれは?」
俺が指差した方向にわかばが顔を向ける。
「あっ、あの旗ですか?」
それは、上半分が真っ赤で、下半分が真っ白。その境目を山形の線が分けている、どこか既視感のある旗だった。
「あれは、赤マル……あんなところに、ヤニが……」
俺は、よろよろと立ち上がろうとした。まるで、その旗に吸い寄せられるように。
「しっかりしてください勇者様! あれは、魔王軍の紋章ですよ!」
わかばは俺の腕を掴んで必死に止めた。
「や、ヤニが……」
「もぉ〜、勇者様ぁ! あとたった十分です。頑張りましょうよ〜」
その時、俺の身体からドス黒い煙のようなものが立ち上り始めた。
【スキル:威圧を発動しました】
それと同時に、遠くから魔物たちの声が響く。
「な、なんだこの殺気は!? まさか魔王様がお近くに!?」
「いや、あそこだ! 人間がいるぞ!」
魔物たちの視線が、一斉に俺たちに向いた。
「へ?」
「見つかりました! 逃げましょう!」
【勇者スキル解放まで、残り九分】
わかばが俺の手を引いて走り始めた。俺はそれに身を任せて足を動かし続ける。
ふと、後ろを振り向いた。すると、コウモリのような翼を生やした人型の魔物が、四匹こちらへ向かって飛んでくる。
「あ、あれガーゴイルってやつか……」
「黙っててください!」
わかばの手の力が強くなる。
「ギャイーー!」
ガーゴイルの鳴き声が後ろから響いた。その瞬間、サッカーボールほどの火球が俺たちの進路上に直撃する。
「きゃあ!」
わかばは俺の手を掴んだまま、急停止した。そして、爆風に煽られてその場に尻餅をつく。
【勇者スキル解放まで、残り七分】
俺たちはたちまち、空中でホバリングする四匹のガーゴイルに囲まれた。
「ご、ごめんなさい。勇者様……」
わかばはその瞳に涙を浮かべて、無理に笑った。
いや。
なんで謝るんだ。少なくともわかばのせいじゃないはず。
四方から、呪文のようなものが聞こえた。ガーゴイルの前に小さな火球が現れる。それは、次第に大きくなっていった。
冷や汗が止まらない。身体中の水分が抜けていくような感覚だ。
マジか。俺、ここで死ぬのか。てか、死んだらどうなるんだ?
死を間近に感じた瞬間、ヤニ切れを忘れ冷静になった。
違う。
俺はいい。
だから、せめてこの子だけは。
俺の頬を、冷たい何かが伝った、そのときだった。全身の毛穴が一気に開いたように、尋常ではない量の汗が噴き出した。
【代謝率の急上昇を検知】
【阻害物質、体内残留量、急速低下】
【勇者スキル解放まで、残り六分、五分、四分……】
「えっ?」
異常な速さで、タイマーが進み始める。
そこからは、時間が止まったかのようにゆっくり感じた。ガーゴイルは、わかばに狙いを定める。
【勇者スキル解放まで、残り二分、五十秒、三十秒……】
俺は庇うように、わかばの上に覆い被さった。
「勇者……様?」
胸の下から、震えるような小さな声が聞こえた。
「ギイャー!」
【勇者スキル解放まで、残り三秒、二秒、一秒】
ガーゴイルが雄叫びを上げると同時に、四方から火球が放たれる。
【勇者スキル:UNLOCKED】
俺はわかばの頭を抱き寄せ、胸元へ引き込んだ。その瞬間、俺の背中に衝撃が走った。俺とわかばを猛烈な爆炎が包み込む。
「くっ」
視界が赤く染まる。けれど、不思議と熱さも、痛みも、何も感じない。
やがて、煙が晴れた。
「えっ? 私、生きて……」
胸の下からわかばの小さな声が聞こえる。
「ギィヤ?」
ガーゴイルは多分驚いていた。
【精神安定スキル:発動】
【ステータス更新】
【攻撃力:999】
【防御力:999】
【素早さ:999】
【魔 力:999】
「これは……?」
俺は立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。
空気が澄んでいて美味い。肺に染み渡っていく。身体も、不思議と軽い。頭がスッキリとしている。目に映る景色は、いつもより色鮮やかだ。
ふと、足もとに目を向ける。
わかばは身を小さくかがめて、小刻みに震えていた。
あれ? こいつ、こんなに可愛かったっけ?
【勇者スキル:《超越せし者》を獲得しました】
超越——。
ああ、そうか。
「これが、超越せし者の見る世界か——」
「はい?」
しばらく余韻に浸っていると、わかばの間の抜けた声が聞こえた気がした。
「わかば! 俺の側から離れるなよ!」
「は、はい! 勇者様!」
ガーゴイルはすでに、次の攻撃の準備をしていた。
俺は小さく息を吐く。体の芯から、力が溢れてくる。
「うぉりゃゃああ!」
俺は地面を蹴り飛び上がった。
砂煙を巻き上げながら、多分数メートルは飛んでいる。
「ギャ! ギャイ?」
そのまま、正面にいたガーゴイルに拳をぶつけた。
ガーゴイルは地面に叩きつけられて、木っ端微塵になっていた。
やがて紫色の霧に包まれて霧散する。
軽やかに地面に着地した俺は、残りのガーゴイルを睨みつける。
「ギャ! ギャオ!」
超越せし者の覇気に恐れをなしたのか、残りのガーゴイルは一目散に撤退した。
「ふぅ」
俺はわかばに手を差し出す。
「怪我はないか?」
「は、はい! 勇者様!」
そのまま手を握り、わかばを起こした。
「こ、これが、勇者様の真のお力……」
「ああ、そうみたいだな」
「すっ、すごいです! かっこよかったです!」
「えっ? そ、そう?」
俺は頭を掻きながら、ステータス画面を見つめる。
【攻撃力:999】
【防御力:999】
【素早さ:999】
【魔 力:999】
「いや、超越せし者って割には、ただステータスが上がっただけじゃね?」
「いいじゃないですか! わかりやすくて!」
「まあ、それもそうか」
「はい! 力こそパワーです!」
「お前、そんな言葉どこで覚えたんだ?
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