EP 9
極道流・解体ショーと、コンプライアンス
静寂が、隔離ビニールハウス『クラブ・メロロン』を支配していた。
床一面に広がった緑色の高級メロンジュースの沼。その上で、ヤンデレの暴走を起こした村長キャルルと、ホスト狂いを拗らせた三柱の神々(ルチアナ、カグヤ、ヴァルキュリア)が、俺――鬼神龍魔呂の放った『おねんねコンプライアンス(物理)』によって、一列に並んでスヤスヤと鼻提灯を膨らませて眠っている。
パジャマの上にドカジャン、顔面には無骨な防毒マスク、耳には巨大な工業用防音イヤーマフ。
世紀末の執行者のような姿をした俺は、ゆっくりと首を回し、ハウスの最奥へと視線を向けた。
そこには、キャルルの大粛清(マッハの安全靴キック)を奇跡的に生き延びた、数玉の『プリンスメロロン』たちが、ツルをガタガタと震わせながら縮こまっていた。中でもひときわ大きく、王冠のようなヘタを斜めに被った総支配人格のメロン――『愛羅』は、残された網目の鎧を必死に軋ませながら、最後の悪あがきを試みようとしていた。
『……フッ。さすがは、この恐るべきポポロ村の絶対的な主人だね』
防音イヤーマフを突き破り、脳内に直接、愛羅の低く濡れたような『究極のイケボ(テレパシー)』が響き渡る。魔性の植物である彼らは、耳栓などという物理的な防御を無視して、直接こちらの精神へと滑り込ん でくるのだ。
『君のその圧倒的なプレッシャー、嫌いじゃないよ。……ねぇ、防毒マスクの旦那。僕たちをどうするつもりだい? 怒りに任せて踏み潰すのかい? それとも、裏の肥溜めに沈めるのかな? ……もし僕たちを終わらせるなら、せめて君のその大きな手で、優しく、甘く、切り刻んでほしいな……♡』
愛羅はツルを妖艶にくねらせ、最後の「枕営業(命乞い)」を仕掛けてきた。その声には、死に際すらもロマンチックに演出して相手を魅了しようとする、底なしの魔性が宿っている。横にいる他の生き残りメロンたちも、「旦那、指名してよ……」「僕たち、最高の夜(肥料)を提供するよ……」と、必死にイケボのコーラスを脳内に送り込んできた。
並の人間――いや、並の神々であれば、この極限状態での色気溢れる命乞いに気圧され、ハサミを持つ手を震わせていただろう。
だが。
俺の防毒マスクの奥の瞳は、一ミリも揺らがなかった。
「……てめぇらの薄っぺらい営業トークなんざ、俺の耳にゃ届かねぇよ」
俺は右手を懐に入れ、背中のドカジャンの奥から『それ』をゆっくりと引き抜いた。
シャキィィィィィン……。
ハウス内の微かな光を反射して、冷酷なまでの輝きを放ったのは、錆一つなく研ぎ澄まされた、全長四十センチを超える特製の『極道出刃包丁(プロ用大型フルーツナイフ仕様)』であった。
農業用とは思えないその凶悪な刃物の出現に、メロンたちのイケボのコーラスがピタリと止まった。
『な……っ!? 包丁……!? 旦那、話を聞いて――』
「極道のルールその一。……俺の女房(畑)と、俺の身内(ヤンデレと居候)に手を出した外道は、どんな言い訳があろうと『ケジメ』をつけてもらう。
極道のルールその二。……畑に生えたモンは、どれだけ喋ろうが、どれだけイケメンぶろうが……ただの『食材』だ」
俺は出刃包丁の刃先を、愛羅のヘタのど真ん中へと向けた。
俺の背後から、先ほどよりもさらに巨大でドス黒い『阿修羅の闘気』がボワァァァッ!と立ち昇り、ハウス内の甘い香りを完全に消し飛ばしていく。
「お前たちのホストごっこは、ここで閉店だ。……これからは、ただの『美味しい果肉』として、俺のシノギ(料理)に貢献しやがれ」
『ヒ、ヒィィィィッ!? くるな! 来ないでおくれ、旦那ぁぁっ! ナンバーワンの僕が、ただのデザートにされてしまうぅぅっ!』
「ガタガタ抜かすな。……出荷の時間だ」
俺は一歩踏み出すと同時に、右腕の筋肉をバキバキと膨張させ、出刃包丁を極限の速度で振り下ろした。
ここから始まったのは、戦闘ではない。
極道農家による、一糸乱れぬ完璧な『極道流・解体ショー(フルーツカッティング)』であった。
「極道流・一刀両断――『フルーツ・コンプライアンス』!!」
シュババババババババババババババッ!!!!
空間を切り裂く、凄まじい風切り音。
俺の手首のスナップと、長年の修羅場で培った正確無比な刃筋のコントロールにより、出刃包丁が残像すら残さないマッハの速度でメロンたちの間を駆け抜けていく。
『ギ、ギャァァァァァァッ!? ヘタが! 僕のトレードマークの王冠がぁぁっ!』
まず一太刀。愛羅のヘタが寸分の狂いもなくスッパリと切り落とされ、虚空を舞った。
続けて、二太刀、三太刀。
俺はメロンの丸い曲線に合わせて、出刃包丁の刃を滑らせるように動かしていく。
シャキッ! シャシャシャシャッ!
プリンスメロロンたちの誇りであり、キャルルのキックをも一部弾いていた固い『網目の鎧(皮)』が、まるで熟したリンゴの皮剥きのように、一本の長い紐となってツルリと鮮やかに剥がされていく。
『あ、あぁ……僕のセクシーな網目が……っ。丸裸にされていくぅぅっ!』
『冷たいっ! 刃が冷たすぎるよ、旦那ぁっ!』
皮を剥かれたメロンたちは、もはや怪しい紫色のオーラを放つ魔性の植物ではなかった。
そこにあるのは、太陽の光をたっぷりと浴びて 完璧に完熟した、みずみずしく輝く『エメラルドグリーン』と『極上のサンセットオレンジ』の、美しすぎる果肉の球体であった。
「仕上げだ。……根性を叩き直してやる」
俺は包丁の先端を使い、丸裸になったメロンのど真ん中をスッと縦に一文字に割り入れた。
パカッ、という心地よい音と共に、メロンが綺麗に左右対称の半球へと分かれる。
そして、スプーン代わりに包丁の腹を使い、内部に詰まっていたドロドロの「欲望の種」を、一瞬で、かつ一粒の果肉も傷つけることなく、ズバッと綺麗にくり抜いた。
シュッ、シュッ、シュッ!
最後に、半球になった果肉を、食べやすい一口サイズの美しい『三日月型(串切り)』へと、一寸の狂いもなく均等にスライスしていく。
ものの数十秒。
ハウスの中で俺を誘惑しようとしていた魔性のプリンスメロロンたちは、悲鳴を上げる暇すら与えられず、高級ホテルのラウンジで出されるような、完璧に美しく整えられた『極上メロンの果肉スライス(特盛)』へと、完全かつ鮮やかに解体されてしまったのである。
ハウス内に満ちていた、脳を溶かすような怪しい香りは消え去り、そこにはただ、純度百パーセントの、果物本来の「爽やかで、涙が出るほどに美味そうな甘い香り」だけが、静かに漂っていた。
「……呼んだぞ、ニャングル。樽持ってこい」
俺が防毒マスクの通信スイッチを入れ、ハウスの外に声をかける。
「ひ、ひえぇぇ……。お、おじさん、もう終わったんか……?」
ハウスの扉から、おそるおそる中を覗き込んだニャングルは、その光景を見て、自慢の猫耳をピンと垂直に立たせて硬直した。
床で芋ジャージの神々が死屍累々のごとく眠る中、中央の作業台の上には、芸術的なまでに美しくスライスされ、山のように積まれた黄金色と緑色のメロン果肉が、キラキラと朝露のような蜜を滴らせて輝いていた。
そして、その横には、キャルルの暴走によって生み出された『数百リットルの純粋な生搾りメロン果汁』が、巨大なポリタンクにキッチリと回収されていた。
「な、なんちゅう綺麗な解体ショーや……。魔性のオーラが完全に消えて、ただの『めちゃくちゃ高値で売れる最高級の果肉』になっとる……! おじさん、これ、うちの商会で競りにかけたら、金貨数千枚……いや、数万枚の価値になりますわ!!」
ニャングルは算盤を激しく弾きながら、目をドルマーク(Gマーク)にして大興奮でハウス内に飛び込んできた。
「売らねぇよ」
俺は出刃包丁を専用の布できれいに拭き取り、背中のホルダーへと収めた。
「えっ!? なんでや、おじさん! これ売ったら、居候たちの借金なんて一発で帳消しにできるで!?」
「極道のルールその三。……シマを荒らしたケジメとして回収したモン(戦利品)は、身内の『血肉』に変えるのが筋だ」
俺は防毒マスクとイヤーマフをようやく外し、ポケットから新しいマルボロを取り出して火をつけた。
「この大量の極上果肉と、生搾りのメロン果汁……。これだけあれば、あのバカどもの『歪んだ性根』を叩き直すのに十分な、最高の仕込みができるからな」
俺の視線の先では。
「うぅっ……レイくん……ジョウロでお水……確変が……」と、泥まみれの芋ジャージのまま、間抜けな寝言を言っているルチアナたちがいた。
「てめぇら、明日、目が覚めたら……神のプライドごと、俺の作ったメシの前にひれ伏すことになるからな。覚悟しとけ」
極道農家のカチコミ(収穫)は完璧に完了した。
魔性のホストメロンたちを文字通り肉片(果肉)に変えた龍魔呂は、この大量の贅沢な食材を使い、翌朝、神々の脳髄をパチンコやホスト以上の快感で焼き尽くす『悪魔のパン』の仕込みへと、静かに取りかかるのであった。
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