EP 2
適性検査の闇と、サイコパスの証明
帝都ルナミス郊外、『ルナミス魔導自動車教習所』。
その第一教室では、これから魔導車の運転免許を取得しようとする数十名の教習生たちが、緊張した面持ちで机に向かっていた。
教壇に立つのは、元・ルナミス帝国騎士団の交通機動隊出身という、生真面目を絵に描いたような中年の教官である。
「えー、皆さんがこれから受けるのは『運転適性検査』です。これは運転技術ではなく、皆さんの『性格』や『心理状態』を測るための重要なテストです。……深く考えず、直感で『はい』か『いいえ』、あるいは選択肢から選んでマークシートを塗りつぶしてください」
教官の説明を聞きながら、教室の最後列の席で、パジャマの上にドカジャンを羽織った巨漢――鬼神龍魔呂が、忌々しげに舌打ちをした。
「……チッ。極道に向かって心理テストだぁ? ナメた真似させやがって」
「まあまあ龍魔呂様、これも合法のライセンス(免許)を取得するための試練ですわ。さぁ、サクサクと終わらせて、早く二人きりのドライブ実技に行きましょう!」
龍魔呂の隣の席では、なぜかヤンデレ村長のキャルルが、ウサギ耳をピコピコと揺らしながら鉛筆を握っていた。(※彼女も「龍魔呂様の助手席に座るための資格」という謎の理由で入校手続きを済ませている)。
「おい、始めるぞ」
龍魔呂は真鍮製のライターを机に置き、適性検査の小冊子を開いた。
そこに並んでいたのは、ごく一般的な心理テストの設問であった。
『Q1:前の車が制限速度以下でタラタラと走っている。あなたはどうする?』
A:クラクションを鳴らして急かす
B:無理な追い越しをする
C:車間距離を空けて安全に待つ
「……アホか」
龍魔呂は鼻で笑い、解答用紙の余白に、鉛筆でゴリゴリと凄まじい筆圧で『独自の回答(D)』を書き殴り始めた。
『D:前の車がカタギ(一般人)なら待つ。だが、敵対組織(邪魔者)なら、後方から赤黒い阿修羅の闘気を放って威圧し、バンパーごと噛みちぎる』
『Q2:信号が黄色に変わった。あなたはどうする?』
A:止まる
B:急いで通り抜ける
C:迷う
「黄色で止まる? 馬鹿野郎。シノギの時間が迫ってんだ。極道に後退の二文字はねぇ」
龍魔呂は再び余白に書き込む。
『D:殺意を持ってアクセルをベタ踏みする』
『Q3:日常で、カッとなってイライラすることが多いですか?(はい・いいえ)』
「俺のシマを荒らす外道には容赦しねぇ。即座に落とし前(指詰め)をつけさせるから、イライラは溜まらねぇな。よって『いいえ』だ」
極道の常識と、一般社会の常識が、決定的なまでに乖離している。
だが、龍魔呂本人は「自分は誰よりも筋を通している」と本気で信じているため、その回答には一点の曇りも迷いもなかった。
一方、その隣の席。
ヤンデレ村長キャルルもまた、鼻歌交じりに凄まじい回答を繰り広げていた。
『Q4:運転中、隣の車線にとても綺麗な人が乗っていた。あなたは気を取られますか?(はい・いいえ)』
「いいえ、ですわ。……ですが、もし龍魔呂様がその泥棒猫に一瞥でもくれようものなら、その女の乗っている車ごと、私のダブルトンファー(月影流・破衝撃)で隣の車線を跡形もなく消し飛ばしますわ♡」
『Q5:歩行者が横断歩道を渡ろうとしています。あなたはどうしますか?』
「龍魔呂様の行く手を阻む者は、例外なく排除しますわ。歩行者だろうが神様だろうが、私の安全靴の錆にして差し上げます」
――かくして、極道とヤンデレによる、阿鼻叫喚の心理テストが終了した。
◇ ◇ ◇
「よし、全員提出したな。では、この『魔導適性判定機』にかけます」
教官が、集めたマークシートを、教壇に設置された巨大な魔導機械のスリットに束ごと流し込んだ。
ウィィィン、ガシャン! ガシャン!
教習生たちの性格が、次々とA〜Eのランク付けで判定されていく。
だが、龍魔呂とキャルルのマークシートが吸い込まれた瞬間。
ピーーーッ! ピーーーッ! ボフゥッ!
「な、なんだ!?」
判定機が突如としてけたたましいエラー音を鳴らし、機械の隙間からドス黒い煙と、ヤンデレ特有の紫色の火花を激しく噴き上げたのだ。
教官が慌てて消火器をかけ、機械から吐き出された二枚の判定用紙を震える手で拾い上げた。
「な、なんだこれは……っ!?」
教官の顔面から、一瞬にして血の気が引いた。
【受験者:鬼神龍魔呂】
『適性:測定不能(ERROR)』
『総合所見:極めて反社会的かつ、闘気による武力行使を前提とした思考回路。交通ルール以前に、国家転覆を企むテロリスト、あるいはサイコパスの可能性が極めて高い。絶対にハンドルを握らせてはならない。被害が拡大する前に、即刻ルナミス警察の特殊部隊に通報を推奨』
【受験者:キャルル・ムーンハート】
『適性:測定不能(ERROR)』
『総合所見:極度のヤンデレ。特定の人物(龍魔呂)への執着が異常であり、他者への殺意のハードルがミジンコ以下。絶対に助手席に座らせてはならない。同乗者への物理的な危害、および嫉妬による車両爆破の危険性あり。即刻隔離病棟への収容を推奨』
「あ、あ、ああぁぁぁぁっ……!」
教官は用紙を握りしめ、腰を抜かして教壇の後ろにへたり込んだ。
長年、教習所で数々の荒くれ者を見てきた彼だが、機械が『通報推奨』と『隔離推奨』の異常判定を叩き出したのは、教官人生で初めての出来事であった。
「……おい、教官」
ズドスッ。
教官の目の前に、極道農家の巨大な安全靴が踏み込まれた。
「ひぃッ!?」
教官が見上げると、パジャマ姿の龍魔呂が、顔の半分にドス黒い影を落とし、阿修羅のようなプレッシャーを放ちながら見下ろしていた。その後ろには、トンファーをシャキッと構え、瞳孔の開いた笑顔を浮かべるキャルルが立っている。
「俺の判定は、どうだった? ……まさか、不適合だなんて言わねぇよな?」
カチッ。龍魔呂が真鍮製のライターを鳴らす。
「あ、あ、あの……き、鬼神様……。そ、その、大変申し上げにくいのですが……当教習所の規定によりますと、このような著しく適性を欠く判定が出た場合、教習をお断りするケースも……」
教官が涙声で必死に訴えようとする。
ドンッ!!
龍魔呂が、教壇の机を拳で叩き割る勢いで殴りつけた。
「……チッ。極道がせっかく『合法的』にルールを守ろうって歩み寄ってやってんのに、テメェらの方から門前払いするってのか?」
龍魔呂は、教官の胸ぐらを片手で軽々と持ち上げた。
「いいか、よく聞け。俺はポポロ村のシマの看板背負って、メシ(野菜)を運ぶためにここに来たんだ。……ルール(道交法)は絶対に守る。ウインカーも出すし、一時停止も完璧にこなしてやる。だが……俺のシノギを邪魔するようなら、この教習所ごと、俺のデコトラで更地にしてカブの畑に変えてやるぞ」
「ひ、ひぃぃぃぃっ! わ、わかりました! わかりましたぁぁっ!」
教官は、完全に漏れそうになりながら首を縦に激しく振った。
「て、適性検査は合格です! 特例中の特例で合格といたします! ですから、どうか命だけはぁぁっ!」
「……ふん。話の分かる教官で助かるぜ」
龍魔呂は教官をドサリと解放し、ドカジャンの襟を正した。
「それじゃあ、早速『所内教習(実技)』といこうじゃねぇか。……俺についてこい、教官」
「キャルルも行きますわ! 後部座席から、龍魔呂様の雄姿を一日中見つめさせていただきます!」
こうして。
適性検査(心理テスト)という最初の関門を、圧倒的な暴力と脅迫(極道コンプライアンス)で粉砕した龍魔呂は、いよいよ魔導車のハンドルを握るための実技教習へと進むことになった。
だが、恐怖に震える教官が案内した教習車の運転席で、さらなる地獄(極道特有のドライビングテクニック)が彼を待ち受けていることを、この時の教官はまだ知る由もなかったのである。
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