第十五章 極道農家、教習所へ行く。道路交通法とヤンデレの助手席
農家のデコトラと、帝都自動車教習所
パラパーラ・パラパーラ・パラパーラパー♪
雲一つない、ポポロ村の長閑な青空の下。
村の広場に、突如として『ゴッドファーザーの愛のテーマ』を奏でる、重低音の六連ミュージックホーンが鳴り響いた。
「おいおい……なんだあのド派手な鉄の塊は……っ!?」
「すっげぇ! 車体がピカピカ光ってるぞ!」
集まってきた村人たちが、目を丸くしてどよめいている。
彼らの視線の先、広場の中央に鎮座していたのは、ルナミス帝国の最新魔導技術と、ドワーフの鍛冶職人たちの魂が結集して生み出された、全長十メートルを超える巨大な『十トン・魔導トラック』であった。
だが、ただのトラックではない。
フロントグリルは鏡のように磨き上げられた巨大なメッキパーツで覆われ、バンパーは地面スレスレまでせり出している。運転席のルーフには、七色に発光する巨大な魔導マーカーランプがズラリと並び、キャビンの中にはなぜか豪華絢爛な『シャンデリア』がぶら下がっていた。
さらに、車体の側面(ウイング部分)には、エアブラシの極致とも言える荒々しい筆致で、巨大な『大根』と『太陽芋』の絵と共に、ド派手な金文字でこう描かれている。
――『全国制覇・極道農家 鬼神』と。
「……ふぅ」
そのヤクザの組長専用車にしか見えない極悪なデコトラ(デコレーショントラック)の運転席から、パジャマの上にドカジャンを羽織り、首にタオルを巻いた巨漢――鬼神龍魔呂が、マルボロの紫煙を吐き出しながら降りてきた。
「はーい、みんなおっはよー! 見て見て、おじさんが新車を買ったよ! その名も『極道デコトラ・ポポロ丸』! やばくない!? これ絶対バズるやつだよね!」
上空では、天使族のキュララが超高性能ドローンを飛ばし、デコトラの舐めるようなアングルをゴッドチューブに生配信していた。コメント欄はすでに『農家の車じゃねぇww』『完全に反社のトラックで草』と大盛り上がりである。
「おおおっ……! 見事な装飾ですわ! フロントの金色のパーツ、純金ではありませんか? これなら私のような高貴なエルフが乗るにも相応しい、素晴らしい馬車ですわね!」
金に糸目をつけないセレブエルフのルナが、メッキバンパーを撫でながら拍手喝采を送っている。
「……龍魔呂様。燃費は、燃費はどうなんですの!? こんな巨大な車体を動かすための魔力石のコスト、一キロ走るのに銅貨何枚飛んでいくんですのぉぉっ!?」
一方、底辺ポイ活アイドルのリーザは、デコトラの圧倒的な維持費を瞬時に計算し、貧乏性の発作を起こして白目を剥きかけていた。
「騒ぐな、ガキども。これは必要な設備投資(シノギの道具)だ」
俺は真鍮製のライターをカチリと鳴らし、デコトラの巨大なタイヤを安全靴でドンッと蹴った。
「ポポロ村で育てた『極上豚汁の具材』や『太陽芋』、それに『メロロン』の生産量が、いよいよトラクターの荷台じゃ追いつかなくなってきたからな。帝都の市場まで、鮮度を落とさずに大量のブツ(野菜)を運ぶためには、このサイズの箱が必要だったんだよ。……それに、シマの看板背負って走るんだ。これくらい威圧感がなきゃ、ナメられるだろうが」
「さすがは龍魔呂様ですわ! 機能性と覇気を兼ね備えた、まさに王の乗り物! このキャルル、助手席のシートは命に代えても温めておきますわ!」
ヤンデレ村長のキャルルが、うさぎ耳をピンと立てて、ウキウキと助手席のドアノブをハンカチで磨き始めている。
「よし、それじゃあ早速、帝都の市場まで初出荷のカチコミと行くか。……おいウサギ、乗れ」
俺が運転席のドアを開け、乗り込もうとした――まさにその時だった。
「お、お、お待ちくださぁぁぁぁぁいッ!!」
広場の隅から、ルナミス帝国の制服を着た地元の駐在騎士(警察官)が、顔を真っ青にして全力疾走で駆け寄ってきた。
彼はデコトラの前に立ち塞がり、ガクガクと膝を震わせながら、悲痛な叫び声を上げた。
「りゅ、龍魔呂殿っ! その車を……その魔導トラックを運転するのは、どうか、どうかお待ちくださいッ!」
「あぁ? なんだ、ポリ公。俺のシノギの邪魔をするってのか?」
俺がドカジャンのポケットに手を突っ込み、ドス黒い闘気と共に睨み下ろすと、駐在騎士は「ヒィッ!」と悲鳴を上げたが、それでも必死に職務を全うしようと声を絞り出した。
「ち、違います! 龍魔呂殿が村を救ってくださった恩は、生涯忘れません! ですが……ですがっ! 龍魔呂殿がルナミス警察で取得されている免許証は、『小型特殊魔導車両(農業用トラクター)』のみのはずですッ!」
「……あん?」
「その巨大な十トン・魔導トラックを運転するには、『大型魔導自動車免許』が必要です! 今の龍魔呂殿がこの車を動かせば……明確な『無免許運転(道路交通法違反)』になってしまいますぅぅっ!!」
ピタッ。
駐在騎士の言葉に、俺の動きが完全に停止した。
「……無免許、だと?」
「は、はい……。い、いくら龍魔呂殿でも、法律違反を見逃すわけには……っ」
騎士が泣きそうになりながら目をギュッと瞑る。
だが、次に俺の口から出た言葉は、彼が予想していたような暴言でも、脅迫でもなかった。
「……チッ。俺としたことが、とんだミス(不始末)をやらかすところだったぜ」
俺はマルボロの煙を空に吐き出し、デコトラのドアをバタンと閉めた。
「ポリ公、てめぇの言う通りだ。……極道ってのはな、誰よりも『シマのルール(法律)』に縛られて生きる生き物なんだよ。俺たちみたいな反社スレスレの存在が、交通ルールすら守れねぇようなら、ただのチンピラに成り下がる。……コンプライアンスの遵守は、極道の絶対的な龍儀だ」
「りゅ、龍魔呂殿……っ!」
コンプライアンス(法令遵守)という言葉を極道が口にする異常な光景に、駐在騎士は感動の涙を流した。
「おい、ウサギ」
「はい、龍魔呂様!」
「今日の出荷は中止だ。……俺は今から、帝都にある『自動車教習所』にカチコミをかけてくる。キッチリと合法のライセンス(免許)をブン獲ってから、堂々と公道を走ってやる」
「教習所ですか! 素晴らしい心がけですわ! では、私も龍魔呂様のお供として、助手席の座学についていきますわ!」
「あ、私も行く行くー! 『極道おじさん、初めての教習所』! これ絶対神回になるやつだー!」
「教習所……ということは、無料の冷水機や、雑誌コーナーがある待合室があるということですわね……? 私、そこで一日中ポイ活させていただきますわ!」
「カードが必要なら、私が純金で教習所ごと買収してさしあげますわ!」
かくして。
ただ自動車の免許を取りに行くだけの極道農家の背後に、四人の騒がしいヒロインたち(保護者)がゾロゾロとついていくという、異常な光景が展開されることとなった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
帝都ルナミスの郊外に位置する、広大な敷地を持つ『ルナミス魔導自動車教習所』。
ここは、これから魔導車を運転しようとする帝国市民たちが、交通ルールと運転技術を学ぶための、極めて真面目で平和な公的機関である。
その清潔で明るい受付ロビーの自動ドアが、ウィィィン……と開いた。
ズドスッ……。
教習所のロビーに、本来そこにあるべきではない、圧倒的に重く、ドス黒い足音が響き渡った。
「……」
パジャマの上にドカジャンを羽織り、顔の半分を極道の殺気で塗り潰した大男が、真鍮製のオイルライターをカチカチと鳴らしながら、受付カウンターへと真っ直ぐに歩いてくる。
その後ろには、ドローンを飛ばす天使、目をドルマークにした人魚姫、高慢なエルフ、そしてダブルトンファーを腰に差したヤンデレのウサギが従っている。
「ひぃッ……!?」
受付に座っていたうら若き女性事務員は、そのあまりにも『本職(反社)』すぎるオーラに、悲鳴を上げてカウンターの下に隠れそうになった。
「おい」
バンッ!
俺は、カウンターの上に、入校の申し込み用紙と、札束の入った茶封筒を無造作に叩きつけた。
「め、めめめ、免許の更新でしょうか!? そ、それとも免停の講習でしょうか!?」
事務員が涙目になりながら尋ねる。
「……新規の入校だ。普通魔導車から大型まで、全部のライセンス(免許)をブン獲りに来た。……一番早くて、一番手っ取り早いコース(シノギ)を用意しろ」
俺が低くドスの利いた声で言うと、事務員は震える手で茶封筒を受け取った。
「は、はいぃぃっ! 直ちにお手続きいたしますぅぅっ! ……あ、あの、お連れ様たちは……?」
「あぁ、こいつらは勝手についてきただけの保護者だ。適当にロビーに放り出しとけ」
俺の言葉通り、四人のヒロインたちはすでに教習所のロビーを完全に自分たちの『シマ』として占拠し始めていた。
「わぁっ! 見てくださいルナ様、キュララ様! この『無料ドリンクサーバー』! 麦茶だけじゃなくて、コーヒーもココアも飲み放題ですわ! それに、最新号の漫画雑誌まで読み放題! 天国……ここは底辺アイドルの天国(実家)ですわぁぁっ!」
リーザが、タッパーを取り出して狂喜乱舞しながら無料のココアを注ぎまくっている。
「ふふっ、庶民の憩いの場というわけですわね。……おい、受付の者。この純金十キロを渡すから、龍魔呂の免許のカードを今すぐ裏から回しなさい」
ルナが平然と賄賂による裏口発券を要求し、事務員がさらにパニックに陥る。
「ルナ様、ルール違反はコンプライアンスに反しますわよ。……それより受付の女。龍魔呂様が車に乗る時、隣の『助手席』には絶対に男の教官を乗せることですわ。もし……女の教官が龍魔呂様と密室で二人きりになったら……その車、どうなるか分かりませんわよ?」
キャルルが、受付のカウンターに安全靴を乗せ、瞳孔の開いたヤンデレの目で凄惨な脅迫を行っている。
「はいみんなー! 受付のお姉さんが泣きそうになってるよー! スパチャよろしくねー!」
キュララがその地獄絵図をドローンで容赦なく配信する。
「……チッ。どいつもこいつも五月蝿ぇな」
俺はため息をつき、受付の事務員を見下ろした。
「事務手続きは終わったか。……次はどこに向かえばいい」
「は、はいっ! 書類は完了いたしました! りゅ、龍魔呂様は、これから一番の教室にて、運転免許を取得するための最初の関門……『運転適性検査(心理テスト)』を受けていただきます!」
運転適性検査。
それは、運転者の性格や心理状態を測り、安全運転ができるかどうかを判定するための、ごく一般的なペーパーテストである。
だが、教習所のスタッフたちはまだ誰も気づいていなかった。
極道農家の常識と、ヤンデレ村長の愛情が、その『平和な心理テスト』のシステムを、根本から破壊するほどの『サイコパス(反社)判定』を叩き出すという、恐ろしい事実を。
読んでいただきありがとうございます。
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