EP 3
底辺アイドルの矜持と、ルナキンのドリンクバー
お祈りレタスの精神攻撃により、完全にメンタルを破壊された三柱の神(白・ピンク・紫の芋ジャージ)を連れて、俺――鬼神龍魔呂は、ポポロ村から『ロックバイソン定期バス』に揺られ、ルナミス帝国の首都へとやってきていた。
100年前に日本からの転生者である佐藤太郎が築き上げたこの国は、独自の魔法技術によって現代日本に近い景観を持っている。魔導車が走り、ネオンサインが瞬き、高層ビルが立ち並ぶその大通りを、俺たちはゾロゾロと歩いた。
「……私のスキルが……ミスマッチ……」
「……最終面接で……あと一歩だったのに……」
「……紹介した子が落ちて……顔に泥が……」
背後を歩く三人の神々は、完全に生気を失い、ゾンビのように虚ろな目でブツブツと呪詛を吐き続けている。天界の最高戦力であるヴァルキュリアですら、その背中には哀愁と絶望が漂っていた。
「ったく、いつまで引きずってんだ。着いたぞ」
俺が立ち止まったのは、大通りの角にある見慣れた看板の前だった。
ルナミス帝国が誇る24時間営業のファミレス、『ルナミスキング』――通称『ルナキン』である。
カランコロン、とドアベルを鳴らして店内に入ると、ハンバーグが焼ける匂いと、フライヤーの油の香りが漂ってきた。俺は四人掛けのボックス席に神々を押し込み、メニューを開いた。
「ここは俺の奢りだ。好きなモン頼んで、ドリンクバーでも飲んで頭冷やせ」
俺がそう言って、名物の『ハンバーグ・ルナミス風』と山盛りのフライドポテトを注文すると、ウェイトレスが空のグラスを三つ持ってきた。
「ド、ドリンクバー……?」
ヴァルキュリアが、おそるおそるグラスを手に取る。
「あぁ。あそこの機械のボタンを押せば、好きな飲み物が無限に出てくる。メロンソーダでもポポロ・コーヒーでも、好きなだけ飲め」
「む、無限に……!? 天界の湧き水ですら、一日の配給量が決まっているというのに、下界のファミレスはどれだけ潤沢な予算があるというのですか……!」
ヴァルキュリアはフラフラとドリンクバーに向かい、グラスになみなみとメロンソーダを注いで戻ってきた。
ストローを咥え、一口吸い込む。
「――――ッ!?」
ヴァルキュリアの青い瞳が、カッと見開かれた。
「な、なんですかこの、舌を突き刺すような刺激と、暴力的で人工的な甘さは……っ! 美味しいぃぃっ!」
ショック療法が効いたのか、彼女の顔に一気に血の気が戻る。
ルチアナとカグヤも、ポポロ・コーヒーに大量の砂糖とミルクをドバドバと注ぎ込み、糖分とカフェインを脳髄に直接叩き込むことで、ようやくお祈りレタスの呪縛から正気を取り戻し始めていた。
「ふぅ……生き返ったわ。砂糖は正義ね」
ルチアナが深く息を吐き出した、その時である。
「あれ……? あの奥の席に座ってるの、リーザちゃんじゃない?」
カグヤが、ドリンクバーのすぐ横の、一番目立たない角のボックス席を指差した。
そこには、ルナミスデパートの特売で買った赤色の芋ジャージを着て、健康サンダルを脱いでシートに正座している少女の姿があった。
シーラン海中国家を治める女王の娘であり、人魚姫であり、そして自称・絶対無敵スパチャアイドルである、リーザだった。
「本当だ。おい新入り、お前も挨拶しておけ。ポポロ村の身内だ」
俺たちが席を立ち、リーザのテーブルへと近づいていくと、彼女はエンジェルすまーとふぉんに向かって、何やら真剣な顔でメモをとっていた。
「……よし、明日の午前中は公園のラジオ体操でスタンプを貰って、午後はルナミスデパートの化粧品売り場でテスターの乳液をハシゴして……夕方は鳩の餌やりおじさんのところで鳩と決闘ね……」
「おーい、リーザちゃん。何してるの?」
ルチアナが声をかけると、リーザはビクッと肩を震わせ、慌ててテーブルの下に『何か』を隠した。
「あっ! ルチアナ様にカグヤ様! それに龍魔呂様まで! 奇遇ですわね、皆様もランチですか?」
リーザはアイドルの営業スマイルを浮かべたが、俺の目は誤魔化せない。
「……おい、リーザ。てめぇ、今テーブルの下に何を隠した?」
「えっ!? な、何も隠してませんわよ!? 私はただ、この『ルナキン特製・日替わりスープ(無料)』と『お冷(無料)』で、優雅なランチタイムを楽しんでいただけですわ!」
リーザのテーブルの上には、注文した形跡が一切ない。あるのは、ドリンクバーの無料のスープとお冷だけだ。
「嘘をつけ。……見せろ」
俺が極道のプレッシャーをかけて手を差し出すと、リーザは涙目になりながら、テーブルの下からコソコソとタッパーを取り出した。
中に入っていたのは、パン屋の裏口でタダで貰ってきたであろう『大量のパンの耳』と、スーパーの特売で買った『茹で卵』一つだった。
「……パンの耳?」
ヴァルキュリアが怪訝な顔をする。
「はい……。このパンの耳を、無料のコンソメスープに浸して柔らかくして食べるんです。こうすれば、まるで高級なオニオングラタンスープのような味わいになり、お腹も膨れる最高のフルコースになるんですのよ……」
リーザは、まるで三ツ星レストランのシェフのように、パンの耳のスープ浸しを誇らしげに語った。
(※ルナキンでは本来持ち込みは禁止だが、彼女のあまりの不憫さに、店長が泣きながら黙認している裏事情がある)。
「い、一日中このファミレスにいて、一円も払わずにパンの耳と無料スープで凌いでいるというの……!?」
ルチアナが戦慄したように声を震わせた。
「ふふっ、それだけじゃありませんわ!」
リーザは立ち上がり、胸を張って自身の『ポイ活(底辺サバイバル)』の極意を語り始めた。
「朝は公園でラジオ体操に参加してスタンプを貯め、図書カードをゲット! お昼はルナミスマートの試食コーナーをプロの巡回ルートで制覇! 喉が渇いたら献血ルームに行って、血と引き換えにハンバーガーとジュースを無料で頂きますの! スキンケアはデパートのテスターを使い、お風呂は交番前で反復横跳びをして保護され、警察署のシャワーを借りる!」
それは、もはや節約という言葉では括れない、人間の尊厳を極限まで削り落とした『0円生活』の極致であった。
「な、なぜですの……!?」
ヴァルキュリアが、信じられないものを見る目でリーザを見つめた。
「貴女は、シーラン国の誇り高き王族(人魚姫)でしょう!? それがなぜ、鳩の餌を巡って公園の鳩と殴り合いをし、パンの耳を齧るような生活を……! 尊厳というものがないのですか!」
「尊厳? ありますわよ」
リーザは、真っ直ぐな瞳でヴァルキュリアを見つめ返した。
「私は『アイドル』ですの。ステージの上で、ファンのみんなから『時間』と『お金』を奪い尽くし、世界で一番の幸せを届ける存在。……だからこそ、ステージを降りた私は、誰よりも泥臭く、1コインの重みを知っていなければならないんです!」
彼女の瞳の奥には、ある種の狂気にも似た執着の炎が揺らめいていた。
「私は運命! 私は物語! だから、生き抜くためなら雑草だって食べますし、おばちゃんから惣菜だって貰います! それが、絶対無敵スパチャアイドルの『矜持』ですわ!!」
ビシィッ!と、芋ジャージ姿でアイドルの決めポーズをとるリーザ。
「……」
「……」
ルチアナとカグヤは、無言で顔を見合わせた。
たかがレタスの「不採用通知」ごときでメンタルを病み、泥にまみれたと泣いていた自分たちが、ひどくちっぽけで甘ったれた存在に思えてきたのだ。
「……負けたわ。私たち、底辺ぶってたけど、本当の底辺の覚悟には足元にも及ばなかったわね……」
「ええ……。彼女の逞しさを見たら、お祈りレタスの声なんて、ただのBGMにしか聞こえなくなってきたわ……」
神々は、リーザの圧倒的な『底辺サバイバル力』の前に、完全な敗北を認めた。
「……たく。立派な御託はいいが、栄養が足りてねぇアイドルの歌なんざ、誰も聴きたくねぇぞ」
俺はため息をつき、ウェイトレスを呼んだ。
「追加だ。このテーブルに、ハンバーグの特大サイズと、ライス大盛り、それにパフェを一つ持ってきてやってくれ」
「えっ……! りゅ、龍魔呂様……!?」
リーザの目が、これ以上ないほどキラキラと輝き始めた。
「いいんですの!? 私、お言葉に甘えても……!」
「あぁ。しっかり食って、太客呼べるように声出しとけ」
「あぁぁぁっ! ありがとうございますぅぅっ! Love & Money! 私、龍魔呂様の全て(とお金)を奪い尽くして差し上げますわぁぁっ!」
リーザは俺の手にすがりつき、泣きながら感謝を述べた。
俺は、運ばれてきたハンバーグに泣きながらかじりつく人魚姫の姿を横目に、マルボロの煙を吐き出した。
「よし、メシ食って頭も冷えたな。……それじゃあ次は、大人の『本当のヒマ潰し』ってヤツを教えに行ってやるか」
「本当のヒマ潰し……?」
首を傾げるヴァルキュリアに、ルチアナとカグヤがニヤリと悪い顔をして笑う。
極道農家と神々の休息は、ルナミス帝国が誇る魔の遊技場――『ルナミスパーラー(パチンコ店)』へと、その歩みを進めようとしていた。
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