EP 8
極道農家、キャバクラ畑にカチコミ
「ひえぇぇぇっ! おじさん! やっと帰ってきてくれたんかぁっ! 大変や、大変なことになってるでぇっ!!」
隔離ビニールハウス『クラブ・メロロン』の前に、最新型のトラクター用エンジンベルトを小脇に抱えた俺――鬼神龍魔呂が戻ってきた瞬間。
ゴルド商会の猫耳族、ニャングルが涙と鼻水を髭にべったりと付着させながら、俺のドカジャンの裾に全力で縋り付いてきた。彼の自慢の算盤は放り出され、地面の泥まみれになっている。
「あぁ? なんだニャングル、ガタガタ騒ぎやがって。シマ(畑)の様子がいつもと違うじゃねぇか」
俺は口に咥えたマルボロの煙を細く吐き出し、眉をひそめた。
ビニールハウスの内部からは、密閉されているはずの壁を突き破って、ドゴォォォン! バキィィィッ!という、およそ農業とは思えない爆発音と、緑色の高級果汁の飛沫が外にまで漏れ出している。さらに「レイくぅぅん!」「聖夜くぅぅん!」という神々の阿鼻叫喚と、「泥棒猫どもめ、全員まとめて私の安全靴の肥料になりやがれですわぁぁっ!」という、完全に理性を失ったウサギ(キャルル)の狂声が響き渡っていた。
「キャルルちゃんや! キャルルちゃんがメロンたちの完熟の幻覚(不倫劇)を見せられて、脳みその安全弁がハジけ飛んでしもたんや! ハウスの中のメロン(商品)も居候たちも、全員まとめて生搾りジュースに変える勢いで暴れ回っとる! もううちの商会じゃ手がつけられへん!」
「チッ……あのバカども、やっぱり耳栓とマスクを外しやがったな」
俺は噛み締めたマルボロのフィルターをペッと地面に吐き捨て、小脇に抱えていたエンジンベルトをニャングルに押し付けた。
「ニャングル、ここで待ってろ。……俺のシマをキャバクラにし、挙げ句の果てに身内を暴走させたツケは、キッチリ払わせてやる」
俺は納屋へと向かい、自分のロッカーから『完全防備セット』を取り出した。
まずは、天界の爆音魔法すらも完全に遮断する特注の『工業用防音イヤーマフ』を両耳にガッチリと装着。続けて、毒ガス地帯でも鼻歌交じりで作業ができる『超強力ノーズクリップ付きガスマスク』を顔面に装着し、バンドをギチギチに締め上げる。
パジャマの上にドカジャン、顔面には防毒マスク、耳には巨大なイヤーマフ。
どこからどう見ても、これから怪しい化学兵器の処理に向かうテロリストか、あるいは世紀末の略奪者にしか見えない不気味な姿となった俺は、ドスドスと重い足音(安全靴)を響かせながら、ハウスの扉へと歩み寄った。
――カチリ。
俺はポケットの中で真鍮製のライターを弄び、その音をイヤーマフ越しに指先の感触だけで感じ取る。
「カチコミ(収穫)の時間だ」
バンッ!!!
俺はハウスの重い鉄の扉を、安全靴のキック一発で強引に蹴り開けた。
内部は、まさに文字通りの『地獄』であった。
ハウスの天井や壁からは、破壊された高級メロンの緑色の果肉とドロドロの果汁が、雨のように絶え間なく降り注いでいる。床一面が高級メロンジュースの沼と化しており、その沼の片隅で、ピンク、紫、白の芋ジャージを着た三柱の神々(ルチアナ、カグヤ、ヴァルキュリア)が、頭から果汁を被って悲惨な姿になりながら、ガタガタと抱き合って震えていた。
「ひぃィィィッ! ウサギが! ウサギの目が本物の目になってるわぁぁっ!」
「殺される! 私、まだ聖夜くんに肥料のシャンパン(クリスタル・ルイ)を貢いでないのに、ここでミンチにされるなんて嫌ですわぁぁっ!」
「あ、あぁ……凍夜殿……私の愛したメロンの王子様たちが、次々と木っ端微塵に……っ」
神々の視線の先。
漆黒のヤンデレオーラを全身から間欠泉のように噴き散らし、髪を振り乱しながらダブルトンファーをマッハの速度で振り回している少女がいた。ポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートである。
彼女のタローマン製特注安全靴(つま先鉄板入り)は、一億ボルトの紫色の電撃をバチバチと放電しており、彼女が床を蹴るたびに、生き残ったプリンスメロロンたちが「ヒギィッ!」「指名解除ォッ!」と悲鳴を上げてスイカ割りのように爆発四散していった。
「あはははは! 泥棒猫ども! おじさんのベッドの上で横たわっていいのは、この私だけですわぁぁっ! お前たちのような緑の果物、一粒残らず私の安全靴の錆にして差し上げますわぁぁっ!」
キャルルは完全に幻覚の『修羅場の不倫劇』に囚われており、目の前のメロンたちを「龍魔呂を寝取った愛人」と認識して執拗に虐殺を続けている。
その狂気の暴風雨の真っ只中へ、俺は防毒マスクの奥の目を光らせながら、無言でドスドスと歩み入った。
ピクッ……!
月兎族の鋭い聴覚が、メロンジュースの沼を踏みしめる俺の重い足音を捉えた。
キャルルはマッハの速度で首をグギギと180度回転させるような勢いで振り返り、その完全に光の消え失せた漆黒の瞳で俺を睨みつけた。
「……あら? そこにいるのは……龍魔呂様のフリをした、メロンの化け物(新型ホスト)ですわね……? おじさんが、そんな不細工な防毒マスクなんて付けるわけがありませんもの……。あはは、お前もおじさんから私を奪おうというのですね? 死に損ないがぁぁぁっ!!」
ドゴォォォォォォォンッ!!!!!
キャルルが地面を蹴り、一億ボルトの電撃を纏ったタローマン安全靴が、マッハ1.2の速度で俺の顔面めがけて飛来した。空間が激しく歪み、周囲のメロン果汁が衝撃波で円状に吹き飛ぶ。天界の最高戦力であるヴァルキュリアすらも一撃で肉片に変えかねない、完全なる『殺意の波動』。
だが。
極道農家のコンプライアンス(理不尽)の前では、ヤンデレの暴走など、ただのガキのイヤイヤ期にすぎない。
「……おい、目を覚ませ、バカ娘」
ガシィィィィィィィンッ!!!!!!!
俺は右腕のドカジャンの袖をバチバチと震わせながら、赤黒い『阿修羅の闘気』を右の手のひらに極限まで集中させ、キャルルのマッハの回し蹴りを、正面から完璧に『素手』で受け止めた。
凄まじい電撃が俺の右腕を伝うが、極道の頑強な肉体と闘気の前には、ただの静電気と同義だ。
「な……!? 私の、龍魔呂様への愛の鉄槌を、片手で……っ!?」
幻覚の中で驚愕するキャルル。
「シマ(畑)の中で身内同士で刃物振り回して、商品を壊すような真似は……極道のルール違反だ」
俺はキャルルの足を掴んだまま、彼女の身体をフワリと宙に浮かせる。そして、暴れる彼女の背中(首の付け根のツボ)に向けて、左手の掌をスッと突き出した。
「極道流・峰打ち――『おねんねコンプライアンス』」
トスン。
一切の殺気を含まない、だが筋肉の連動を完全にシャットダウンさせる絶妙な当身(峰打ち)。
「あ……れ……? おじ、さん……? メロンじゃ、ない……?」
キャルルの瞳に一瞬だけ光が戻り、そのまま彼女は糸が切れた人形のように、ふにゃりと俺の腕の中に倒れ込んできた。完全なる気絶(強制スリープ)である。
俺は気絶したキャルルを小脇に抱え、泥のついていない綺麗な畝の上にそっと横たえた。
「ひ、一撃……!? あの狂気の破壊神と化したウサギを、たった一突きで無力化しましたわ……っ!?」
ハウスの隅でそれを見ていたヴァルキュリアが、防毒マスクの俺を見て恐怖に歯をガチガチと鳴らした。
だが、俺の『カチコミ(お掃除)』は、まだ始まったばかりだ。
俺は防毒マスクの奥の目をギラリと光らせ、今度はハウスの隅で果汁まみれになっている三柱の神々(ルチアナ、カグヤ、ヴァルキュリア)へと向かって、ドスドスと足音を荒げて近づいていった。
「ひっ!? こ、こっちに来るわよ! あの防毒マスクの魔王が!」
「レイくん! 助けてぇっ! あの男、絶対に私をパチンコ代のカタにタコ部屋に沈める気よぉぉっ!」
「聖夜くん! 私、あんな不細工なマスクの男に指名替えなんて絶対にしませんわぁぁっ!」
三人は未だにプリンスメロロンたちの放った『ホスト狂いのチャーム(幻覚)』から醒めておらず、壊れたスピーカーのようにメロンの名前を叫びながら、俺に向かってハサミやジョウロを投げつけて抵抗し始めた。
「……ったく、どいつもこいつも、メロンごときに脳みそ溶かしやがって」
俺は飛んでくるジョウロを首を傾げて避け、一瞬でルチアナの懐へと踏み込んだ。
「レイくん! いやぁぁぁ――」
「やかましい。一晩寝て頭冷やせ、クソ女神」
トスン。
ルチアナの首筋に、俺の極道流の峰打ちが炸裂する。
「あべしっ……♡」
ルチアナは白目を剥き、よだれを垂らしながら泥の上にズドンと倒れ伏した。
「ルチアナ様!? この、聖夜くんの敵め! 月の魔術で――」
「てめぇもだ、港区女子」
トスン。
カグヤが呪文を紡ぐ前に、俺の左手の当身が彼女の顎の下を正確に捉えた。
「ふえぇっ……♡」
カグヤもまた、高級ブランドのプライドごと、泥の沼へと綺麗に沈んでいった。
「ひ、ひぃぃぃっ! く、来るなぁぁっ!」
最後に残った天使長ヴァルキュリアが、真っ白なジャージを果汁でドロドロにしながら、這いつくばって逃げようとする。
「凍夜殿! 私を、私の五百年分の書類仕事から救ってくださると言ったのにぃぃっ!」
「新入り。天界の規律だか何だか知らねぇがな……」
俺は逃げるヴァルキュリアの白ジャージの襟首を、後ろから片手でグイッと持ち上げた。まるで、暴れる子猫を捕まえるかのように。
「ホスト狂いで職務放棄するような天使長は、うちのシマにゃ要らねぇんだよ。……キッチリ睡眠(落とし前)とってもらうぞ」
「あ、あぁ……凍夜殿……私の、私のパチンコの確変がぁぁっ……!」
トスン。
ヴァルキュリアの背中のツボに、俺の無慈悲な極道流・峰打ちが突き刺さる。
「きゅ、キュイン……♡」
なぜかパチンコの確定音のような情けない声を漏らしながら、天使長もまた、泥の沼へとパタリと倒れ込み、完全な健忘状態となった。
ズズン……。
ものの数分で、ハウス内で暴れていたヤンデレウサギと、ホスト狂いの芋ジャージ神総勢四名が、俺の『おねんねコンプライアンス(物理)』によって、床の上に一列に綺麗に並べられ、すやすやと鼻提灯を膨らませて眠りに就いた。
ハウス内に響くのは、彼女たちの穏やかな寝息だけである。
「……ふぅ」
俺は、気絶した四人を見届けた後、ゆっくりと首を回した。
防毒マスクの奥の視線が、ハウスの最奥――キャルルの大粛清から奇跡的に生き残り、ツルをガタガタと震わせながら命乞いをするように小さくなっている、プリンスメロロンの総支配人格『愛羅』たち、数玉の生き残りに向けられる。
イヤーマフ越しにも伝わってくる、メロンたちの絶望的な恐怖の心音(のような振動)。
俺は防毒マスクのフィルターをガチリと鳴らし、彼らを睨みつけた。
「さて……。てめぇら緑のハリボテホストども。……俺のシマの女(畑)と身内をたぶらかした罪、どうやって償ってもらうか……じっくり話し合おうじゃねぇか」
極道農家の本気の『カチコミ(収穫)』が、今、恐怖に震える魔性メロンたちの前で、静かに幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




