EP 4
底辺アイドルの実家と、金持ちエルフの買収
帝都ルナミス郊外、『ルナミス魔導自動車教習所』の待合ロビー。
技能教習や学科教習の空き時間を潰すため、教習生たちが静かにスマホをいじったり、教科書を開いたりするその平和な空間は、ポポロ村からやってきた「ヒロイン(保護者)たち」によって、完全に独自の生態系へと作り変えられようとしていた。
「素晴らしい……! ここはまさに、底辺アイドルのための『天国(実家)』ですわ!」
ロビーの最も奥、冷暖房の風が一番心地よく当たる特等席のソファー。
そこに陣取っていたのは、ルナミスデパートの特売で買った真っ赤な芋ジャージを着た人魚姫――リーザであった。
彼女の目の前のテーブルには、教習所の無料サービスである『紙コップ式ドリンクサーバー』から抽出された、麦茶、コーヒー、ココア、そしてオニオンスープが、持参した巨大なタッパーになみなみと注ぎ込まれて並んでいる。
さらにその横には、ロビーの本棚からかき集めてきた『最新号の漫画雑誌』と『ファッション誌』が、城の城壁のように高く積み上げられていた。
「冷暖房完備! 飲み物は無限に湧き出る無料サーバー! 最新の娯楽(漫画)も読み放題! おまけに……受付の横にある『お友達紹介キャンペーン』のチラシを配れば、一枚につき500円分のクオカードまで貰えるという錬金術! 私、今日からこの教習所に住み込みでポイ活させていただきますわぁぁっ!」
リーザは目をドルマーク(Gマーク)にして、漫画雑誌を読みながら無料のココアをすすり、至福の吐息を漏らした。
「はーい、みんな見てるー? 今日の配信は『極道おじさんの教習所密着』なんだけど、おじさんが車に乗ってる間、うちの底辺アイドルが教習所のロビーを不法占拠してまーす!」
その光景を、天使族のキュララが超高性能ドローンで撮影し、ゴッドチューブの生配信に垂れ流している。
配信のコメント欄は、同情と爆笑で溢れかえっていた。
『無料のココアをタッパーに入れるなww』
『完全にホームレスの生存戦略』
『一国の王女(人魚姫)なのに、どうしてここまで貧乏性なの……』
『スパチャ投げるから、せめて教習所の食堂でカツカレー食ってくれ!』
「あら、スパチャありがとうございます! でもカツカレーなんて贅沢品はダメですわ! スパチャの金額は全額、龍魔呂様のデコトラの『魔力石代』に回すのが、極道農家アイドルの矜持ですもの!」
リーザはカメラに向かってウインクを飛ばし、再び無料のオニオンスープをすすった。
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一方、その騒がしいソファー席から少し離れた大きな窓際。
金に糸目をつけないセレブエルフ・ルナが、腕を組みながら、所内の外周コースをノロノロと走る一台の教習車を冷ややかな目で見下ろしていた。
「……信じられませんわ」
ルナの視線の先には、龍魔呂が運転し、キャルルが後部座席でヤンデレのオーラを放ち、助手席の教官が白髪になって気絶寸前になっているという、地獄のような教習車の姿があった。
「あのような窮屈な鉄の箱に、龍魔呂のような王たる器の男を押し込め、時速30キロなどという亀のような速度で走らせるなど……。龍魔呂の顔の半分に落ちたドス黒い影(殺気)が見えませんの? 彼は退屈しきっていますわ。あんなくだらない『教習』など、彼の貴重なシノギの時間を無駄にするだけです!」
ルナの金銭感覚とエルフの常識において、「ルール(法律)」というものは、圧倒的な財力によってねじ伏せ、ショートカットするための障害物でしかなかった。
「決めましたわ。あのような面倒な手続きは、私が『資金力』で解決して差し上げます。……おい、キュララ。配信のカメラをこちらに向けなさい。高貴なエルフの『大人の交渉術』を、下界の愚民どもに見せつけてやりますわ」
ルナは優雅に髪をかき上げると、教習所の奥にある『校長室』と書かれたドアに向かって、迷うことなくズンズンと歩き出した。
「おっ! 金持ちエルフのルナちゃんが動いたよー! みんな、何が起きるかお楽しみに!」
キュララが面白がってドローンを追従させる。
バンッ!
ルナはノックもせずに『校長室』のドアを開け放った。
「な、なんだね君は!? ここは関係者以外立ち入り……」
部屋の奥で、デスクに向かって書類仕事に追われていた初老の男――教習所の校長が、驚いて立ち上がる。
「貴方がこの施設のギルドマスター(校長)ですわね?」
ルナは傲慢な笑みを浮かべ、ドカッと応接用のソファーに腰を下ろした。
「単刀直入に言いますわ。今すぐ、あの外周コースを走っている『鬼神龍魔呂』の『運転免許証』を発行しなさい。面倒な実技も学科も、すべて免除という扱いで結構です」
「は、はぁ!? 何を馬鹿なことを言っているのかね! 運転免許というのは、国家が定める厳しい基準をクリアした者にのみ与えられる資格だ! 教習を免除して発行など、金輪際できるわけが……!」
校長が怒って声を荒げようとした、その瞬間。
ズドォォォォォンッ!!!!!
ルナが空間収納から取り出した『純度100%・重さ100キロの純金ブロック』が、校長のデスクの上に無造作に叩きつけられた。
重厚なマホガニーのデスクが悲鳴を上げ、天板にミシィッ!と亀裂が入る。
「なっ……!? き、金塊……!? それも、見たこともないほどの極大サイズ……っ!」
校長の目玉が飛び出んばかりに見開かれた。
「ふふっ。ごちゃごちゃと長い言い訳は不要ですわ。……これで、免許のカードを一枚、売っていただけますわね?」
ルナは扇子を広げ、口元を隠しながらオーホッホと高笑いした。
100キロの純金。ルナミス帝国の経済価値に換算すれば、教習所そのものを三つは新設できるほどの天文学的な金額である。
「そ、そんな……! いくら大金を積まれようと、ルナミス帝国の法律が……!」
「あら、足りませんの? 強欲な校長ですこと」
ズドォォォォォンッ!!!!!
ルナは平然と、さらにもう一つの『100キロ純金ブロック』をデスクに追加した。
バキィッ!
ついにデスクの脚が限界を迎え、真っ二つに折れて金塊が床にめり込む。
「ひぃぃぃぃっ!! や、やめてくれ! わ、私がルナミス警察に逮捕されてしまうぅぅっ!」
「あら、警察が怖いですの? なら、警察庁長官の口を塞ぐための金塊も追加しますわ。ほれ、ほれ!」
ズドン! ズドン! ズドン!!
ルナは無限のアイテムボックスから、レンガを積むように次々と純金ブロックを取り出し、校長室の床にピラミッドを築き始めた。
「待ってくださいルナ様ぁぁっ!」
そこへ、タッパーを抱えたリーザが、血相を変えてロビーからすっ飛んできた。
「純金をそんなポンポン渡してはもったいないですわ! その前に、この『お友達紹介キャンペーン』の用紙に校長のハンコを押させて、500円のクオカードを回収してからにしてくださいまし!」
「リーザ、貴女は黙っていなさい。500円のために私の交渉を邪魔する気ですの!」
金に狂ったエルフと、500円に狂ったアイドルの乱入により、真面目な教習所の校長室は、完全に『底なしの汚職と買収の現場』と化していた。
キュララの配信コメント欄は、かつてないほどの熱狂を見せている。
『札束(金塊)で殴るスタイルww』
『教習所ごと買えるだろそれ!』
『クオカードに執着する人魚姫で腹筋崩壊した』
『帝国の経済がインフレで崩壊するぞ!』
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「……おい」
突如。
校長室の入り口から、すべてを凍りつかせるような、極限までドス黒い『阿修羅のプレッシャー』が放たれた。
「ヒィッ!?」
ルナとリーザ、そしてドローンを操作していたキュララが、ビクッと肩を震わせて振り返る。
そこには、第一段階の教習を終え、パジャマ姿のドカジャンの袖を捲り上げた鬼神龍魔呂が、般若のような顔で立っていた。その後ろには、白髪になって泡を吹いているバルト教官(キャルルが引きずっている)の姿がある。
「てめぇら……他人のシマ(教習所)で、勝手に何やってんだ」
龍魔呂が、真鍮製のライターをカチリと鳴らす。
「りゅ、龍魔呂! 丁度良かったですわ! 今、この愚かな校長に金塊を渡し、貴方のライセンスを裏口から……」
ルナが誇らしげに金塊の山を指差した。
ドゴォォォォォンッ!!
龍魔呂の極道の右ストレートが、校長室の壁を紙切れのようにぶち抜き、ルナの頬の横、わずか一ミリの壁に深々とめり込んだ。
「あわわわわ……っ!」
ルナの長いエルフ耳が、恐怖でシュンと垂れ下がる。
「……金でルール(免許)を買うだと? ナメた真似してんじゃねぇぞ、ポンコツエルフ」
龍魔呂は、ドス黒い闘気を立ち昇らせながら、ルナを冷酷に見下ろした。
「極道ってのはな……『筋』を通す生き物だ。汗を流し、S字クランクを曲がり、縦列駐車の幅寄せを完璧にこなしてこそ、手に入る免許に価値があるんだろうが。……金で買っただけのペラペラの紙切れなんざ、俺のデコトラを運転する資格はねぇ」
「りゅ、龍魔呂……っ」
賄賂という最も安直な汚職を、極道(反社)の男が『コンプライアンス違反』として真っ向から否定する。その圧倒的な極道の美学の前に、ルナはガックリと膝をついた。
「おい、校長。うちの身内が迷惑かけたな」
龍魔呂は、金塊の山の下で震えている校長に向かって、ドカジャンのポケットから『100円玉』を一枚弾き飛ばした。
「壁の修理代と、迷惑料だ。キッチリ受け取っとけ」
「ひ、ひゃ、ひゃくえん……っ!? 金塊数百キロの後に、百円……っ!?」
校長の精神は完全に崩壊し、そのまま白目を剥いて気絶した。
「よし、お前ら。ロビーを片付けて大人しく待ってろ。……俺は次の時間、難関の『S字クランク』のカチコミが控えてるからな」
龍魔呂は背を向け、再び戦場(教習コース)へと歩き出す。
だが、次の時間の担当教官が『うら若き女性』であり、それがヤンデレ村長キャルルの逆鱗に触れ、教習車の屋根の上で前代未聞の大立ち回りが演じられることになるとは、この時の龍魔呂はまだ予測していなかったのである。




