第十四章 狂植物の洗礼と、底辺の休日
白ジャージの天使長と、人参マンドラの洗礼
炎上神ワイズの卑劣なヤラセ配信が、極道農家の圧倒的な暴力によって粉砕された翌朝。
ポポロ村には、いつもと変わらぬ清々しい朝の空気が満ちていた。
「ほらよ、新入り。てめぇの『正装』だ」
村長宅の縁側。
首にタオルを巻き、ドカジャンを羽織った俺――鬼神龍魔呂は、手にしたビニール袋を、正座して待機していた天使長ヴァルキュリアの膝の上へと無造作に放り投げた。
袋には、ルナミス帝国最大の品揃えを誇るホームセンター『タローマン』のロゴがデカデカと印刷されている。
「こ、これは……?」
ヴァルキュリアが、おそるおそる袋の中身を取り出す。
出てきたのは、眩しいほどに真っ白な生地に、ダサい二本線がサイドに入った『白い芋ジャージ(上下セット)』。そして、足裏のツボを容赦なく刺激する突起がびっしりと並んだ『健康サンダル』であった。
「食った飯の分は、キッチリ畑で働いて返す。それが俺のシマのルールだ。今日からてめぇも、その立派な羽をしまって、農家の一員としてシノギに励んでもらうぞ」
俺が真鍮製のオイルライターをカチリと鳴らし、マルボロの煙を吐き出すと、ヴァルキュリアの隣で同じように正座していた二柱の神が、ニヤニヤと笑いながら身を乗り出してきた。
「ふふっ、ようこそ底辺パラサイト同盟へ! 私がピンクジャージのルチアナよ。農作業のイロハは先輩の私がキッチリ教えてあげるから、安心して泥にまみれなさいな!」
「私は紫ジャージのカグヤ。……まさか、天界の規律にうるさい風紀委員長のヴァルちゃんが、私たちとお揃いのタローマンジャージを着る日が来るなんてね。最高傑作のギャグですわ!」
「くっ……!」
ルチアナとカグヤの煽りに、ヴァルキュリアは悔しそうに唇を噛んだ。
天界の最高戦力であり、常に純白のドレスと神聖な鎧を纏っていた彼女にとって、この化学繊維100%のジャージは屈辱の極みである。だが、昨日の『極上豚汁と塩むすび』、そして『石焼き太陽芋』の悪魔的な美味さに完全に胃袋を支配されてしまった彼女には、もはや天界へ帰り、あの激マズ青汁と硬パン(EPA型)の生活に戻るという選択肢は残されていなかった。
「……分かりましたわ。背に腹は代えられません」
ヴァルキュリアは立ち上がり、襖の奥で素早く着替えを済ませて戻ってきた。
輝く銀髪をポニーテールに束ね、純白の六枚羽を魔力で隠し、上下真っ白な芋ジャージに身を包んだ天使長。足元には、健康サンダルが情けない音を立てている。
「おぉ〜、似合ってる似合ってる! 立派な農家のオバチャンね!」
「……ルチアナ様。後で裏山に呼び出しますわよ」
青筋を立てるヴァルキュリアを尻目に、俺は縁側に腰を下ろした。
「よし、全員揃ったな。今日のシノギは、裏手の第七区画だ。……『人参マンドラ』の収穫を行う」
「人参マンドラ、ですの?」
縁側の隅で、お手製の人参柄ハンカチでトンファーを磨いていたヤンデレ村長・キャルルが、ピクッとウサギの耳を立てた。
「ええ、ポポロ村の特産品の一つですわね。栄養価が極めて高く、私の特製人参ジュースにも欠かせない素晴らしいお野菜ですわ。……ですがヴァルキュリア、少々『手がかかる』ので覚悟しておくことですわよ?」
「手がかかる? ふん、ただ土から根菜を引き抜くだけの作業でしょう」
ヴァルキュリアは健康サンダルを鳴らし、自信満々に胸を張った。
「私はこれでも、天界の軍を率いて魔王軍の幹部を幾人も討ち果たしてきた戦士です。農作業など、私の強靭な肉体と完璧な規律をもってすれば、午前中で全て終わらせてご覧に入れますわ」
「……威勢がいいのは結構だがな。泣き言は聞かねぇぞ」
俺はニヤリと笑い、クワを肩に担いで立ち上がった。
◇ ◇ ◇
ポポロ村・第七区画。
そこには、青々とした葉を天に向けて茂らせる、見事な人参畑が広がっていた。朝露に濡れた土の香りが、なんとも長閑な農村の風景を醸し出している。
「さぁ、ご覧なさい。天界の規律に基づく、無駄のない完璧な収穫作業というものを!」
ヴァルキュリアは、真っ白なジャージの袖を捲り上げ、畑の畝の前に立った。
彼女は腰を深く落とし、大地に根を張る人参の太い茎を両手でしっかりと掴む。そして、呼吸を整え、天使族の並外れた筋力を使って、一気に上方へと引き抜いた。
スポポォォォォンッ!!
「ふふっ、他愛のない……」
ヴァルキュリアがドヤ顔で引き抜いた人参を掲げようとした、その瞬間だった。
『ギャァァァァァァァァァァァァッ!!!!』
「――――ッ!?」
ヴァルキュリアの鼓膜を、耳をつんざくような赤ん坊の絶叫が劈いた。
驚いて手元を見ると、引き抜かれた巨大な人参には、不気味な顔のような模様が浮かび上がっており、根っこの先が二本の『足』のようにバタバタと暴れているではないか。
「な、何ですかこれはぁぁっ!?」
パニックに陥ったヴァルキュリアが、思わず手を離してしまう。
すると、地面に着地した『人参マンドラ』は、短い根っこの足をフル回転させ、猛烈なスピードで畑の奥へとダッシュして逃げ出したのだ。
「ああっ! 逃げたわよヴァルちゃん! 早く捕まえないと!」
ルチアナが指を差してゲラゲラと笑う。
「嘘でしょ!? 植物が自立歩行して逃走するなんて、アナステシア世界の生態系はどうなっているんですの!?」
「バカ言ってねぇでさっさと追え新入り。逃がしたら今日のてめぇの飯は抜きだ」
俺は傍らの切り株に腰掛け、マルボロを吹かしながら冷たく言い放つ。
「め、飯抜き……! それだけは断じて許容できませんわ!」
昨日の極上豚汁の味が脳裏をよぎり、ヴァルキュリアは血相を変えて逃げる人参マンドラの後を追った。
「待ちなさい! 天界の執行者の名において、その足を止めなさいッ!」
だが、人参マンドラはただ走るだけではない。
ジグザグに動き回り、フェイントをかけ、時には泥を蹴り上げて追っ手の目を眩ませる、極めて狡猾な逃走本能を持っていた。
対するヴァルキュリアは、農作業用の『健康サンダル』を履いている。
「くっ……! このサンダルの突起が、足裏のツボに激痛を……ッ!」
ズサァァァァッ!
ぬかるんだ泥に足をとられ、ヴァルキュリアは勢いよく前のめりに転倒した。
ベチャッ、という情けない音と共に、彼女の誇りであった『真っ白な芋ジャージ』の前面が、一瞬にしてドス黒い泥まみれに染まる。
「あははははっ! ヴァルちゃんが顔面から泥に突っ込んだぁぁっ!」
「天界の最高戦力(笑)ですわね! 泥遊びが上手でちゅねー!」
ルチアナとカグヤが、腹を抱えて大爆笑している。
「~~~~ッ! この、下等な根菜風情がぁぁぁっ!」
ヴァルキュリアの堪忍袋の緒が完全に切れた。
彼女の青い瞳が怒りで血走り、全身から黄金の神気が爆発的に立ち昇る。
「ホーリー・ランスで串刺しにして……ッ!」
空中に聖槍グラニを具現化しようとした、その時。
「おい」
ズウゥゥゥゥゥゥンッ……。
背後から、全てを凍りつかせるような極道のプレッシャーが放たれた。
振り返ると、切り株に座った俺が、般若のような顔で睨みつけている。
「俺の畑で、魔法や武器を使うたぁ良い度胸だ。……土を荒らしたら、てめぇを裏の肥溜めに沈めるぞ。農家なら、てめぇの『手』で収穫しろ」
「ヒィッ……! は、はいぃぃっ!」
極道農家のコンプライアンス(理不尽)の前に、神気はシュルシュルと萎んだ。
魔法も武器も封じられたヴァルキュリアは、涙目になりながら、四つん這いになって泥まみれの畑を這いずり回るしかない。
『ギャーッ! ギャーッ!』
「待てぇぇっ! 私の……私の朝ご飯から逃げるなぁぁっ!」
それから一時間。
ポポロ村の第七区画には、純白のジャージを完全な泥色に染め上げ、髪を振り乱しながら、泣き叫ぶ人参を必死に追いかけ回す『元・天使長』の哀れな絶叫が響き渡っていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
やがて。
泥の海の中で、両手でしっかりと人参マンドラを捕獲したヴァルキュリアが、放心状態で天を仰いでいた。
その顔には泥がこびりつき、神聖な天使の威厳など、もはやミジンコほども残っていない。
「……捕まえ、ましたわ……」
息も絶え絶えに人参を掲げる彼女に、俺は手ぬぐいを無造作に投げ渡した。
「……まぁ、新入りにしては根性あるじゃねぇか。悪くねぇ」
「え……?」
「だが、喜ぶのはまだ早いぞ。昼飯までに、あと『四百九十九本』引っこ抜いてもらうからな」
「――ッ!?」
目の前に広がる、途方もない広さの人参畑。
ヴァルキュリアは、その絶望的な光景と『底辺農業のリアル』を前に、白目を剥いて泥の中にパタリと倒れ込んだ。
こうして、白ジャージの天使長の、ポポロ村での過酷でギャグに満ちた新生活が幕を開けた。
だが、彼女の精神を削るポポロ村の『魔野菜』は、人参マンドラだけではなかった。次なる恐怖が、すぐ隣の畝で彼女を待ち構えていることを、彼女はまだ知る由もなかったのである。
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