EP 8
路上教習と、煽り運転の愚か者
帝都ルナミスの喧騒を縫うように、一台の魔導教習車が走っていた。
前後のバンパーには『仮免許・練習中』と書かれたプレートがしっかりと掲げられている。
運転席に座っているのは、パジャマの上にドカジャンを羽織り、顔の半分にドス黒い影を落とした極道農家・鬼神龍魔呂。
助手席でバインダーを抱え、ガタガタと歯を鳴らしているのは、路上教習のベテランであるゴードン教官。
そして後部座席には、「複数人教習の見学」という名目で強引に乗り込んだヤンデレ村長のキャルルが、ウサギ耳をピコピコと揺らしながら龍魔呂のヘッドレストに頬をすり寄せている。
「おい、教官。制限速度は40キロ、車間距離はキッチリ空けてある。……俺の『安全運転』に文句はねぇな?」
龍魔呂は、シートの背もたれを限界まで倒した極道座りのまま、左腕一本(極道ハンドリング)でステアリングを操りながらルームミラー越しに凄んだ。
「ひぃッ! は、はいぃぃっ! 完璧な法定速度ですぅ! ただ、その……片手運転と、尋常ではない殺気だけは少し抑えていただけると……」
ゴードン教官は、補助ブレーキに足を乗せながら涙声で懇願する。
「あぁ? 極道が両手でハンドル握ったら、いざ抗争になった時にチャカ(魔導銃)が抜けねぇだろうが。これが俺の防衛運転だ」
理不尽極まりない屁理屈だが、龍魔呂の運転技術自体は恐ろしく正確だった。
ウインカーを出すタイミング、歩行者への配慮、巻き込み確認。どれをとっても「教本通り」の完璧な動きである。ただ、彼から放たれる『阿修羅の闘気』があまりにも強烈すぎるため、すれ違う一般車が勝手に怯えて道を譲っていくという異常現象が起きていた。
「素敵ですわ、龍魔呂様! 法律という名の鎖すらも優雅に着こなすその姿……まさに公道の王(覇王)! 助手席の教官など、ただの重りですわね!」
キャルルが後部座席で恍惚の声を上げる。
その時だった。
パパパパーーーーーンッ!!!
突如、後方から鼓膜を突き破るような下品な電子ホーンが鳴り響いた。
ルームミラーに映ったのは、ド派手な金色に全塗装され、違法な改造マフラーから黒煙を撒き散らしている『高級魔導スポーツカー』であった。
「……チッ。なんだ、あの趣味の悪い鉄屑は」
龍魔呂が不快げに眉をひそめる。
「ひぃぃっ! あ、あれは最近帝都で問題になっている、悪質ドライバーです!」
ゴードン教官がルームミラーを見て悲鳴を上げた。
「新興貴族のドラ息子で、教習車や初心者マークの車を見つけては、わざと嫌がらせ(煽り運転)をして楽しんでいるタチの悪い輩です! 鬼神教習生、絶対に関わってはいけません! 無視して、左に寄ってやり過ごして……!」
「……どけどけぇっ! ノロマな教習車が帝都のメインストリートを走ってんじゃねぇぞ、底辺のクズどもがぁっ!!」
後ろのスポーツカーの運転席から、金髪でガラの悪い貴族の青年が、窓から身を乗り出して中指を立ててきた。
さらにスポーツカーは、教習車の後方ギリギリ(わずか数十センチ)まで異常な幅寄せを行い、パッシングを激しく連打してきた。
「あはははは!」
車内を満たす緊張を打ち破ったのは、後部座席のキャルルの狂気に満ちた笑い声だった。
「龍魔呂様の後ろに張り付いて、煽るですって……? ふふっ、命知らずの愚か者ですわね。龍魔呂様、私が今すぐ後部座席の窓をぶち破り、あの金色の車を運転手ごと『月影流・乱れ鐘打ち』でスクラップにして差し上げますわ!」
キャルルがダブルトンファーを抜き、タローマン製の安全靴に紫色の電撃をバチバチと纏わせ始めた。
「待て、ウサギ」
龍魔呂の、地を這うような低い声が車内に響いた。
「走行中の車から身を乗り出して武器を振り回すのは、明確な道交法違反だ。……俺は今、教習中なんだよ。ルール(法律)は絶対だ」
「りゅ、龍魔呂様……?」
「……あぁ? なんだあの教習車、ビビってスピード落としやがったぞ! ギャハハハ、おもしれぇ!」
後ろの貴族がさらに調子に乗り、ついに教習車の前に無理やり割り込んできた。
そして、前方に障害物もないのに、急ブレーキをベタ踏みしたのだ。いわゆる『前方からの煽り・停止強要』である。
「ひぎゃぁぁぁっ! ぶつかるぅぅっ!」
ゴードン教官が絶叫して補助ブレーキを踏もうとした。
だが、龍魔呂の足さばきの方が圧倒的に早かった。
「……チッ。車間は取ってあるっつーの」
龍魔呂は一切のパニックを起こさず、冷静にエンジンブレーキとフットブレーキを併用し、貴族の車のバンパーから『わずか一ミリ』の距離で、教習車を完璧に停止させた。
キキィッ……!
「お、おおっ! 素晴らしいブレーキングです! ぶつかっていません!」
ゴードン教官が安堵の涙を流す。
だが、前の車から降りてきた金髪の貴族は、金属バットのような魔導ステッキを片手に、怒鳴り散らしながら教習車へと歩み寄ってきた。
「おいコラァ! オレ様の愛車にぶつかりそうになったじゃねぇか! 教習車だからって許されると思ってんのか、えぇ!? 降りてきて土下座しろや!」
ガンッ! ガンッ!
貴族が、教習車のボンネットをステッキで叩く。
「ひぃぃぃっ! お、鬼神教習生! ドアをロックして、ルナミス警察に通報を……!」
ゴードン教官が震え上がる中、龍魔呂は無言で左手のウインカーレバーを操作した。
チッカ、チッカ、チッカ。
教習車が左ウインカーを出し、路肩にピタリと幅寄せして停車する。
龍魔呂はシフトレバーをPに入れ、サイドブレーキをガチリと引き上げ、エンジンを切った。
そして、ハザードランプのボタンを『カチッ』と押した。
「教官。道交法じゃ、『危険を感じた場合は、ハザードランプを点灯させて安全な路肩に停車する』……これが正解だったよな?」
龍魔呂が、ドス黒いオーラを放ちながら静かに問いかける。
「えっ……? は、はい……手順としては完璧ですが……」
「なら、俺はルール通りに車を停めた。……ここから先は、『運転』じゃねぇ」
龍魔呂はドカジャンの襟を直し、真鍮製のライターをポケットにしまうと、運転席のドアをガチャリと開けた。
「『極道のコンプライアンス(路上での挨拶)』の時間だ」
ズドスッ……。
龍魔呂の巨大な安全靴が、帝都のアスファルトを踏み鳴らした。
「あぁ!? やっと降りてきやがったな、このノロマ野郎が……って、ヒィッ!?」
文句を言おうとしていた貴族の男は、降りてきた龍魔呂の姿を見て、悲鳴を上げて後ずさりした。
パジャマにドカジャン。顔の半分に落ちた暗黒の影。そして、背後からボワァァッ!と立ち昇る、赤黒い阿修羅の闘気。
どこからどう見ても、絶対にカタギではない、本職の『殺し屋』のオーラであった。
「……おい、ガキ」
龍魔呂の低い声が、貴族の鼓膜を物理的に震わせた。
「てめぇ、俺がキッチリ法定速度守って走ってんのに、背後からチャカ(ハイビーム)向けて威嚇した挙げ句、俺のシマ(車間距離)に無理やり割り込みやがったな?」
「あ、あわわわ……っ! こ、これはオレの道だ! 貴族であるオレ様の前に出るのが悪いんだよっ!」
貴族は恐怖を誤魔化すように、魔導ステッキを振り上げた。
「……極道の世界じゃ、そういうのを『カチコミ(宣戦布告)』って呼ぶんだよ」
シュンッ!
龍魔呂の巨体が、一瞬にしてブレた。
「へっ!?」
貴族が気づいた時には、龍魔呂の右腕が、彼の手から魔導ステッキを軽々と奪い取っていた。
そして、そのステッキを両手で握り……バキィッ!と、乾いた音を立てて、いとも簡単に真っ二つにへし折った。
「ヒィィィィッ!?」
「てめぇの車、やけに五月蝿いマフラーしてんな。……整備不良は、事故の元だぜ?」
龍魔呂は貴族を無視して、金ピカの高級スポーツカーへと歩み寄った。
そして、極道の闘気を纏った両手を、車のボンネットの隙間に強引にねじ込んだ。
「極道流・路上整備――『解体コンプライアンス』!!」
メシャァァァァァァァァァッ!!!!!
まるで紙切れを引き裂くような凄まじい音と共に、高級魔導車の分厚い装甲ボンネットが、龍魔呂の『素手』によって完全にひしゃげ、真上へと引き剥がされた。
「あ、あああぁぁぁっ!? オ、オレ様の限定スポーツカーがぁぁっ!?」
龍魔呂の解体ショーは止まらない。
右足の安全靴でフロントタイヤを蹴り飛ばしてバーストさせ、左手でドアのヒンジを力任せにブチ切り、違法改造の巨大なマフラーを根元から引っこ抜いて、アスファルトに叩きつけた。
ものの数十秒で、数千万の価値があった高級スポーツカーは、完全なる『スクラップ(鉄屑)』へと変貌してしまった。
「……ふぅ。これで、これ以上他人に迷惑(煽り)をかけることもねぇだろう。……完璧な安全対策だ」
龍魔呂は手をパンパンと払い、恐怖で失禁して腰を抜かしている貴族の男を見下ろした。
「ヒッ……命、命だけはお助けをぉぉっ!」
「……チッ。ガキの命なんざ興味ねぇよ。次から、公道を走る時は、キッチリとルール(車間距離)を守ることだな」
一部始終を上空から撮影していたキュララのドローン配信は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。
『煽り運転の末路www』
『素手で車を解体する教習生とか前代未聞だろ』
『ハザード焚いて路肩に停めてからのカチコミは草』
『道交法は守っている(器物損壊からは目を逸らしながら)』
『ロードサービス(物理破壊)』
「ふふっ、龍魔呂様の圧倒的な暴力……最高にセクシーですわ♡」
教習車の後部座席で、キャルルがうっとりと頬を染めている。
一方、助手席のゴードン教官は、完全な放心状態で白目を剥き、口から魂を吐き出しそうになっていた。
「おい、教官。邪魔な障害物は排除したぜ。……教習の続き、行くぞ」
龍魔呂が運転席に戻り、エンジンをかける。
ウインカーを右に出し、後方確認。「右、ヨシ」。
極道コンプライアンスによる完璧な安全確認と共に、教習車は何事もなかったかのように再び帝都の公道へと走り出した。
煽り運転という愚行を働く者には、極道の圧倒的な理不尽が『正当防衛』として牙を剥く。
しかし、龍魔呂の免許取得への道はまだ終わらない。次なる最終関門――最も厳格な検定員が同乗する『卒業検定』が、彼を待ち受けているのである。
読んでいただきありがとうございます。
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