表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/106

EP 2

お祈りレタスの絶望と、トラウマの連鎖

 午前十時。

 ポポロ村の第七区画にて。

 天界の最高戦力であり、無慈悲なる監査役として恐れられていた天使長ヴァルキュリアは、完全に『泥人形』と化していた。

「ゼェ……ゼェ……ひっく、うぅぅ……」

 彼女の誇りであった純白のタローマン製ジャージは、人参マンドラとの死闘(泥まみれの追いかけっこ)の末にドス黒い土色に染まり、美しい銀髪には枯れ葉や泥がべったりと張り付いている。

 だが、極道農家・鬼神龍魔呂のコンプライアンス(シノギのノルマ)は絶対だ。泣きながら五百本の人参マンドラを引き抜いた彼女に、休む暇など与えられない。

「よし、人参は終わりだ。次は隣のうねに移動するぞ」

 俺はマルボロの灰を落とし、クワを肩に担いで歩き出した。

「次、ですか……? もう、私の腕の筋肉は限界でしてよ……」

 ヴァルキュリアが生まれたての小鹿のように足(健康サンダル)を震わせながらついてくる。

「次は力仕事じゃねぇ。包丁を使った繊細な収穫作業だ」

 俺が指差した先には、青々としてみずみずしい葉を巻いた、立派なレタスが畑一面に育っていた。

「これは『お祈りレタス』だ。根元にスッと包丁を入れて、丁寧に切り取れ。傷つけると商品価値が下がるからな」

「レタス、ですか。……ふふっ、それなら造作もありませんわ」

 ヴァルキュリアの目に、少しだけ生気が戻った。

「人参のように逃げ回るわけでもない、ただの静かな葉物野菜。天界の規律のごとく、寸分の狂いもなく美しく切り取ってご覧に入れますわ!」

 彼女は俺から収穫用の包丁を受け取ると、意気揚々とレタスの前にしゃがみ込んだ。

 だが。俺は傍らの切り株に腰掛けながら、心の中で薄く笑った。

 ポポロ村の魔野菜の中で、この『お祈りレタス』が一番、精神的メンタルにキツいということを、この新入りはまだ知らない。

「さて、いきますわよ。フッ!」

 ヴァルキュリアが、レタスの根元にスッと包丁の刃を入れた。

 その瞬間。

 彼女の脳内に、直接『あの絶望の音声テレパシー』が鳴り響いた。

『……ご提出いただきました職務経歴書を拝見し、慎重に選考を行いました』

「え……?」

『ヴァルキュリア様のこれまでの輝かしいご経歴は大変魅力的ではございますが、「現在弊社が求めているポジションの要件」と、技術的なミスマッチが極めて僅かにございました』

「な、何ですのこれ!? 頭の中に、謎の事務的な声が……っ!」

 包丁を握るヴァルキュリアの手がピタリと止まる。

『今回はご縁がございませんでしたが、データは弊社にて責任を持って破棄いたします。ヴァルキュリア様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』

「あ……あぁぁぁぁっ……!」

 ヴァルキュリアの青い瞳から、一瞬にして光が消え失せた。

 彼女が引いてしまったのは、お祈りレタスの中でも、大人の自尊心を最もえぐる『中途採用・お祈り種(ロメインレタス風)』であった。

 完璧主義者であり、常に天界のエリート街道を歩んできた彼女。

 だが、その裏には、かつて『天使長オーディション』で何度も落選し、血を吐くような努力と挫折を繰り返してきたという、誰にも言えない苦い過去トラウマがあったのだ。

「ミスマッチ……私の能力が、足りないのではなく……ただ、ミスマッチ……。やんわりとキャリアを否定された上に、データは破棄……。私という存在が、シュレッダーに……」

 ヴァルキュリアは包丁を取り落とし、両膝を抱えて泥の上にうずくまった。

「うぅっ……頑張ったのに……面接官のウケも良かったはずなのに……どうして……っ」

「……メンタルが貧弱すぎる」

 俺は呆れたように煙を吐き出した。

 お祈りレタスは、物理的なダメージはゼロだが、切ろうとした者に『不採用通知』をダイレクトに叩き込み、過去のトラウマを呼び起こして精神をゴリゴリと削る、極めて悪辣な防衛本能を持っているのだ。

「あーあ、ヴァルちゃん完全に鬱に入っちゃったわね」

「天界のトップが、ただのレタスに心折られてるなんて傑作ですわ」

 そこへ、ピンクジャージのルチアナと紫ジャージのカグヤが、ニヤニヤと笑いながらやってきた。

 彼女たちはすでに自分のシノギ(大根引き)を終わらせ、新入りの無様な姿を冷やかしに来たのだ。

「ほーら新入り、見とけ。神歴何億年というメンタルを持つ私たちなら、お祈りメールくらい鼻で笑ってスルーできるのよ!」

「そうですわ。底辺労働で鍛えられた私たちのメンタルを舐めないでいただきたいですわね」

 二柱の神が、自信満々に包丁を手に取り、それぞれレタスに刃を当てた。

 だが。ポポロ村の土壌で育った魔野菜は、神のメンタルすらも容赦なく破壊する。

『……大変甲乙つけがたい優秀な成績ではございましたが、採用枠の兼ね合いから、誠に遺憾ながら……』

「――――ッ!?」

 ルチアナの動きが完全にフリーズした。

 彼女が引いたのは、期待を持たせておいて最後に突き落とす、最悪の激レア個体『最終面接お祈り種』だった。

「枠の兼ね合い……。私が、私がダメだったわけじゃないのよ……! ただ、運が悪かっただけ……! あと一歩、あと一歩だったのにぃぃっ!」

 ルチアナは、かつて『銀河神への昇進試験(最終面接)』で落とされ、今の「第3種惑星創造神格公務員」に甘んじているというコンプレックスを容赦なく抉られ、ガックリと四つん這いになった。

 一方のカグヤの脳内にも、無慈悲な声が響いていた。

『……カグヤさん、先日は紹介してくれてありがとう! 面接官一同、君の友人なら間違いないって本当に期待してたんだけど、ちょっと今回のプロジェクトの毛色とは合わなかったみたいで……』

「え……?」

『あ、紹介してくれたこと自体は本当に感謝してるから! カグヤさんとの関係はこれからも変わらないよ! また飲みに行こう!』

「あ、ああぁぁぁぁぁっ……!」

 カグヤは、頭を抱えて悲鳴を上げた。

 彼女が引いたのは、『リファラル(紹介)お祈り種』。ギャラ飲みや人脈形成を至上の価値としていた彼女にとって、「自分の紹介した人材が落ちる=自分の人脈と顔に泥を塗られる」という、極限の気まずさと申し訳なさを強制的に味わわせる恐るべきレタスだったのだ。

「私の顔が……潰された……。もうあの子(紹介した子)と、どんな顔して港区で飲めばいいのよぉぉっ……喉が……極限まで渇くわぁぁっ……」

 カグヤは白目を剥き、口からエクトプラズムのようなものを吐き出して倒れ伏した。

 かくして。

 ポポロ村のレタス畑には、天界の最高戦力と、二柱の世界神が、一斉に体育座りをして「虚無」の表情で固まるという、地獄のような光景が広がった。

「……私の、何がいけなかったのでしょうか……」

「……あと一歩だったのよ……」

「……もう、誰とも顔を合わせたくないですわ……」

 三つの芋ジャージが、ブツブツと負のオーラを垂れ流しながら、完全に使い物にならなくなってしまった。

「……てめぇら、本当に神様か? ただの草切れの声にビビってんじゃねぇぞ」

 俺はため息をつきながら立ち上がると、無造作に包丁を手に取った。

 そして、まだ収穫されていない『お祈りレタス』の根元に、躊躇なくザクリッと刃を入れる。

『……慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくことと……』

「あぁ?」

 俺の脳内に響くテレパシーの音声を遮るように、俺は赤黒い『極道の闘気』を包丁の刃に極限まで纏わせた。

「俺のシマで、俺を面接ジャッジしようってのか? ……不採用通知を出した会社ごと、買収カチコミしてやるよ」

 極道の圧倒的な理不尽とメンタルの前では、お祈りレタスの精神攻撃など、蚊の鳴くような羽音に等しかった。

 テレパシーの音声は、俺の闘気のプレッシャーに怯えたように「ピィッ!」と悲鳴を上げて強制終了し、レタスはただのシャキシャキとした美味しい野菜へと成り下がった。

 ザクッ、ザクッ、ザクッ!

 俺は、虚無に陥っている神々を尻目に、一切の感情を揺らすことなく、完璧な手際で畑のレタスを次々と切り落とし、カゴへと放り込んでいく。

「……信じられませんわ……」

 うずくまっていたヴァルキュリアが、涙目になりながらその光景を見上げていた。

「あれだけの精神攻撃を……一顧だにせず、ただの作業として処理していくなんて。あの男のメンタルは、天界のどの神よりも強靭(狂っている)というのですか……?」

「だから言ったでしょ、ヴァルちゃん……。おじさんの前じゃ、神のメンタルなんて豆腐以下なのよ……」

 ルチアナが虚ろな目で呟く。

「……よし、今日の午前中のノルマはこれで終わりだ」

 カゴいっぱいにレタスを収穫し終えた俺は、泥だらけで体育座りしている三つの芋ジャージを見下ろした。

「てめぇらの貧弱なメンタルじゃ、午後のシノギは無理そうだな。……仕方ねぇ、今日はルナミス帝国の街まで出て、昼飯にするぞ」

「ひ、昼飯……?」

「あぁ。たまには下界のファミレスで、ドリンクバーでも飲んで頭冷やしてこい」

 その言葉に、三柱の神の目に僅かな光が戻った。

 だが、彼女たちはまだ知らない。

 その『ルナミス帝国のファミレス(ルナキン)』にこそ、神の経済観念を根底から破壊する、最恐の『底辺ポイ活アイドル』が、ドリンクバーのグラスを片手に待ち構えているということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ