二十五本目 四人目の勇者
「勇者様。よくぞ——いらしてくださいました」
「あ、ああ……」
なんだ?
さっきから、この爺さん。
やたら俺の顔を見てくるな。
歓迎されているというより、何かを確かめるような目だった。
そう思っていると、オルディスがゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
そして——
いきなり俺の手を両手で握った。
「お、おい。なんだよ急に」
「似ています」
「は?」
オルディスは、俺の顔をじっと見つめる。
「あなた様は、三十年前にこの地を訪れた勇者様によく似ておられる」
「……またこれか」
「また?」
「前にも何度か言われたんだよ。昔の勇者と俺は似てるって」
「そうなんです!」
隣でわかばが勢いよく頷いた。
「勇者様の覇気が、昔の勇者様とそっくりだって!」
「お前、なんで嬉しそうなんだよ」
「だって、本当に似てたんだなって」
オルディスが改めて俺を見る。
「やはり、他にもそう感じた者がおりましたか」
「まあな」
なんなんだろうな。
俺と三十年前の勇者。
俺と同じように異世界から召喚されたってだけなら分かる。
でも、覇気まで似るもんなのか?
てか、俺の覇気ってヤニ切れのイライラのことだろ……って。
待てよ——。
もし、それが本当に同じものなら。
三十年前の勇者も——。
「ですが、勇者様」
考えかけたところで、オルディスの声が割って入った。さっきまでどこか懐かしそうにしていた表情が、僅かに曇る。
「あなた様には、もう一つお伝えしておかなければならないことがあります」
「なんだ?」
オルディスは一度、言葉を選ぶように間を置いた。
「あなた様は、二人目の勇者ではありません」
「……は?」
「この聖都アストレアを訪れた勇者としては、あなた様が四人目です」
「……四人目?」
思わず隣を見る。
わかばも、ぽかんと口を開けていた。
「ちょっと待て。三十年前に勇者がいて」
「はい」
「で、俺」
「はい」
「二人じゃねえの?」
「その間にも、お二人の勇者様がこの世界へ召喚されております」
「聞いてねえぞ!」
「わ、私も初めて聞きました!」
どういうことだよ。
俺以外の勇者は、三十年前の一人だけだと思ってたぞ。
「五年前」
オルディスが静かに話し始める。
「一人の若き勇者様が、この地を訪れました」
「五年前……」
「まだ少年と呼べるほど若い方でしたが、大変勇敢な方でした。魔王を恐れる様子もなく、自ら魔界へ向かうことを望まれた」
「へえ……」
勇敢な少年か。
俺とはえらい違いだな。
俺なんてこの世界に来て最初にやったこと、スライムから逃げることだったぞ。
「そして三年前にも、もう一人」
「そいつは?」
「先ほどの少年よりも年長で、非常に落ち着いた方でした」
「ほう」
「多くの経験を積んできたと語り、どのような困難も乗り越えてきたと」
「なんかめちゃくちゃ頼りになりそうだな」
「ええ。少なくとも、当時の私はそう感じておりました」
「その二人も、魔界へ?」
「はい」
まあ、そうだよな。
そして——
魔王は今もいる。
つまり。
「……負けたんだな」
「はい」
オルディスは静かに頷いた。
「お二人とも魔界へ向かわれました。しかし魔王を討ち果たすことは叶わず、その後、この聖都へ戻ることもありませんでした」
「そうか……」
三十年前の勇者は、魔王を倒したと伝えられている。それでも帰ってこなかった。五年前と三年前の勇者は、魔王を倒すことすらできなかった。
そして——
今度は俺の番ってわけか。
「勇者様……」
わかばが心配そうに俺を見る。
「あー、大丈夫、大丈夫」
「え?」
「俺、チート持ってるし」
【攻撃力:999】
【防御力:999】
【素早さ:999】
【魔 力:999】
いまだに自分でも意味分からん数字だけど。
こんだけありゃ、なんとかなるだろ。
「そ、そうです!」
わかばも勢いよく頷く。
「このお方は普通の勇者様とは違います!」
そのとき。
「……ちーと」
オルディスが小さく呟いた。
「ん?」
「今、ちーと、と仰いましたか?」
「ああ」
オルディスの表情が変わる。
ほんの僅かに目を細め、何かを思い出すように黙り込んだ。
「なんだよ?」
「いえ……」
少し迷ってから、口を開く。
「以前ここを訪れたお二人も、その言葉を使っておられました」
「……ん?」
「自分には『ちーと』がある。ゆえに、魔王など恐れる必要はないと」
「……え?」
ま、まあ。
考えてみれば、そりゃそうか。
俺と同じ異世界から召喚されて。
勇者として魔王を倒しに来たんだ。
何の力もなしに来るわけないよな。
「そ、その二人、本当に強かったんだよな?」
「ええ」
オルディスは迷うことなく頷いた。
「お二人とも、常人では到底及ばぬ力を持っておられました」
「……」
俺は少し考えてから、オルディスを見る。
「で、魔王は今も生きてる」
「……はい」
大聖殿に、短い沈黙が落ちた。
……あれ?
これ、もしかして結構やばいやつじゃね?
「勇者様」
オルディスの声が低くなる。
「どうか、魔王を侮らぬよう」
「……分かってるよ」
さすがに今の話を聞いて、
余裕余裕!
とはならねえ。
「それでも、行かれるのですね」
「ああ」
俺は即答した。
そこだけは、考えるまでもなかった。
「勇者様……」
「ここまで来たんだぞ」
頭を掻く。
「今さら『やっぱ怖いから帰ります』ってわけにもいかねえだろ」
「ですが……」
わかばの表情は、まだ暗い。
そりゃそうか。
俺だって、今の話を聞いて少しビビってる。
「大丈夫だって」
「……」
「俺はまだ死ぬつもりねえよ」
「勇者様……」
わかばは何も言わなかった。
ただ、少しだけ安心したように俺を見る。
それに。
魔王を倒さなきゃ、こいつの戦いも終わらない。
ふと、わかばを見る。
「……なんですか?」
「いや」
「?」
俺はすぐに視線を戻した。
「ところで」
一つ、気になった。
いや。
さっきの話を聞いてから、ずっと引っかかっている。
「三十年前の勇者を召喚したやつって、めちゃくちゃ珍しい才能を持ってたんだろ?」
「はい」
それは以前聞いた。
勇者召喚なんて、誰にでもできる魔法じゃない。極めて特殊な資質が必要だと。
「じゃあ、五年前と三年前の二人は?」
「と言いますと?」
「そいつらも召喚されたんだよな?」
「ええ。お二人とも、異世界から来たと仰っておりました」
「誰が召喚したんだ?」
オルディスが僅かに眉を寄せる。
「……それは、私にも分かりません」
「知らないのか?」
「はい。お二人とも、召喚された経緯について詳しく語ろうとはされませんでした」
「……」
なんだそれ。勇者を召喚できる人間なんて、滅多にいないはずなのに。
三十年前。
五年前。
三年前。
そして今。
「勇者様?」
「いや……なんでもねえ」
また、分からないことが増えた。
「それと」
オルディスが俺たちを見る。
「三十年前の勇者様について、もう一つ」
「まだなんかあるのか?」
「ええ」
オルディスはゆっくりと目を閉じた。
「三十年前の勇者様を召喚した少年についてです」
「ああ。十五歳だった少年だろ?」
「自分が召喚した勇者が戻ってこなかったことで、自分を責めて召喚術を捨てたって聞いた」
「そのあと、故郷へ帰ったとも聞きました」
わかばも小さく頷く。
「……そうでしたか」
オルディスが静かに呟いた。
その顔には、僅かに驚きが浮かんでいる。
「知らなかったのか?」
「ええ。私はその少年本人には会ったことがありません」
「じゃあ、なんでそいつの話を?」
「三十年前の勇者様が、この地に滞在していた際、その少年のことを何度か口にしておられたのです」
「へえ」
オルディスは、遠い昔を思い出すように目を細める。
「自分をこの世界へ呼び出した、十五歳の少年だと」
そして、少し間を置く。
「確か、その少年の名は——」
オルディスが、その名前を口にした。
「レオン……と」
「……え?」
隣で、小さな声がした。
「ん?」
わかばを見る。
目を見開いている。
「どうした?」
「今……なんて……」
わかばがオルディスを見る。
「レオンと申しました」
「……」
「その名前……」
わかばの声が震える。
「私のお父さんと、同じです」
「……は?」
今度は俺が固まった。
「お前の親父と?」
「はい……」
わかばが戸惑ったように頷く。
オルディスは何かに気づいたように、わかばをじっと見つめた。
「一つ、確認してもよろしいですかな?」
「なんですか?」
「今回、勇者様を召喚したのは……あなたですか?」
「え?」
わかばは一瞬きょとんとしてから、頷いた。
「はい。私です」
「……なるほど」
「なるほど?」
俺とわかばが同時に首を傾げる。オルディスは、わかばを真っ直ぐに見つめた。
「必ずではありませんが、勇者召喚に必要な適性は、血縁者にも現れることがあります」
「……え?」
わかばの表情が固まった。
俺も一瞬遅れて、その言葉の意味を理解する。
三十年前、十五歳で異世界から勇者を召喚した少年。その少年と同じ名前を持つ、わかばの父親。
そして。
その娘であるわかばもまた、俺を召喚した。
「……おい」
偶然。
そう片づけるには。
さすがに、出来すぎてないか?
「じゃあ……」
わかばが、恐る恐る口を開く。
「三十年前に勇者様を召喚した人が……私のお父さんってことですか?」
「断言はできません」
オルディスが静かに答える。
「先ほど申し上げた通り、私はその少年本人には会っておりません。同じ名を持つ別人である可能性もございます」
「……そう、ですよね」
わかばは小さく俯いた。
「私、お父さんから勇者を召喚したなんて、一度も聞いたことありません」
「召喚魔法のことも?」
「何も……」
わかばは小さく首を振る。
「そんな話、一度も……」
まあ。
もし本当に父親だったとして。
自分が召喚した人間を死なせてしまったと思っているなら、娘に話したくなかったとしても、おかしくはない。
むしろ、ずっと隠していたとしても不思議じゃない。
わかばは黙ったまま、何かを考えている。
しばらくして。
「……お父さん」
ぽつりと呟いた。
その声は、ひどく小さかった。
「わかば」
「大丈夫です」
俺が声をかけると、わかばはすぐに顔を上げた。
「少し、驚いただけですから」
そう言って笑う。
けど。
いつもの笑顔より、ほんの少しだけぎこちなかった。




