EP 4
パチンコ『CR異世界トラックでドン!』の誘惑
ルナミス帝国のファミレス『ルナキン』で、底辺ポイ活アイドル(人魚姫リーザ)の圧倒的な生存本能を見せつけられた後。
俺たち一行は、大通りの喧騒の中を歩いていた。お祈りレタスによるトラウマから立ち直り、ハンバーグとドリンクバーで糖分を補給した三柱の神々(白、ピンク、紫の芋ジャージ)は、すっかり元気を取り戻している。
「……たく、食ったら次は運動だ。少し歩くぞ」
俺が先頭を歩いていると、大通りの一角から、ひと際強烈なネオンの光と、鼓膜を震わせるような激しい電子音が漏れ出している巨大な建物が見えてきた。
『ルナミスパーラー』。
佐藤太郎の残した「娯楽の概念」と、ドワーフたちの魔導技術が融合して生み出された、この世界最大の魔の遊技場――パチンコ店である。
「ああっ!」
店の前を通りかかった瞬間、ルチアナとカグヤの足がピタリと止まった。
二人の瞳には、店内のギラギラとした光が反射し、完全な『ギャンブラーの顔』になっている。
「カグヤ……聞こえる? あの、銀玉が弾ける美しいメロディが……」
「ええ、ルチアナ……。今日の星回りはギャンブル運が最高潮だと、私の直感が告げていますわ。……ワンチャン、あるわね?」
二人が吸い寄せられるように自動ドアへと向かおうとした、その時。
「お待ちになさい!!」
バサァッ!と、見えないはずの六枚羽の幻影を広げるようにして、純白の芋ジャージを着た天使長ヴァルキュリアが二人の前に立ち塞がった。
「貴女たち、神の身でありながら、そのような俗悪極まりない遊技場に足を踏み入れるおつもりですか! ギャンブルなど、勤労の精神を腐敗させる最悪の悪徳! 天界の法においても、厳しく禁じられているはずですわ!」
ヴァルキュリアは、風紀委員長のごとくビシッと指を突きつけて二人を叱責する。
「えー、ヴァルちゃん堅いこと言わないの! ちょっとした息抜きよ!」
「そうですわ。私たち、朝からレタスのせいで酷い目に遭ったんですから、これくらいのご褒美は許されるべきですわ!」
「断じて許しません! さぁ、龍魔呂殿の畑に戻って、真面目にシノギを……」
「俺はちょっとタバコ吸ってくる」
カチッ。俺は真鍮製のライターでマルボロに火をつけ、ヴァルキュリアの横を素通りして、そのままルナミスパーラーの店内(喫煙所)へと足を踏み入れた。
「ああっ!? 龍魔呂殿まで!?」
ヴァルキュリアは慌てて俺を追いかけ、結果的にルチアナたちと共に、パチンコ店の店内へと入ってしまった。
ギュイィィィィン! ピリリリリリリリッ!!
一歩店内に足を踏み入れた瞬間、ヴァルキュリアは顔をしかめて耳を塞いだ。
凄まじい騒音。タバコと魔力と鉄の匂い。そして、台の前に座り、死んだ魚のような目でハンドルを握り続ける大勢の人間や獣人たち。
「……まさに地獄の底。欲にまみれた亡者たちの吹き溜まりですわ……」
ヴァルキュリアが軽蔑の眼差しで店内を見渡していると、ルチアナが「あっ」と声を上げた。
「見て! あそこの角台、ドル箱が山のようになっているわ!」
ルチアナが指差した先。
そこには、周囲の台とは次元が違うほどの『銀玉が入った箱』を背後に積み上げ、足を組みながら優雅に台を打っている男がいた。
金髪の青年に変身した調停者の一角――狼王フェンリルであった。
「よぉ、龍魔呂じゃねぇか。それに、天界の連中も」
フェンリルは、口にくわえていた『マルボロ・アイスブラスト』の煙を吐き出し、ニヤリと笑った。
「なんだそのダセェ格好は。神様が揃いも揃ってジャージかよ?」
「……フェンリル。貴方、調停者の仕事を放り出して、このような場所で何をしているのですか」
ヴァルキュリアが、眉間にシワを寄せてフェンリルを睨みつける。
「あぁ? 見て分かんねぇのか、シノギだよシノギ。今日は朝から『CR異世界転生トラックでドン!』の釘が甘くてよ、万発超えの爆出し中だ」
フェンリルの座っている台の液晶画面では、ド派手なアニメーションが流れていた。
「CR異世界転生トラックでドン!」――それは、主人公がトラックに轢かれる瞬間の演出で大当りが決まるという、ルナミス帝国で現在最も人気のある狂気の遊技台である。
「呆れましたわ。神に等しい力を持つ貴方が、このような鉄の玉の動きに一喜一憂するなど……。すぐにその席を立ちなさい。さもなくば、私がこの不毛な機械ごと……」
ヴァルキュリアが説教を始めようとした時、フェンリルがドル箱から銀玉を一掴みし、ヴァルキュリアの真っ白なジャージのポケットに無造作にねじ込んだ。
「まぁ座れよ、委員長。打たなきゃこの面白さはわかんねぇぜ?」
「なっ……! わ、私を買収しようというのですか! こんなもの……!」
「いいから、そこの空き台のハンドルを少し右に回してみろ。……それとも、ただの機械の演出にビビってんのか?」
「ビビってなどいませんわ! よろしい、私が一度だけこのくだらない機械を回し、いかに退屈なものかを証明して差し上げます!」
フェンリルの安い挑発に乗ってしまったヴァルキュリアは、ムキになって隣の空き台に座り、ポケットの玉をじゃらじゃらと受け皿に流し込んだ。
そして、おそるおそる右手のハンドルを回す。
カチャカチャ、チャリン。
弾き出された銀玉が、盤面の釘の間を縫って落ちていく。
その中の一発が、中央の『スタートチャッカー』へと、スッと吸い込まれた。
ピキュィィィィィンッ!!!!
突然、台の上部についたパトランプが激しく回転し、ヴァルキュリアの顔を真っ赤な光で照らし出した。
「ひぃッ!? な、なんですか急に!」
「おいおい、委員長。すげぇじゃねぇか。一回転目で『赤保留』だぞ」
フェンリルがアイスブラストを咥え直して身を乗り出す。ルチアナとカグヤも「嘘でしょ!?」とヴァルキュリアの後ろに張り付いた。
液晶画面の中で、平凡な高校生の主人公が、横断歩道の手前で立ち止まっている。
ズドォォォォォン……!!
画面が激しく震動し、猛スピードで暴走する『トラック』が画面の端から突っ込んできた。
『あぶなーーーーーい!!』
ヒロインのカットインが入る。文字の色は激熱の『金文字』だ。
「えっ、何!? トラックがぶつかりますわよ!? 危ないですわ!」
ヴァルキュリアは、完全に画面の演出に感情移入してしまい、両手で台の枠をガッチリと掴んで叫んだ。
ドゴォォォォンッ!!
画面の中で、主人公とトラックが激突した。
そして――プチュンッ……。
突然、台の液晶画面が真っ暗になり、全ての音が消え去った。
店内が騒がしい中、ヴァルキュリアの台だけが完全な静寂に包まれる。
「え……? こ、壊してしまいましたの……?」
青ざめるヴァルキュリアに、フェンリルがニヤリと笑う。
「いや……これは『全回転リーチ』だ。……見とけ」
真っ暗な画面に、ゆっくりと映像が浮かび上がる。
それは、見慣れた『コタツのある散らかった和室』。
そこでは、ピンクの芋ジャージを着た女神が、缶ビールを片手に寝転がっている姿が映し出された。
「あっ! 私のコタツ部屋演出! でもこれ、一番期待度が低い『ハズレ確定』の最悪な演出よ!」
ルチアナが頭を抱える。
「なんだ、ハズレですか。やはりこんなもの……」
ヴァルキュリアが安堵したように息を吐こうとした、まさにその時。
バリィィィィィィィィンッ!!!!
画面の中の『ルチアナのコタツ部屋』が、何者かの巨大な爪によって真っ二つに引き裂かれた。
「――――ッ!?」
裂け目の奥から現れたのは、黄金のたてがみをなびかせる巨大なメカライオン。
調停者の長、聖獣機神ガオガオンの『超激熱プレミアムカットイン』である!!
『起動せよ、ガオン! 聖・獣・合・体! ガオガオオオオオン!!』
キュイン! キュイン! キュイン! キュキュキュキュイィィィィンッ!!!!!
鼓膜を破壊せんばかりの確定音。
台全体が七色の虹色にフラッシュし、筐体から吹き出す風がヴァルキュリアの銀髪を激しく揺らした。
画面の中央には、燦然と輝く『777』の数字が揃っている。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ヴァルキュリアの口から、悲鳴とも歓喜ともつかない声が漏れた。
ジャラジャラジャラジャラッ!
下部の排出口から、止めどなく溢れ出す銀玉の滝。それは、光を反射してキラキラと輝く、純然たる『勝利の証』であった。
「大当たりよ! ヴァルちゃん、ビギナーズラックで万発確定の確変に入ったわ!」
「信じられませんわ! あんな適当に回しただけで!」
後ろでルチアナとカグヤが大騒ぎしている。
だが、当のヴァルキュリアの耳には、もはや二人の声は届いていなかった。
彼女の脳内では今、天界の特製青汁をどれだけ飲んでも絶対に分泌されないであろう『致死量のドーパミンとエンドルフィン』が、大洪水を引き起こしていた。
光。音。銀玉の重み。
天界の規律。五百年分の書類仕事。厳格な修行。
それら全てが、この『キュイン!』という一瞬の快感の前に、どうでもいいゴミ屑のように思えてきたのだ。
「あ、あぁ……なんですか、この美しい光と音は……。心が、魂が、満たされていくのが分かりますわ……っ」
ヴァルキュリアの青い瞳から、かつての知性と威厳が完全に消え去り、そこにはただ、パチンコの演出に魅入られた『完全なるギャンブル中毒者』の光が宿っていた。
「へっ、完全にパチンコの沼に堕ちたな、委員長」
フェンリルが笑いながらドル箱を積む。
「……あ、あの、フェンリル殿」
ヴァルキュリアが、ハンドルを握りしめたまま、熱に浮かされたような顔で振り返った。
「この……右打ちというのは、どうやればいいのでしょうか? も、もう少しだけ……あと一回だけ、あの『キュイン』を聞きたいのですわ……っ♡」
喫煙所から戻ってきた俺は、完全に出来上がってしまった三つの芋ジャージ(並んで確変を消化している神々)を見て、深くため息をついた。
「……終わったな」
天界の最高戦力であり、最も法を重んじた天使長は、ルナミス帝国の俗物文化の前に、たった一回転で完全に堕落した。
だが、ビギナーズラックというものは、破滅への入り口に過ぎない。
この甘い蜜の代償として、翌日、彼女たちに『ポポロ村で最も精神を削る恐ろしい畑』での強制労働が待っていることを、狂喜乱舞する三柱の神は、まだ気づいていなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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