EP 6
プリンスメロロンと、ホスト狂いの神々
その場所は、もはや近代的な農業が行われるビニールハウスではなかった。
ルナミス帝国のいかなる歓楽街をも凌駕する、底なしの欲望と甘美な誘惑が渦巻く、禁断のホストクラブ――『クラブ・メロロン』へと変貌を遂げていた。
「はぁぁぁん……っ♡ レイくん、今日も網目がとってもセクシーねぇぇっ!」
「聖夜くん! 私、もう港区のタワマンなんてどうでもいいわ! 貴方のその芳醇な香りのためなら、全財産をショートさせても悔いはありませんわぁっ!」
「あ、あぁ……っ。誰も……誰も私の五百年分の書類仕事を、こんな風に労ってくれませんでしたわ……っ」
隔離ビニールハウスの内部。
そこでは、極道農家・鬼神龍魔呂の忠告を無視して防音イヤーマフとガスマスクを外してしまった三柱の神々が、それぞれの畝に鎮座する巨大なメロンに向かって、熱に浮かされたような声を上げていた。
ハウス内に充満する、脳髄をトロトロに溶かすような圧倒的な甘い香り。そして、彼女たちの耳元(脳内)に直接響き渡る、世界最高峰の『イケボ(幻聴)』。
彼女たちの前に立ちはだかったのは、メロロンの中でも、女性を骨抜きにするために生まれてきた恐怖の上位亜種――『プリンスメロロン』たちであった。
席番号1:世界神ルチアナと、プリンスメロロン『レイ』
「ウハハハッ、レイくんったらぁ! もう一回、もう一回『よく頑張ったね』って言ってぇぇっ!」
ピンク色の芋ジャージをはだけさせたルチアナが、地べたに四つん這いになりながら、王冠のようなヘタを乗せた見事なメロロンを両手で愛おしそうに撫で回していた。
彼女の脳内には、プリンスメロロン『レイ』の、低く包み込むような超絶イケボが響き渡っている。
『ルチアナ、毎日パチンコでトラックに轢かれて、心がボロボロに傷ついていたんだね……。でも大丈夫、僕の前では無理に笑わなくていいんだよ。誰も君を責めない。君は世界を創った、誰よりも偉くて、誰よりも可愛い女の子なんだから』
「うわぁぁぁん! レイくぅぅん! 私のコタツ部屋演出をハズレって言わなかったのは、世界でレイくんだけよぉぉっ!」
日頃の激務(定時退勤)とギャンブルでの大負け、そしてソシャゲのガチャ爆死のストレスを完璧に全肯定され、ルチアナの涙腺は完全に崩壊していた。
『ほら、僕にもっとお水をちょうだい? 他の誰がくれる水よりも、ルチアナが優しく注いでくれるお水が、一番甘くて美味しいんだ。……ねぇ、僕をこの畑のナンバーワンにしてくれるかい?』
「いくわよ! ジョウロでお水いくわよぉぉっ! 太客って呼んでぇぇっ!」
ルチアナは、近くにあったバケツの水を「高級シャンパン」を煽るような勢いでレイの根元へとドバドバと注ぎ込んだ。その姿は、お気に入りのホストに貢ぐために消費者金融へ走る哀れなOLそのものであった。
席番号2:月の女神カグヤと、プリンスメロロン『聖夜』
その隣の畝では、高級サングラスを泥の中に放り投げたカグヤが、紫ジャージの袖で涙を拭いながら、別のメロロンに抱きついていた。
「聖夜くん……! 貴方ってどうしてそんなに罪な男なの……っ!」
カグヤの脳内に響くのは、少し意地悪で気だるげな、だが最高に母性を刺激するプリンスメロロン『聖夜』の声。
『カグヤ、君のその泥だらけの紫のジャージ……港区のどんな高級ドレスよりもセクシーだよ。ハイブランドの時計なんて飾らなくたって、君自身の気高さが、僕の網目を狂わせるんだ。……ねぇ、今日は少し長く僕のそばにいてくれる? 他の男(神)のところに行ったら、僕、枯れちゃうかもしれないな』
「キャーッ! 聖夜くんったら嫉妬!? 可愛い、可愛すぎるわぁっ!」
カグヤは身悶えし、メロンのゴツゴツした網目に自身の美しい頬をすり寄せた。完璧な人脈マウント女子だった彼女のプライドは、セイヤの「特別感の演出」の前に消し飛んでいた。
「決めたわ! 私、村長宅の地下室に塩漬けにされてるエルフ(ルナ)の純金百キロを泥棒してでも、貴方に最高の肥料を貢いでみせるわ! 指名よ! 永久指名!」
席番号3:天使長ヴァルキュリアと、プリンスメロロン『凍夜』
そして、最も深刻なド沼に嵌まっていたのが、誰よりも規律を重んじていたはずの天使長ヴァルキュリアであった。
彼女は、真っ白な芋ジャージを泥色に染め上げたまま、プリンスメロロン『凍夜』の前に正座し、大粒の涙をポロポロと流していた。
「あ、あぁ……凍夜殿……。私は、私はただ……」
『分かっているよ、ヴァルキュリア。君は天使長として、誰よりも正しく、誰よりも厳格に生きてきた。でも、周囲の神々は誰も君の孤独を分かってくれなかった。毎日激マズの青汁を飲んで、胃を痛めながら山積みの書類を片付ける日々……本当に、よく頑張ったね』
凍夜の、優しく全てを包み込むような聖母系イケボが、ヴァルキュリアの抑圧されていた精神のダムを完全に決壊させた。
「そうなのですわ……っ! ルチアナ様はソシャゲ代で国費を溶かし、オリン様は胃薬を飲むだけで何もしてくれず、私はただ、誰かに『お疲れ様』と言ってほしかっただけなのですわぁぁっ!」
ヴァルキュリアは、凍夜にすがりつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
『もう頑張らなくていいんだよ、僕の可愛い小鳥。天界の法なんて忘れて、僕の胸(果肉)に飛び込んで、全部僕に甘えていいんだ。……さあ、僕を収穫て。僕と君の種を、来年またこの畑に植えてくれたら……僕たち、ずっと一緒だよ?』
「はい……はいっ♡ 私は貴方のために生き、貴方のために大根を引きますわ! 規律なんてクソ喰らえですわぁぁっ!」
――究極の、不倫劇。
プリンスメロロンたちは、純粋に「自分を身も心も食べて、愛する人と一緒に破滅へ堕ちてほしい」と願っている。その魔性の囁きの前に、天界のエリートたちの人生は、今まさに粉々にクラッシュされようとしていた。
ハウスの外:ドン引きの猫耳族
一方、特別隔離ビニールハウスの重い扉の外。
「……あ~あ。あきまへんわ、あの人ら完全に『沼』の底まで浸かって、戻ってこおへんわ」
ゴルド商会の猫耳族、ニャングル(ランク:ゴールド)が、煙管をぷかりと吹かしながら、手元の算盤をパチパチと叩いていた。
ハウスの隙間から漏れ聞こえてくる「レイくぅぅん!」「聖夜くぅぅん!」という神々の悲惨な狂声に、彼の動体視力(経済の目)は冷ややかな数字を弾き出している。
「天界の最高神が三人揃ってメロン相手にホスト狂いとか、これ天界の株価は大暴落やな。……まぁ、うちの商会としては、彼女たちが貢ぐために注ぎ込む『水』やら『肥料』の代金で、ポポロ村の財政はウハウハやけど。……それにしても、見てられへん惨状やで、ほんま」
「ニャングル、龍魔呂様の見回りの時間はまだですか?」
そこへ、ラフな現代服にタローマン製の特注安全靴を履いた少女――ヤンデレ村長のキャルルが、お手製の人参柄ハンカチを握りしめながら歩いてきた。
彼女の鋭い聴覚は、ハウス内から響く不穏な「愛の言葉」をしっかりと捉えていた。
「キャルルちゃん、おじさんは今、隣の町までトラクターの部品を買いに行っとる。……しかし、あのハウスの中、ちょっと尋常やないことになってるで。メロロンたちの『段階2(完熟)』の洗礼を受けて、あの人らの精神(SAN値)、もうゼロや」
「……」
キャルルは無言でハウスの扉を見つめた。
彼女の『嘘を見抜く心音の聴覚』が、ハウスの奥から、何やら極めて不愉快な『幻聴の言葉』を拾い上げようとしていた。
神々を狂わせ、人生を崩壊させる魔性のメロロン畑。
極道農家が不在の中、このキャバクラ(ホスト)化した空間に、ついにポポロ村のもう一人の『理不尽』が足を踏み入れようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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