三十一本目 「勇者スキル:LOCKED」
俺は一歩前へ出て、魔王と向き合った。
「もう話は終わりだ」
「ほぉう」
魔王がゆっくりと杖を構える。
「我に勝てるとでも?」
「ああ」
「その自信は、勇者の力か?」
「お前も元勇者ならわかるだろ? 力だけなら、俺にだって勝ち目はある」
「馬鹿め」
魔王が笑った。
「我には、この世界で生き抜いた三十年がある」
その言葉と同時に、魔王の姿が消えた。
「っ!?」
速い。
横から気配を感じた時には、もう遅かった。
杖が腹へめり込む。
「がっ!」
身体が大きく吹き飛び、床を何度も転がった。
「勇者様!」
なんとか身体を起こす。
「……痛ってえ」
こいつも、かつては俺と同じ勇者だった。
それだけなら、俺にも勝ち目はあると思っていた。
なのに。
強さがまるで違う。
「どうした!」
魔王が迫る。
俺も床を蹴り、一気に距離を詰めた。
拳を振るう。
魔王は杖で受けると、そのまま俺の腕を外へ流した。次の一撃が肩へ入る。
「ぐっ!」
さらに足を払われ、体勢が崩れる。
そこへ杖が振り下ろされた。
「っ!」
辛うじて身を捻って避ける。
「遅い!」
「うるせえ!」
反撃する。
けれど、当たらない。
俺が一発殴ろうとする間に、こいつはその先まで読んでいる。
拳が空を切った直後、背中に衝撃が走った。
「がっ!」
床へ叩きつけられる。
「もう、無茶しないでください!」
「来るな!」
「でも!」
「大丈夫だ!」
言った瞬間、自分でも分かった。
嘘だ。
全然、大丈夫じゃねえ。
なんとか立ち上がる。
その時には、魔王がもう目の前にいた。
「終わりだ」
杖の先に、白い光が集まる。
さっきの。
異世界へ飛ばす力。
「っ!」
俺は横へ跳んだ。
直後、白い光が背後を貫く。
「今度は避けたな」
「当たり前だ!」
魔王がもう一度杖を構える。
撃たせちゃだめだ。
俺は一気に懐へ入り、拳を振るった。
魔王が杖で受ける。
そのまま力任せに押し込む。
「ぐっ!」
初めて、魔王の足が僅かに後ろへ滑った。
「……ほう」
「舐めんな!」
さらに押し込もうとした、その瞬間。
膝が腹へ入った。
「がっ!」
また身体が吹き飛ぶ。
なんとか受け身を取り、そのまま片膝をついた。
「くそ……」
力だけじゃ勝てない。
三十年前。
こいつは勇者として、この世界を旅した。
先代魔王のもとまで辿り着き、戦った。
それからも三十年。
ずっと、タバコを求めてこの世界で生きてきた。
経験が違いすぎる。
その時、柔らかな光が身体を包んだ。
「……ん?」
腹の痛みが、少しずつ引いていく。
振り返る。
わかばが、俺へ両手を向けていた。
「私が回復します!」
「わかば」
「勇者様は、一人じゃありません!」
「……ああ」
俺は立ち上がった。
「頼む」
「はい!」
それだけで、わかばは笑った。
魔王の杖が迫る。
避ける。
俺が拳を振るう。
魔王が受ける。
すぐに反撃が来た。
肩に一撃。
でも、後ろから回復魔法が飛んでくる。
痛みが消える。
「まだだ!」
もう一度踏み込む。
俺一人なら、こいつの三十年には勝てない。
だったら。
二人で戦えばいい。
「っ!」
拳が初めて、魔王の頬を捉えた。
「ぐっ!」
魔王が数歩下がる。
「貴様……!」
「ようやく一発」
「……なるほどな」
「あ?」
魔王はわかばを見る。
それから、何を思ったのか懐へ手を入れた。
「おい」
取り出したのは、紙を巻いて作ったタバコのようなものだった。
形は歪で、色も赤マルとは似ても似つかない。
「おい、それって……」
「我が作った」
魔王は、その先端に火をつけた。
「煙草の出来損ないだ」
「出来損ないなのかよ」
「うるさい!」
魔王が大きく煙を吸い込む。
そして、ゆっくりと吐き出した。
苦い匂いが、玉座の間に広がっていく。
「お前、戦ってる最中に何やって——」
その時だった。
目の前に、見覚えのある文字が浮かび上がる。
【阻害物質を検出】
「……は?」
【勇者スキル:LOCKED】
嫌な予感がした。
慌ててステータスを開く。
【攻撃力:12】
【防御力:8】
【素早さ:5】
【魔力:3】
「……またこれかよ」
見慣れた、忌々しい数字だ。
「てめえ!」
俺は魔王を睨む。
「卑怯だろ!」
「ぐわっはっはっ!」
魔王が高笑いする。
「これで、貴様の勇者の力は封じた!」
「ふざけんな!」
その瞬間。
魔王の身体が、ぐらりと揺れた。
「……む?」
「ん?」
魔王が自分の手を見る。
さっきまで全身から溢れていた凄まじい魔力が、目に見えて弱くなっていく。
「……」
「……」
俺たちは顔を見合わせた。
「おい」
「なんだ」
「お前もかよ!」
「……当然だ。我も勇者だったからな」
「じゃあなんで吸ったんだよ!」
「貴様と我では、積み重ねた年月が違う!」
「自分まで弱くなってどうすんだよ!」
「黙れ!」
魔王は出来損ないの煙草を口の端に咥えたまま、杖を振るう。
さっきまでなら、目で追うことすら難しかった一撃。
今は、普通に見える。
俺は身体を反らした。
杖が鼻先を掠める。
「危なっ!」
「避けるな!」
「避けるだろ!」
俺も拳を振るう。
魔王が首を捻る。
空振り。
勢い余って、身体が前へ流れた。
「うおっ!」
「隙だらけだ!」
背中に杖が当たる。
「痛ってえ!」
思わず身構えたが、吹き飛ばない。
床も割れない。
ただ、めちゃくちゃ痛い。
「だ、大丈夫ですか!?」
「来るな! 今めちゃくちゃ格好悪いから!」
「そんなこと言ってる場合ですか!」
魔王がもう一度杖を振るう。
避けようとして、足がもつれた。
「うわっ!」
転んだ。
「もらった!」
魔王が杖を振り下ろす。
俺は両腕で受けた。
「いってええええ!」
「大人しくしろ!」
「するか!」
杖を掴む。
魔王も引っ張る。
「離せ!」
「お前が離せ!」
「我の杖だぞ!」
「知らねえよ!」
二人で一本の杖を引っ張り合う。
魔王の口元に咥えられた出来損ないの煙草からは、まだ細い煙が立ち上っている。
足を踏まれた。
「痛っ!」
「隙あり!」
腹を殴る。
「ぐっ!」
魔王の顔が歪む。
だが、殴った俺の拳までじんじん痛む。
「痛って……」
「殴った方が痛がるな!」
「防御力八なんだよ!」
「我だって弱体化しておるわ!」
「知るか!」
どうしようもない。
さっきまで勇者と魔王の最終決戦だったはずなのに、今やただのヤニカス二人が取っ組み合いをしているだけだ。
それでも、魔王の方が上手い。
俺が殴れば避ける。
足をかけられ、転ばされる。
起き上がれば、また殴られる。
「ぐっ……!」
頬に拳が入る。
視界が揺れた。
「今、治します!」
柔らかな光が身体を包む。
じんじんしていた頬の痛みが、すっと消えた。
「……お?」
「まだいけます!」
「おう!」
俺は立ち上がる。
「何?」
魔王の眉が僅かに動いた。
次の瞬間、また拳が飛んでくる。
「ぐっ!」
まともに食らって床に膝をつく。
「まだです!」
すぐに背後から光が飛んできた。
痛みが消える。
なら、まだ立てる。
「まだだ!」
今度は俺の拳が魔王の腹へ入った。
「ぐっ!」
魔王が腹を押さえる。
俺の傷は治る。
でも、こいつの傷は治らない。
「……」
魔王も、それに気づいたらしい。
腹を押さえたまま、ゆっくりとわかばを見る。
「……待て」
「あ?」
「それは、ずるくないか?」




