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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 8

「三国境の戦慄。謎の軍事要塞の出現」

[幕間:ルナミス帝国 国境警備隊 野営陣地]

「……信じられん。私の目が狂ったのか」

 三国の国境が入り交じる緩衝地帯。その小高い丘の上に設営されたルナミス軍の監視テントで、斥候部隊長は魔導双眼鏡を握りしめたまま、脂汗を流していた。

 彼が監視しているのは、中立の地であるはずの『ポポロ村』の北側だ。

 昨日の昼間までは、そこはただの石と雑草だらけの不毛な荒れ地だったはずである。

 だが今、部隊長の視界には、月光を不気味に反射する『巨大な半透明のドーム状建造物』がはっきりと映し出されていた。

「一晩……いや、報告によれば、たった数十分で完成したというのか。あんな巨大な魔法防壁ビニールハウスを備えた要塞を……」

 副官が、震える声で報告書を読み上げる。

「ドームの表面を覆う素材は、いかなる魔法も物理攻撃も弾き返す未知の超強化障壁(農業用ビニール)と推測されます。そして、その内部からは、常軌を逸した魔力反応(ルナの水やり)と、天を焦がすような赤黒い禍々しいオーラ(極道の気合)が絶え間なく放出されています」

 部隊長はギリッと奥歯を噛み締めた。

 間違いない。昨日、エルフの次期女王が放った戦略級魔法『火炎龍』を、一撃で圧殺したという謎の怪物。あの男が、三国を侵略するための前線基地を築き上げたのだ。

 それも、軍事の常識を根底から覆す、異常なスピードで。

「……各部隊に警戒レベル最大を伝達しろ。あのドームの中から、何が飛び出してくるか分から――」

 部隊長が指示を出そうとした、その時だった。

「ひぃぃぃぃぃっ!」

「た、助けてくれぇ! 俺は、俺はこんなところで死にたく――あ、あれ?」

「あはぁぁっ♡ おっぱい、おっぱぁぁい! ママン、僕、いい子にするからぁ!」

 突如として、野営陣地のあちこちから、狂気に満ちた叫び声と奇声が上がり始めた。

 見れば、完全武装したルナミス帝国の精鋭兵たちが、武器を放り出して地面を転げ回り、ある者は恍惚とした顔で幼児退行し、またある者は架空の女の腰を抱くような仕草で 허공(虚空)に向かって愛を囁いている。

「おい、どうした! 貴様ら、正気を保て!」

 部隊長が怒鳴るが、兵士たちの耳には届いていない。

「隊長! 隣のレオンハート獣人王国の陣地からも、異常な悲鳴が上がっています! 奴ら、同士討ちを始めています!」

 双眼鏡を獣人陣地に向けると、さらに悲惨な光景が広がっていた。

 嗅覚の鋭い犬耳族や人狼族の兵士たちが、口から泡を吹いて倒れ伏し、「メロロンちゃぁぁん! 俺は妻と別れてきたぞぉぉ!」などと喚きながら、幻覚の中で見えないキャバ嬢(魔性の作物)に全財産を貢ごうとしている。

「風だ……! ポポロ村の方角から、生暖かく甘い風が吹いてきています!」

 副官の言葉に、部隊長はハッと息を呑んだ。

 確かに、鼻を突くような異常に甘い匂いが、夜風に乗って陣地を包み込んでいる。

「息をするなッ! これは未知の精神汚染ガス(兵器)だ!!」

 部隊長は防毒マスクを引っ張り出しながら、絶望的な声で叫んだ。

 間違いない。あの巨大な半透明ドームは、ただの防御要塞ではない。

 内部で、三国境の軍隊を無力化するための『恐るべき幻惑毒ガス(ただのメロロンの切り口から漏れた匂い)』を製造する、悪魔の軍事プラントだったのだ!

 ◇ ◇ ◇

[幕間:アバロン魔皇国 国境警備隊 視点]

「……なんという恐るべき精神支配魔法チャームだ」

 アバロン魔皇国の部隊長は、結界魔法を展開し、部下たちが次々と狂乱していく様を冷や汗を流しながら見つめていた。

 魔族は精神魔法への耐性が強いはずだ。だが、この風に乗って運ばれてくる『匂い』は、いかなる対魔力防壁をもすり抜け、脳の奥底にある根源的な欲望(庇護欲や性欲)を直接刺激してくる。

「これほどの広域精神汚染を、姿も見せずにやってのけるとは……。あの中にいる『覇王』は、もしかすると我が国のラスティア魔王様をも凌駕する怪物なのかもしれん」

 ルナミス帝国の兵士が幼児退行し、レオンハートの屈強な獣人たちが架空の女に貢ぐ幻覚を見ている。三国境の軍事バランスは、たった一夜で、そしてたった一陣の風(匂い)によって、完全に崩壊したのだ。

「早急に本国へ報告しろ。ポポロ村に降臨した覇王は、今まさに我々の精神と兵站を破壊する『見えない猛毒』の実験を開始した、とな。もはや、一国で対処できるレベルの脅威ではない!」

 かくして、三国のトップたちは、自国の精鋭部隊が「謎の甘い匂い」によって一夜にして無力化されたという報告を受け、ポポロ村の巨大ドーム(ビニールハウス)に底知れぬ恐怖を抱くこととなった。

 ◇ ◇ ◇

「……やっぱり、メロンは井戸水でキンキンに冷やして食うに限るな」

 三国の軍隊が恐慌状態に陥っていることなど露知らず。

 俺は巨大ビニールハウスの中でパイプ椅子に座り、切り分けた『メロロン』の果肉をフォークで突き刺して味わっていた。

 幻惑の元凶であるツルを切り落としてしまえば、こいつはただの極上に甘いメロンだ。労働の後のデザートとしては百点満点である。

「あはぁっ♡ 甘いっ、美味しいぃ……おじしゃまのメロン、最高ぉ……」

 口の周りを果汁でベタベタにしたルナが、幸せそうに頬を押さえている。角砂糖に続いて、メロロンの甘さに完全に脳を焼かれているらしい。

「龍魔呂様、実に素晴らしい果実でございます。この芳醇な香りと上品な甘み……これほどの品、ルナミス皇帝の晩餐会でもお目にかかれません」

 泥だらけのスーツを着たリバロンも、ハンカチで口元を拭いながら感嘆の声を上げていた。こいつは上品にフォークとナイフを使って食っている。

「おう。よく育ってくれたもんだ。この調子なら、他の野菜もすぐに収穫できるだろうぜ」

 俺はマルボロに火をつけ、食後の煙をゆっくりと吐き出した。

「おや? 龍魔呂様、外から何やら奇声や悲鳴のようなものが聞こえてまいりますが」

 リバロンが、ピンと立った狼の耳をピクピクと動かして言った。

「あ? どうせハグレ者のチンピラか、酔っぱらいが騒いでんだろ。放っとけ」

 俺はハウスの換気口から吹き込む夜風を浴びながら、肩をすくめた。

「それより、明日は収穫した野菜を金に換える算段でもするか。そろそろ、商人を呼んで流通のルートを作らねぇと、野菜が腐っちまうからな」

「御意。覇王様の『兵站網』の構築ですね。このリバロン、しかと手配いたします」

(……また変な単語を使ってるが、まぁいいか)

 俺はマイペースに紫煙をくゆらせ、明日からの極上スローライフに思いを馳せていた。

お読みいただきありがとうございます!


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