EP 9
卒業検定。極道ドライブ・バイ(カチコミ)
帝都ルナミス郊外、『ルナミス魔導自動車教習所』のロビーは、かつてない異様な緊張感に包まれていた。
「……チッ。いよいよ最後の大一番(卒業検定)か」
パジャマの上にドカジャンを羽織った極道農家・鬼神龍魔呂は、火の点いていないマルボロを口にくわえ、腕を組みながら配車カウンターの前に立っていた。
「龍魔呂様! この検定をクリアすれば、ついに公道で助手席に座る権利が手に入りますわね! 私の月影流の闘気も、極限まで高まっておりますわ!」
ヤンデレ村長のキャルルが、ウサギ耳をピンと立て、なぜかダブルトンファーを素振りしながら意気込んでいる。
「ふふっ、面倒な手続きなど、私の純金百キロで校長を再び買収すれば一瞬ですのに……。まぁよいですわ。龍魔呂の晴れ舞台、この高貴なエルフも後部座席から見届けて差し上げますわよ」
金に糸目をつけないセレブエルフのルナが、アイテムボックスから金塊をチラつかせながら傲慢に微笑んだ。
「お前ら、検定中は大人しくしてろよ。……俺のシマ(合格)を邪魔したら、肥溜めに沈めるからな」
龍魔呂がドス黒い眼光で釘を刺した、その時。
「えー、鬼神龍魔呂教習生。……私が、本日の卒業検定を担当する検定員、ハンスだ」
カウンターの奥から現れたのは、白髪交じりの短髪に、氷のように冷酷な目つきをした初老の男だった。
元・帝国騎士団の法務局出身。『鬼のハンス』の異名を持ち、これまでに数々の教習生を微細なルール違反で一発不合格(検定中止)にしてきた、教習所における最も厳格な絶対的権力者である。
「……おう。鬼神だ。よろしく頼むぜ、おっさん」
「……態度は極悪だが、実技のデータ上は満点と聞いている。だが、私の目は誤魔化せんぞ。法定速度の超過、一時停止無視、安全確認の怠り……少しでもルールを破れば、即刻ハンコは没収だ」
ハンス検定員はバインダーを叩き、教習車へと向かった。
龍魔呂が運転席に座り、助手席にハンス。後部座席には、キャルルとルナが乗り込んだ。
さらに、上空ではキュララのドローンが『極道おじさん、運命の卒検生配信!』と銘打って、教習車をピッタリとマークしている。
「準備ができたなら、出発しなさい」
「……右ヨシ、左ヨシ。カチコミだ」
ブォォォォォン!
龍魔呂は極道ハンドリング(左手一本)でステアリングを握り、教習車は静かに、そして完璧なスムーズさで教習所を出発し、帝都の一般道へと出た。
「(……チッ。片手運転に極道座り、目つきも最悪だが……ハンドルの遊びの把握、アクセルワーク、どれをとっても完璧だ。道交法の教科書のような滑らかな走り……減点する箇所がない)」
助手席のハンス検定員は、バインダーにペンを走らせることもできず、内心で舌を巻いていた。
だが。
その完璧な法令遵守の空間に、突如として『招かれざる客』が乱入してきた。
パラパーラ・パラパーラ・パー♪
けたたましいホーンの音と共に、教習車の背後から、不気味な黒煙を噴き上げる『魔導バギー(改造車)』の集団が、四台、五台と連なって猛スピードで迫ってきたのだ。
乗っているのは、トゲトゲの肩当てをつけた、世紀末のようなモヒカン頭の野盗集団である。
「ヒャッハー! 見つけたぜ! 情報屋のタレコミ通りだ!」
「あの教習車の後部座席に乗ってるエルフの女! あいつが無限に『純金』を出すって噂の錬金術師だろ! 車ごと金塊をぶんどれぇっ!」
野盗集団の目的は、先ほど教習所のロビーでルナがチラつかせていた『金塊』だった。
魔導バギーが教習車を前後左右から完全に包囲し、鉄パイプや魔導銃をチラつかせながら威嚇してくる。
「な、なんだ奴らは!? 野盗だと!?」
ハンス検定員が顔面を蒼白にさせる。
「あら、私の純金の匂いに釣られた下等なハエどもですわね。龍魔呂、サクッと轢き殺してしまいなさいな」
ルナが扇子で口元を隠しながら優雅に笑う。
「……チッ。俺のシノギ(検定)を邪魔する外道どもが」
龍魔呂の顔の半分に、阿修羅のようなドス黒い影が落ちた。彼の手が、サイドブレーキとドアノブにかかろうとする。
「ま、待て鬼神教習生!!」
ハンス検定員が絶叫した。
「検定中に車から降りる行為は、いかなる理由があろうとも『安全措置義務違反』で一発検定中止(不合格)だ! さらに、法定速度を超えて逃げても減点! 車をぶつけても減点だぞ!!」
教習所のルール(絶対法)が、極道の武力行使を封じ込める。
だが、極道農家のコンプライアンスは、その程度の縛りで屈するほど甘くはなかった。
「……誰が車を降りるっつったよ」
龍魔呂はドアノブから手を離し、運転席の窓のスイッチを押して『全開』にした。
「検定中は、ルール第一だ。法定速度はキッチリ守る。一時停止も守る。……車に乗ったまま、合法的にカチコミ(ドライブ・バイ)をかけてやるよ」
「……は?」
「オラァ! 止まりやがれ教習車!」
右側を並走していた魔導バギーのモヒカンが、鉄パイプを振り上げて窓ガラスを叩き割ろうと迫ってきた。
「……右ヨシ」
龍魔呂は左手でハンドルを完璧にキープしたまま、窓枠に乗せていた右手の拳に『ドス黒い闘気』を極限まで収縮させた。
そして、運転席の窓から、野盗のバギーに向けて拳をスッと突き出した。
「極道流・車載砲――『徹甲・正拳突き』!!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
龍魔呂の拳から放たれた目に見えない闘気の衝撃波が、弾丸のように空間をぶち抜き、並走していた魔導バギーの側面に直撃した。
「ヒデブッ!?」
バギーは一瞬にしてひしゃげ、モヒカンごと空の彼方へと吹き飛んで星になった。
「な……ッ!?」
ハンス検定員がバインダーを落としそうになる。
車は時速40キロの法定速度を一切乱さず、車線もはみ出していない。完全に『安全運転』の範疇のまま、右窓からの遠距離攻撃で敵を粉砕したのだ。
「あはははは! 龍魔呂様、素晴らしいカチコミですわ!」
後部座席でキャルルが狂喜の声を上げ、彼女もまた窓を全開にした。
「龍魔呂様の検定を邪魔する泥棒猫(野盗)ども! 私のトンファーの錆になりなさい!」
キャルルが窓から身を乗り出し(※シートベルトは着用)、接近してきた左側のバギーに向かって、一億ボルトの電撃を纏ったダブルトンファーを振り下ろす。
バリィィィィィィッ!! ボガァァァンッ!!
「アベシッ!?」
左側のバギーが、紫色の雷光と共に大爆発を起こしてスクラップと化した。
「ひぃぃぃっ! な、なんという戦闘力……! だが、前方に交差点が! 信号は『赤』だぞ!!」
ハンス検定員が叫ぶ。前方の交差点には、野盗のリーダー格が乗る巨大な装甲バギーが立ち塞がり、機関銃を構えていた。
「ハハハ! 赤信号だぜぇ! 教習車なら止まるしかねぇよなぁ!」
野盗のリーダーが勝ち誇ったように笑う。
「……馬鹿野郎。極道が信号無視(ルール違反)をするわけがねぇだろうが」
龍魔呂はアクセルから足を離し、滑らかなブレーキングで、停止線のピタリ一ミリ手前で教習車を『完全停止』させた。
キキィッ……。
「止まった! 法定通り、完璧な一時停止だ!」
ハンス検定員が震える声で実況する。
「止まったなら的だぜ! 蜂の巣にして――」
野盗が機関銃の引き金を引こうとした、その瞬間。
「……赤信号の待ち時間は、最高のリロード(溜め)の時間だ」
完全に停車し、運転にリソースを割く必要がなくなった龍魔呂は、両手を窓から突き出し、阿修羅の闘気を『特大のバズーカサイズ』にまで膨れ上がらせた。
「極道流・赤信号カチコミ――『阿修羅・双連砲』!!」
ズドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!
両手から放たれた極太のドス黒い闘気ビームが、交差点を丸ごと飲み込む勢いで発射された。
野盗の装甲バギーは、機関銃ごと跡形もなく蒸発し、リーダーの「タワバッ!」という断末魔だけが虚空に響き渡った。
チカッ、チカッ……青。
目の前の信号が、静かに青色に変わった。
「……青ヨシ。発進するぞ」
龍魔呂は闘気の煙をフッと吹き消すと、再び左手でハンドルを握り、何事もなかったかのように法定速度で交差点を通過していった。
上空のドローン配信は、伝説の神回としてサーバーがダウン寸前になっていた。
『ドライブ・バイ(極道法)』
『赤信号の正しい活用法www』
『道交法遵守のカチコミとか新しすぎるだろ!』
『野盗がただの障害物扱いww』
――数十分後。
教習所の発着点。
傷一つない教習車が、完璧な車庫入れで所定の位置に停車した。
龍魔呂はエンジンを切り、サイドブレーキを引き、ハンス検定員に向かって首を鳴らした。
「……どうだ、検定員。速度超過ゼロ、一時停止無視ゼロ。俺の安全運転に、文句はねぇよな?」
「……あ、あぁ……」
ハンス検定員は、震える手でバインダーを握りしめていた。
彼の目の前で繰り広げられたのは、ルナミス帝国の裏社会を震え上がらせるほどの圧倒的な大殺戮。
だが、彼の持つ『道路交通法の採点基準』に照らし合わせれば、龍魔呂の運転は、一回のウインカーの遅れすらもない、完全無欠の『100点満点』だったのである。
「……げ、減点……なし……」
鬼のハンスは、自らの教官としての矜持と、極道の圧倒的な理不尽の板挟みになりながら、ついに教習原簿に『卒業検定・合格』の赤いハンコを、震える手でドンッと押し付けた。
「ふん。当然だ」
龍魔呂は満足げに笑い、車を降りた。
いよいよ、極道農家が公道で大暴れするための『免許証』が発行される時が来たのだ。だが、その免許証の写真が引き起こす最後のオチを、彼らはまだ知らない。
読んでいただきありがとうございます。
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