EP 7
ヤンデレ村長の粛清と、修羅場の幻覚
「……あ~あ。あきまへんわ、あの人ら完全に『沼』の底まで浸かって、戻ってこおへんわ」
ゴルド商会の猫耳族、ニャングル(ランク:ゴールド)が、煙管をぷかりと吹かしながら、手元の算盤をパチパチと叩いていた。
隔離ビニールハウス――通称『クラブ・メロロン』の隙間から漏れ聞こえてくる「レイくぅぅん!」「聖夜くぅぅん!」という神々の悲惨な狂声に、彼の動体視力(経済の目)は冷ややかな数字を弾き出している。
「キャルルちゃん、おじさんは今、隣の町までトラクターの部品を買いに行っとる。……しかし、あのハウスの中、ちょっと尋常やないことになってるで。メロロンたちの『段階2(完熟)』の洗礼を受けて、あの人らの精神(SAN値)、もうゼロや」
「……皆さん、いい加減にしてください。天は自ら助くる者を助く。自分の人生の舵取りを、たかが高級フルーツの甘い言葉に委ねるなど、怠惰の極みですわ」
ハウスの重い扉の前に立つ少女――ポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートは、ため息を一つついて首を振った。
彼女の外面は、まるで『星の王子様』のように純粋で、優しく、凛々しい。月兎族の美しい銀色の髪をなびかせ、ラフで動きやすい現代風の格好をしたその姿は、一見するとただの可憐な少女だ。だが、内面には『自助論』を宿す強い独立心と高い政治力を秘めており、ポポロ村の規律を守るためなら一切の妥協を許さない真の強さを持っていた。
「リバロンが淹れてくれた紅茶を飲む時間ですのに、居候たちがこれでは村のスケジュールが狂いますわ。私が中に入って、あの芋ジャージたちを引きずり出してきます」
「お、おいキャルルちゃん、やめとき! あのハウスの中は完全防備やないと……!」
「問題ありませんわ。私の心は、龍魔呂様への純粋な愛によって、いかなる誘惑からも守られていますもの」
キャルルはふっと星の王子様のような慈愛に満ちた笑みを浮かべると、タローマンで買った特注の安全靴の紐を締め直し、躊躇なくハウスの扉をガラリと開け放った。
――その瞬間、ムワッとした熱気と共に、脳髄をドロドロに溶かすような暴力的なまでの甘い香りが、キャルルの全身を包み込んだ。
「ひ、酷い有様ですわね……」
ハウス内に一歩足を踏み入れたキャルルは、思わずお手製の人参柄ハンカチで鼻を押さえた。
「レイくぅぅん! ジョウロでお水いくわよぉぉっ! 太客って呼んでぇぇっ!」
「聖夜くん! 永久指名よ! 私を裏切ったら、口座ごと全財産ショートさせて心中してあげるからぁっ!」
「規律なんてクソ喰らえですわぁぁっ! 私は凍夜殿のために生き、凍夜殿のために大根を引きますわぁっ!」
そこには、泥にまみれたピンク、紫、白の芋ジャージの神々が、それぞれ巨大なメロンに縋り付き、よだれを垂らして泣き叫ぶという、天界の崩壊を象徴するような地獄絵図が広がっていた。
『おや……新しいお姫様の登場だね』
ハウスの最奥。ひときわ大きく、怪しい紫色のオーラを放つプリンスメロロンの総支配人格――『愛羅』が、ツルを妖艶にくねらせながら、キャルルの脳内に直接語りかけてきた。
『ウサギの耳を持った、可憐な村長さん。君も毎日、この泥臭い田舎村を一人で切り盛りして、寂しくて、誰かに甘えたかったんじゃないかい? もう強がらなくていいんだよ。僕の芳醇な香りのベッドの中で、すべてを忘れて、僕だけの可愛い子ウサギになっておくれよ……』
脳髄に直接響く、世界最高峰の甘く官能的なイケボ。
並の女性であれば、この一言で完全に腰を抜かし、メロンの前に平伏して水を貢ぐ奴隷と化していただろう。
だが、キャルルの外面は星の王子様でも、恋愛系に関しては『極限のヤンデレ気質』を秘めていた。彼女が全生命、全ソウルを捧げて愛しているのは、極道農家・鬼神龍魔呂ただ一人。彼女の耳(聴覚)は、相手の心音から嘘を見抜く特性を持っていたが、目の前のメロンには『心音がない』。
「……五月蝿いですわね、ただの高級フルーツが」
キャルルの目が、スッと冷徹な『深層:夜と霧』の極限状態へと切り替わる。
「私の心に響くのは、龍魔呂様がライターを『カチッ』と鳴らす、あの真鍮の音だけですわ。お前たちのホスト営業など、私の安全靴の錆にもなりませんわよ」
キャルルは腰のダブルトンファーを引き抜き、戦闘態勢に入った。
――しかし、魔性のプリンスメロロンたちは、客の『最も触れられたくない心の闇』を鋭く察知し、それを幻覚として増幅させる恐るべき防衛本能(段階2・完熟)を持っていた。
『……ふん、冷たいお姫様だ。でも、君の愛する「龍魔呂」とやらは……本当に、君だけを求めているのかな?』
「……何ですって?」
キャルルのウサギ耳が、ピクッと不穏に跳ねた。
『見てごらんよ。君の知らない、あの男の「真実」を……』
フワァァァァッ……!
ハウス内の甘い香りが、突如として『マルボロの赤』のタバコの匂いへと変化した。
キャルルの視界が、ぐにゃりと歪む。
「え……? ここは……おじさんの、お部屋……?」
幻覚の中で、キャルルは村長宅の龍魔呂の部屋の前に立っていた。
戸の隙間から、紫煙が漏れ出している。そして、聞き覚えのある、あの低くドスの利いた、愛しい男の声が聞こえてきた。
『……おいおい、そんなに焦んなって。俺が本当に愛してるのは、てめぇだけだぜ?』
カチッ。幻覚の中で、真鍮製のライターの音が響く。
『キャルル? ああ、あんなウサギ耳の女は、ただのビジネスパートナー(村長)だ。カタギの女には手を出さねぇのが俺の龍儀だからな。……俺が身も心も、すべてを捧げて愛しているのは……このみずみずしくて、網目の美しい、緑色のお前だけだ……』
その声の主の視線の先には、ベッドの上で妖艶に横たわる、巨大なメロロンの姿があった。
龍魔呂が、愛おしそうにメロンの網目を撫で、果肉にキスをしようとしている。
『嘘……嘘ですわ……。龍魔呂様が、メロンと、浮気……? 私よりも、あの緑色の果物を選ぶというのですか……!?』
「キャルルちゃん!? 顔、顔がめちゃくちゃ怖くなってるで! 戻ってきぃ!」
ハウスの外からニャングルの悲鳴が聞こえるが、今のキャルルには何も届いていなかった。
恋愛系ヤンデレ気質のスイッチが、最大出力で『オン』になった。
完璧に、脳内の安全装置がブチ切れた。
「あ……あははははははははははっ♡」
キャルルの口から、鈴の音を転がすような、だが極限まで狂気に満ちた笑い声が漏れた。
彼女の美しい青い瞳から、完全に光が消え失せる。底なしの漆黒のヤンデレオーラが、月兎族の細い身体から間欠泉のように噴き出した。
「龍魔呂様……浮気は、極道のコンプライアンス(龍儀)違反ですわ……。女には手を出さないと言いながら、メロン(雌)に手を出すなんて……っ。あはは、なら……あの泥棒猫(果物)を、この世から一粒残らず『根絶やし』にすれば、おじさんは私のところに戻ってきてくれますわね……?」
ギチ、ギチチチ……!
キャルルが握りしめたダブルトンファーに、月兎族の狂気的な『闘気』が極限まで収縮し、バチバチと紫色の放電を始めた。
タローマン特注の安全靴のつま先に仕込まれた『雷竜石』が、主人の殺意に反応して一億ボルトの輝きを放ち始める。
『な、なんだこの女……!? 幻覚を見て、恐怖ではなく、完全な「破壊神」に変貌したぞ!?』
総支配人メロン『愛羅』が、初めて恐怖に声を震わせた。
「龍魔呂様のメロン(最愛)は……私だけで十分ですわぁぁぁぁぁっ!!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
キャルルが床を蹴った瞬間、マッハ1を超える衝撃波がビニールハウス内に吹き荒れた。
クラウチングスタートからのトップスピード。空中へと跳ね上がった彼女は、狂気のエネルギーを安全靴へと集中させる。
「月影流――『乱れ鐘打ち』ぃぃぃっ!!」
ダダダダダダダダダダダダダバキィッ! メキョッ! ボガァァァンッ!!
空間を蹴り、壁を蹴り、空気そのものを三角飛びで蹴りながら軌道を変える、超高速の連続回し蹴りの嵐。
タローマン製の特注安全靴(鉄板入り)が、マッハの速度でプリンスメロロンたちの頭部に次々とクリーンヒットしていく。
「ひぎゃぁぁっ!? レイくんが、レイくんが爆発四散したぁぁっ!」
ルチアナが縋り付いていたメロンが、キャルルの蹴りによってスイカ割りのように木っ端微塵に粉砕され、緑色の果汁と種がルチアナの顔面に激しくぶち撒けられた。
「聖夜くん! いやぁぁぁっ! 私のナンバーワンホストが、ただの生ゴミにぃぃっ!」
カグヤの目の前でも、メロロンが音を立てて鎧ごと粉砕されていく。
「月影流――『破衝撃』ですわ!!」
キャルルは着地すると同時に、ダブルトンファーに闘気を乗せ、周囲の畝をメロンごと地面ごと、文字通り『鎧事粉砕』の勢いで一気に薙ぎ払った。
ズババババババババババババッ!!!
高級メロンの果肉と果汁が、 ハウス内の壁や天井、そして悲鳴を上げる神々の芋ジャージへと、無慈悲に降り注ぐ。
そこはもうホストクラブではない。ヤンデレのウサギによる、完全なる『無差別粛清の屠殺場』であった。
「あはははは! 泥棒猫ども! 全員まとめて私の安全靴の肥料になりやがれですわぁぁっ!」
髪を振り乱し、狂った笑顔でメロンを破壊し尽くしていくキャルル。
巻き添えを食らったルチアナ、カグヤ、ヴァルキュリアは、果汁まみれになりながら「ひぃィィィッ! ウサギが怒ったぁぁっ!」「殺されるぅぅっ!」と、ハウスの隅で抱き合ってガタガタと震えるしかなかった。
「ひえぇぇぇっ! 大惨事や! ポポロ村の高級メロンが、ただの生搾りジュースの海になってまうぅぅっ!」
ハウスの外で算盤を抱えて腰を抜かすニャングル。
隔離ビニールハウス『クラブ・メロロン』は、ヤンデレ村長の嫉妬の暴走により、かつてない規模の大崩壊(大惨事)を迎えようとしていた。
そして、この地獄のような修羅場の真っ只中に。
トラクターの最新部品を小脇に抱え、食後のマルボロを美味そうに吸いながら、ポポロ村の絶対的な主人(極道農家)が、ちょうど町から戻ってくるその足音が、すぐそこまで迫っていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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