↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/33

十八本目 勇者様は私のものです!

「勇者様、起きてくださいよぉ〜」

「……ん」


 頬をつんつんとつつかれる感触に、ゆっくりと目を開ける。


 ぼやけた視界の中、最初に飛び込んできたのは、俺の顔を覗き込んでいるわかばだった。


「おはようございます!」


 朝っぱらから、やたらと元気な声が響く。


「……お前、元気だな」


 昨日あれだけ魔法を使ったくせに、すっかりいつもの調子に戻ってやがる。


「よく眠れましたから!」

「だろうな。話の途中で寝やがって」


「え? 私、寝ちゃってました?」

「めちゃくちゃ爆睡してたよ」

「す、すみません……」


 わかばはようやく昨夜のことを思い出したらしく、申し訳なさそうに眉を下げた。


「別にいいけど」


 俺は地面に手をついて立ち上がると、眠気を追い払うように大きく伸びをした。


「さあ、行くか!」

「はい!」



 ◆



 それから街道を歩くこと数時間。

 太陽がちょうど頭上まで昇った頃、遠くにようやく街らしきものが見えてきた。


「あっ!」


 それを見つけた瞬間、わかばが勢いよく駆け出す。


「勇者様! 早く、早く行きましょう!」

「おい、ちょっと待てよ!」


 俺も慌ててわかばを追いかけ、足を速めた。

 やがて俺たちは、街の入り口にそびえる大きな木製の門へと辿り着く。


 門の上には、街の名前が記されたプレートが釘で乱暴に打ち付けられていた。俺はそこに書かれた文字を見上げる。


「ラーク……だと?」


「はい。ここはラークっていう街みたいですね!」


「セッタの次はラークかよ」

「次って、どういう意味ですか?」

「なんでもねぇよ」


 俺たちは門をくぐり、ラークの街へ入った。

 セブンスターとはずいぶん雰囲気が違う。


 道は石畳ではなく、茶色い土を踏み固めただけ。通りの両側に建つ家々も、ほとんどが木造だった。


 乾いた風が通りを吹き抜けるたび、細かな砂埃が舞い上がる。まるで西部劇にでも出てきそうな街だ。


「勇者様! とりあえず、ご飯食べに行きましょう!」


「まあ、そうだな」


 俺も腹が減っていたところだ。


「一万ゴールドもありますし、高級料理がたくさん食べられますよ!」


「高級料理って、お前、飯に全部使う気かよ!?」


「そ、そんなわけないじゃないですか!」


 目が泳いでいる。

 絶対ちょっと考えてただろ。


 それからしばらく街を歩き、俺たちは通り沿いにあった小洒落た店へ入った。


 扉を開けると、小さなベルがからん、と鳴る。

 店内はやや薄暗く、正面には長いカウンター。


 そのほかには、いくつかのテーブル席が並んでいるだけだった。壁際には酒瓶の入った棚まで置かれている。


「ここ、バーみたいだな」

「そうですね」


 まだ昼間だからか、客はほとんどいない。

 俺たちのほかには、奥のテーブル席で顔を赤ながら酒を飲んでいる老人が一人だけだった。


 俺とわかばはカウンターに並んで腰を下ろす。

 しばらくすると、カウンターの奥から一人の女が姿を現した。


「いらっしゃ〜い」


 思わず目が止まる。

 年は二十代半ばくらいだろうか。


 長い金髪を後ろで束ね、胸元が大きく開いた黒い服を着ている。


 細い腰とは対照的に、出るところはしっかりと出ていた。


「二人?」

「あ、はい」


 女はカウンター越しに俺の顔を覗き込み、にこりと笑う。


「へぇ。お兄さん、見ない顔ね。旅の人?」

「ま、まあ、そんなところです」

「ふ〜ん」


 なんだか妙に距離が近い。

 それに、香水だろうか。

 ふわりと、花のような甘い香りが鼻をくすぐる。


 その時。


「……勇者様」


 隣から、やけに低い声が聞こえた。


「ん?」


 見ると、わかばが頬をぷくっと膨らませている。さっきまでの笑顔からは想像できないほど、不機嫌そうな顔だ。


「ど、どうした?」

「なんでもありません!」

「いや、絶対なんかあるだろ」


 女はそんな俺たちを見比べると、くすっと笑った。


「ふふっ。可愛らしい彼女さんね」

「か、彼女じゃありません!」


 わかばがものすごい勢いで否定する。


「へぇ〜、違うの?」

「ぜんっぜん違います!」

「ふ〜ん」


 女は妖しげに笑うと、今度は俺に顔を寄せてきた。そして耳元で、小さく囁く。


「じゃあ、私がお兄さんの恋人に立候補しちゃおっかなぁ〜」


「は?」

「だ、ダメです!」


 わかばが勢いよく身を乗り出した。


「この勇者様は私が召喚したものですよ!!」

「ものって、お前なぁ」


 せめて人として扱ってくれ。


「ふふっ。冗談よ。二人とも仲良しなのねぇ」


 女は楽しそうに笑った。

 その時だった。


「……今、なんと言った?」


 背後から、低く掠れた声が響いた。

 振り返ると、さっきまで一人で酒を飲んでいた老人が、いつの間にかこちらを見ていた。


 その表情からは、先ほどまでの酔った様子が消えている。


「え?」


 老人の視線は、俺ではなくわかばへ真っ直ぐ向けられていた。


「お嬢さん。今、勇者を……召喚したと言ったのか?」


「はい。それが何か……?」


 老人はゆっくりと席を立つ。

 そして確かめるような足取りで、こちらへ歩いてきた。


「お嬢さん。本当に、あなた自身が召喚したのか?」


「は、はい。そうですけど……」

「誰かに手を借りたわけでもなく?」

「一人でやりましたよ?」

「……なんと」


 老人は信じられないものを見るように、わかばを見つめた。その反応に、さすがのわかばも戸惑ったらしい。


「な、なんなんですか?」


「いや……すまない。あまりにも驚いたものでな」


 老人は小さく息を吐く。

 それから今度は、俺へ視線を移した。


「では、お前さんが……異世界から召喚された勇者ということか?」


「ああ。まあ、一応な」

「そうか……」


 老人は俺を頭から足の先までじっくりと眺めると、静かに頷いた。


「三十年前と、同じというわけか」

「三十年前?」


「かつて魔王を倒した、伝説の勇者のことだ。あの男も、お前さんと同じように異世界から召喚された」


「……やっぱりそうだったのか」

「驚かんのか?」


「まあ、俺も同じ勇者だしな。なんとなく、そんな気はしてたよ」


 それよりも、さっきから気になっていることがあった。


「で、なんでわかばが俺を召喚したことに、そんな驚いてるんだ?」


「それは、勇者召喚が誰にでも使える術ではないからだ」


「え?」


 声を上げたのは、わかばだった。


「そうなんですか?」

「……知らずに使ったのか?」


「はい。本に書いてある通りにやっただけなので……」


 老人はしばらく言葉を失った後、呆れたように額へ手を当てた。


「勇者召喚には、術者自身に極めて特殊な資質が必要になる。どれほど魔法に秀でた者であろうと、その資質がなければ成功することはない」


「へ、へぇ……」


 俺は隣に座るわかばを見る。

 当の本人は、自分がどれほど珍しいことをやったのか理解していないらしく、きょとんとしていた。


「じゃあ、わかばって結構すごいのか?」

「結構どころではない」


 老人は間髪入れずに答えた。

 その瞬間、わかばの顔がぱっと明るくなる。


「ゆ、勇者様、どうです! これでちょっとは私の凄さがわかりましたか!?」


 胸を張るわかば。


「いや、お前こそちゃんと理解してるのか?」


 老人はそんなわかばを見て、わずかに苦笑した。


「私も長く魔法に携わってきたが、実際に勇者召喚を成功させた者を見たのは……三十年前、一度きりだ」


「それって……」


「当時、私が魔法を教えていた一人の少年だ。その子が伝説の勇者を召喚した」


「あんたの弟子ってことか?」

「そうだ。まだ十五歳だった」

「十五歳で勇者を召喚したのかよ……」


「あの子は私の隙をついて、好奇心から一人で術を行った」


「三十年前の勇者って、勝手に召喚されたのか!?」


「まあ……そういうことになるな」


 老人は苦々しそうに頷いた。


「その子……いや、三十年前なら、もういい歳か。その人は今、何してるんだ?」


 何気なく尋ねたつもりだった。


 だが、その瞬間。

 老人の表情がわずかに曇った。


「あの子はその後、召喚術を捨てて故郷へ戻った」


「どうして?」


「三十年前の勇者が、魔界から戻らなかったからだ」


「……」


 店の中が、急に静かになった気がした。

 老人はしばらく俯いた後、低い声で続ける。


「あの子は深い罪悪感に苛まれていた。自分の身勝手で、一人の人間を死なせてしまったのだと」


「そうだったのか……」


 好奇心から自分が呼び出した人間が、そのまま帰ってこなかった。十五歳の子供が背負うには、あまりにも重い出来事だっただろう。


「それ以来、あの子とは会っていない。故郷へ戻った後、どうなったのかは私も知らん」


 老人はそう言って、静かに目を伏せた。


「貴重な話を聞かせてくれてありがとう」

「とんでもない」


 老人は首を横に振る。


「お前さんも、これから魔界へと行くのだろう? ならば、聞いておいた方がいい」


「勇者様……」


 隣から、小さな声がした。

 見ると、わかばが少しだけ俯いている。


 さっきまでの浮かれた様子は消え、膝の上でぎゅっと手を握っていた。


「わかば、気にすんな! 俺ならだいじょ——」


 ぐぅ〜。


 静かな店内に、場違いなほど大きな音が響いた。


「……」

「……」

「……」


 全員の視線が、わかばに集まる。

 わかばは一瞬だけ気まずそうに目を泳がせると、何事もなかったかのように俺を見上げた。


「勇者様、お腹、空きました!」

「は?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。