二十四本目 大賢者オルディス
聖都アストレア。
ここは、中に入ってみるとさらに白かった。
右を見ても。
左を見ても。
白。
白。
白。
「なんか、目ぇチカチカしてきたわ」
「そんなこと言ったら怒られますよ!」
「だって白すぎんだろ」
足元の石畳から、道の両側に並ぶ建物まで、どこを見ても白い。
陽の光を受けた大理石が眩しく輝いていて、思わず目を細める。今までいくつか街を見てきたけど、ここは明らかに雰囲気が違った。
建物もでかい。
道も広い。
その真っ白な街並みの向こうには、抜けるような青空がどこまでも広がっている。
「……すげえところだな」
思わず口から漏れた。
「あっ、勇者様! あっち見てください!」
「今度はなんだよ」
わかばが俺の袖を引っ張る。
「こっちから見ると、もっとすごいですよ!」
「何が?」
言われるまま、少し開けた場所まで歩いていく。そして、その先を覗き込んだ。
「……たっけぇ」
雲が、遥か下にある。
さっきまで登ってきた山道も、ここからじゃほとんど見えない。
街の中にいると忘れそうになるけど、ここはとんでもなく高い山の上なんだ。
思わず一歩下がった。
「勇者様、高いところ苦手なんですか?」
「苦手じゃねえよ。落ちたら死ぬなと思っただけ」
「勇者様なら大丈夫じゃないですか!?」
「試したくねえよ!」
「なんか飛べそうですけどね」
「俺をなんだと思ってんだ」
「勇者様です!」
「便利に使うな、その言葉」
わかばが楽しそうに笑う。
山道では死にかけてたくせに、街へ入った途端これだ。
「勇者様、行きましょう!」
「はいはい」
再び白い石畳を歩き始める。
行き交う人々の中には、真っ白な鎧を身につけた騎士の姿もあった。
わかばは建物の間を歩きながら、右を見たり左を見たりと忙しい。
まあ、俺も人のことは言えない。
こんな場所、元の世界でも見たことねえし。
「勇者様、あれ見てください!」
「お前さっきからそればっかだな」
「だって初めて来たんですよ!」
「俺もだよ!」
「じゃあ勇者様ももっと楽しんでください!」
「遊びに来たんじゃねえだろ!」
そう言ったところで、ふと足が止まった。
「……あ」
「どうしました?」
「俺たち、何しに来たんだっけ」
「……」
わかばの動きも止まる。
「……あっ!」
「お前も忘れてたじゃねえか!」
「わ、忘れてません!」
「今『あっ』って言っただろ!」
「ちょっとだけです!」
「それを忘れたって言うんだよ!」
危ねえ。
普通に観光して帰るところだった。
「大賢者オルディス」
「そうです! オルディス様!」
「で、どこにいるんだ?」
「……私に聞かれても分かりませんよ!」
「だよな」
考えてみれば、顔すら知らない。
アストレアにいる。
俺たちが知っているのは、それくらいだった。
「誰かに聞くか」
「はい」
ちょうど少し先に、白い鎧を着た騎士が立っていた。
「あいつでいいか」
「勇者様、ちゃんと丁寧に聞いてくださいね」
「分かってるよ」
「『おい、大賢者どこ?』とかダメですよ」
「言わねえよ!」
「本当ですかぁ?」
「なんでそんな信用ねえんだよ」
騎士のところまで歩いていく。
「すみません」
「はい」
騎士がこちらを向いた。
「大賢者オルディスって人に会いたいんだけど、どこにいる?」
隣から視線を感じる。
……十分丁寧だろ。
「大賢者様に?」
「ああ」
「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか」
「魔界への門を開けてもらいに来た」
騎士の表情が変わった。
「魔界へ……?」
「ああ」
少し迷ってから、俺は言う。
「俺、勇者なんだよ」
「……勇者様?」
うん。
めちゃくちゃ怪しまれてる。
まあ、自分で言ってても胡散臭い。
「ほ、本当です!」
わかばが一歩前へ出た。
「この方は、本当に勇者様なんです!」
「お前が言うと余計怪しいからやめろ」
「なんでですか!」
騎士はしばらく俺たちを見つめていた。
やがて騎士は近くにいた別の騎士へ何かを伝えると、その場を離れていった。
「……追い返されませんよね?」
「知らねえよ」
「勇者様、もう少し堂々としててください」
「普通に立ってるだろ」
「こうです!」
わかばがぴんと背筋を伸ばす。
「お前がやってどうすんだよ」
「お手本です!」
「はいはい」
しばらく待っていると、さっきの騎士が戻ってきた。
「お待たせしました。大賢者オルディス様がお会いになるそうです」
「マジか」
「こちらへどうぞ」
俺とわかばは顔を見合わせた。
「勇者様」
「ん?」
「いよいよですね」
さっきまで街を見てはしゃいでいた顔が、ほんの少しだけ真面目になる。
「ああ」
騎士の後について、街の奥へ進んだ。
あれだけはしゃいでいたわかばも、今度はおとなしく俺の隣を歩いている。
白い石畳。
白い建物。
どこまで行っても、白い街並みが続く。
けれど奥へ進むにつれて、人々の声が少しずつ遠ざかっていった。
そして、しばらく歩いたところで。
「……でっけぇ」
思わず足を止めた。
そこには、ひときわ大きな建物がそびえていた。
丸く切り出された太い石柱。
中央には、俺の背丈の三倍はありそうな巨大な鉄の扉。
白い壁には、ドラゴンを思わせる精巧な彫刻が刻まれている。
「こちらが、レーデル大聖殿です」
騎士が足を止める。
「ここにオルディスが?」
「はい」
隣を見る。
わかばも大聖殿を見上げたまま固まっていた。
「す、すごいですね」
「……なんか転職できそうだな」
「はい?」
俺たちのくだらない話は気にも留めず、騎士が巨大な鉄の扉に手をかける。
重々しい音を立てながら、扉がゆっくりと開いていった。
「どうぞ」
俺とわかばは、レーデル大聖殿の中へ足を踏み入れた。
中へ入った瞬間、明らかに空気が変わった。
静かだ。
外の喧騒が、嘘みたいに聞こえない。
あれだけ騒いでいたわかばまで、急に口を閉ざしている。
「お前、緊張してんの?」
小声で聞く。
「し、してません」
「声震えてんぞ」
「勇者様こそ!」
「俺は平気だよ」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶんじゃないですか!」
「静かにしてください」
前を歩く騎士に注意された。
「すみません」
「す、すみません……」
二人揃って謝る。
……俺まで何やってんだ。
さらに奥へ進む。
やがて、真紅のカーペットが敷かれた階段が見えてきた。
白一色だった街とは違って、その赤だけが妙に目につく。
そして、その先。
広い空間の中央に、一人の老人が座っていた。
「大賢者オルディス様」
騎士が膝をつく。
「勇者様と、そのお連れの方をお連れしました」
老人がゆっくりと顔を上げた。
真っ白な長髪。
顎まで伸びた長い髭。
そして、白いローブ。
あまりにも想像通りすぎて、逆にちょっと面白い。
『大賢者』と言われて頭に浮かべたら、たぶんこうなる。
隣を見る。
わかばは背中が反り返りそうなくらい、ぴんと背筋を伸ばしていた。
……さっき俺に見せてた「堂々と」のお手本より固くなってんじゃねえか。
オルディスが俺を見る。
その瞬間。
ほんの僅かにその目が見開かれた。
「……?」
そのまま、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
何も言わない。
ただ、俺の顔をじっと見つめている。
……なんだ?
「あの?」
さすがに気まずくなって声をかける。
するとオルディスは、ようやく口を開いた。
「勇者様」
低く静かな声が、大聖殿の中に響く。
そして。
「よくぞ——いらしてくださいました」




