EP 6
学科教習の理不尽(極道 VS 道路交通法)
帝都ルナミス郊外、『ルナミス魔導自動車教習所』。
恐怖のS字クランク特攻によって二人目の教官を泡を吹かせて病院送りにした極道農家・鬼神龍魔呂は、今度は涼しい顔で教習所の第二教室(座学用教室)の最後列にどっかりと腰を下ろしていた。
「……チッ。実技の後は座学(お勉強)か。極道にペンを持たせようってんだから、ルナミスの教習所も大した度胸だぜ」
パジャマの上にドカジャンを羽織った龍魔呂は、腕を組みながら不機嫌そうに舌打ちをした。彼のルール(コンプライアンス)により室内での喫煙は我慢しているものの、口には火のついていないマルボロが咥えられ、周囲には誰も近寄れないほどのドス黒いオーラが放たれている。
「龍魔呂様、私が鉛筆を削っておきましたわ! ノートの代筆もすべてこのキャルルにお任せください!」
その隣の席には、ヤンデレ村長のキャルルがウサギ耳をピンと立て、嬉々として陣取っていた。
さらに、教室の最後尾の天井付近では、天使族のキュララが操作する高性能ドローンがホバリングしており、この学科教習の一部始終をゴッドチューブで全世界へ生配信している。
「えー……。コホン。それでは、これより第一段階の『学科教習』を始めます」
教壇に立ったのは、インテリ風の銀縁メガネをかけた座学担当の教官、ロイドであった。
彼は事前に受付から「絶対にあのドカジャンの男を怒らせるな」と厳命を受けており、黒板を持つ手はかすかに震えていた。
「ま、まずは……道路交通法の基本中の基本、『交差点での優先順位』についてです。……前のスクリーンをご覧ください」
ロイド教官が魔導プロジェクターを操作し、スクリーンにイラストが映し出された。
信号のない交差点で、自分の車と、左から直進してくる車が交差しようとしている図だ。
「さて、この場合。自分と左から来る車、どちらが先に交差点を通過するべきでしょうか。……そこの、き、鬼神教習生。お答えいただけますか?」
ロイド教官が恐る恐る指名する。
龍魔呂は面倒くさそうに首を鳴らし、ドスの利いた声で答えた。
「決まってんだろ。……『積んでるタマ(重量)』が重てぇ方か、あるいは背後の組織がデカい方が優先だ。格下のチンピラが組長の車より先に交差点を渡ろうなんざ、百年早ぇんだよ」
「……えっ?」
ロイド教官のメガネがズリッと下がった。
「うちのデコトラは十トンだ。左から来るのが安い軽魔導車なら、闘気で威圧して道を譲らせる。……だが、もし相手がルナミス警察の装甲車や、格上の巨大シンジケートの幹部車両だった場合は、大人しくハザードを焚いて道を譲る。それが極道の『筋(優先順位)』だ」
龍魔呂は、一切のボケを狙っているわけではなく、大真面目な顔(極道コンプライアンス)でそう言い放った。
「ち、違います!! 法律では、左方優先と言いまして、左から来る車が優先なんです! 組織の大小や車の重さは関係ありません!」
ロイド教官が泣きそうになりながら訂正する。
「……あぁ? なんだそのナメたルールは。じゃあ何か? うちの巨大デコトラが、その辺のチンピラの軽自動車に道を譲れってのか? そんなことしたら、ポポロ村のシマの面子が丸潰れだろうが」
ギロリ。龍魔呂の眼光が鋭く光り、教室内の温度がマイナス五度ほど急降下した。
「ひぃッ! そ、そうです! 面子が潰れても法律が優先なんですぅぅっ!」
教官が教卓の下に隠れそうになる。
「あはははは!」
その時、隣のキャルルが鈴を転がすような声で笑い出した。
「龍魔呂様。そんなチンピラの車、道を譲るフリをして、横を通り過ぎる瞬間に私のダブルトンファーでドアごと抉り取って差し上げますわ。そうすれば、交差点に存在するのは龍魔呂様の車だけ。……ほら、完璧な安全確認ですわね♡」
「き、危険運転致死傷罪です! 教習所でなんて物騒なことを言うんですか!」
上空のドローンがその狂気の問答を克明に映し出し、キュララの配信のコメント欄は、爆笑の渦に包まれていた。
『極道の道交法www』
『左方優先より面子優先は草』
『ヤンデレウサギの物理的解決策こわすぎだろ』
『教習所が完全にシマに乗っ取られてるwww』
「え、えーと……気を取り直して、次の問題に行きます!」
ロイド教官は滝のような汗をハンカチで拭い、次のスライドを表示した。
そこには、横断歩道の手前で歩行者が渡ろうと待っているイラストが描かれていた。
「これは非常に重要な『歩行者保護』のルールです。信号のない横断歩道に歩行者がいる場合、運転者はどうするべきでしょうか? ……鬼神教習生」
龍魔呂は、咥えていたマルボロを指に挟み、ゆっくりと腕を組んだ。
「……歩行者だと? そいつが『カタギ(一般市民)』か、『敵対組織』かによって、話は全く変わってくるな」
「……はい?」
ロイド教官が間抜けな声を漏らす。
「いいか、教官。俺たち極道ってのはな、カタギの衆には絶対に迷惑をかけねぇのが龍儀なんだ。もし横断歩道にいるのが、ガキや婆さん、あるいはただの町人なら、俺はキッチリ一時停止して、頭を下げて道を譲る。……カタギに指一本でも触れた奴は、うちの組じゃ即刻指詰めだからな」
「お、おおっ……! 素晴らしい! その通りです! 横断歩道では歩行者優先……!」
ロイド教官の顔に、初めて安堵の光が差し込んだ。
だが、極道のロジックはここで終わらない。
「だがな」
龍魔呂の声が、地獄の底から響くような重低音へと変わった。
「もし……その横断歩道に立ってる歩行者が、俺のタマを狙う敵対組織のヒットマンだったり、懐にチャカ(魔導銃)を忍ばせてる不審な輩だった場合は別だ」
「えっ」
「その時は、一時停止なんかしてる暇はねぇ。……殺意を持ってアクセルをベタ踏みし、相手がチャカを抜く前に、デコトラのフロントバンパーで肉塊(肥料)に変える。……やられる前にやる。それが極道の交通ルール(防衛運転)だ」
教室中が、完全な静寂に包まれた。
「ひ、ひえぇぇぇぇぇっ! 殺人! それただの殺人(ひき逃げ)ですからぁぁっ!」
ロイド教官が、黒板に頭をぶつけながら絶叫した。
「龍魔呂様、その通りですわ!」
キャルルが立ち上がり、ウサギ耳を激しく揺らしながら賛同した。
「もしその歩行者が、龍魔呂様を誘惑しようとする『泥棒猫(女)』だった場合! 車をぶつけるまでもありませんわ! 私が走行中の車の窓から飛び出し、月影流・破衝撃でその女を交差点ごと跡形もなく消し飛ばして差し上げます! 愛のための防衛運転ですわぁぁっ!」
「ヤンデレが交通ルールに介入してこないでぇぇっ!!」
配信のコメント欄は、さらに加速していた。
『極道ルール強すぎwww』
『道交法より極道法の方が優先される教習所』
『歩行者www』
『これもう教官が泣いてるだろww』
『頼むからこのおじさんに免許渡さないでくれww』
「……ぜぇ、ぜぇ……っ」
ロイド教官は、教卓に手をつき、極度のストレスで胃液を逆流させながら肩で息をしていた。
どんなに正しい道路交通法を説こうとも、この男の脳内には『極道のコンプライアンス』という絶対不可侵のルールが根付いており、常識が一切通用しないのだ。
「……おい、教官。まだ次の問題があるのか? 俺のシノギの時間をあんまり無駄にさせるなよ」
龍魔呂が、真鍮製のライターをカチカチと鳴らしながら、ドス黒い眼光で教壇を睨み据える。
「あ、ありません! 本日の学科教習は、こ、これで終了です! 鬼神教習生は、独自の……ええ、極めて独自の防衛運転の理念を完璧にお持ちのようですので、私の教えることは何もありません!」
ロイド教官は、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、教習原簿に『学科履修済み』のハンコをヤケクソのように連打した。
「……ふん。話の分かる教官で助かるぜ。ルールを学ぶってのは、案外退屈しねぇもんだな」
龍魔呂は満足げに鼻を鳴らし、立ち上がった。
こうして、道路交通法という名の一般常識は、極道農家の理不尽極まりないマイルールによって完全粉砕され、彼は堂々と学科教習のハンコをもぎ取ったのである。
「よし、ウサギ。次は実技の必須科目だ。……『応急救護』とかいう、ダミー人形を使ったシノギ(授業)らしいぜ」
「まぁっ! 救護! では、私が龍魔呂様に怪我の手当てをして差し上げる時間ですわね♡」
勘違いしたヤンデレ村長を引き連れ、龍魔呂は次の教室へと向かう。
だが、彼を待ち受ける『ダミー人形への心臓マッサージと人工呼吸』の授業が、さらなる破壊とパニック(ヤンデレの暴走)を引き起こすことになろうとは、まだ誰も想像していなかったのである。
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