EP 8
剥がれるメッキと、極道の問いかけ
ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!!!
ポポロ村の裏手に広がる、燃え盛る太陽芋の畑。
だが、その業火すらも、男の背後から立ち昇る『赤黒い阿修羅の闘気』の前に、まるで怯える獣のようにシュルシュルと勢いを潜めていた。
空気が重い。呼吸をするたびに、肺の中に鉛を流し込まれているかのような錯覚。
パジャマの上にドカジャンを羽織り、首にタオルを巻いた極道農家――鬼神龍魔呂が放つプレッシャーは、天界の最高戦力である天使長ヴァルキュリアが放っていた神聖な威圧感とは、根本的に次元が違った。
「な……なんなんだ、お前は……ッ!?」
『光の勇者』ゼロス・ディバインは、ガタガタと震える膝を必死に押さえつけながら、後ずさった。
金貨一億枚(約一兆円)という天文学的な予算をユニークスキル【マネー】に注ぎ込み、彼のステータスは現在、神すらも凌駕する異常値に達しているはずだった。
にもかかわらず、目の前のただの『農家のオッサン』から放たれる圧倒的な死の気配の前に、彼の生物としての本能が「逃げろ」とけたたましい警鐘を鳴らし続けているのだ。
「……ハッ。俺は、このシマの管理を任されてる、ただの農家だ」
俺は真鍮製のオイルライターをカチリと鳴らし、マルボロの紫煙を細く吐き出した。
「だがな。極道のルールにおいて、テメェは絶対に生かして帰せねぇ『三つの大罪』を犯した」
俺は、ドカジャンのポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと一歩を踏み出す。
ズンッ。
その足音が響くたびに、ゼロスの纏うギラギラとした下品な金色のオーラが、赤黒い闘気に侵食され、削り取られていく。
「一つ。他人のシマに、断りもなく土足で踏み込んだこと。
二つ。てめぇの吸い殻を、俺のシマにポイ捨てしたこと。
そして……三つ。俺が手塩にかけて育て、明日『極上の焼き芋』と『豚汁』にして食うはずだった……命の恵み(太陽芋)を、てめぇのくだらねぇ自己満足のために灰にしやがったことだ」
俺の顔の右半分に、般若のようなドス黒い怒りのシワが刻まれる。
「てめぇの落とし前は、命で払わせる」
『……チッ! なんだあのモブキャラは! おいゼロス、ビビってんじゃねぇっすよ!』
ゼロスのインカムから、炎上神ワイズの苛立った声が飛んだ。
『お前のステータスは今カンストしてるっす! ただの田舎の農家なんか、ワンパンで肉片に変えられるはずっすよ! とっととそいつをぶっ殺して、天使の首を刎ねろ!』
「……そ、そうだ! そうだ!!」
ワイズの声と、視界の隅に表示されている『筋力:ERROR』の文字が、ゼロスに偽りの万能感を取り戻させた。
「俺様は金貨一億枚を課金した、最強の勇者様なんだよ! 田舎の泥臭ぇ農家が、俺様に凄んでんじゃねぇぇぇっ!」
ゼロスは恐怖を振り払うように絶叫し、厚底ブーツで焼け焦げた地面を蹴って跳躍した。
そのスピードは、先ほど天使長ヴァルキュリアを吹き飛ばした時と同等――いや、それ以上のマッハの速度だった。
彼の右手に握られた最高純度の『オリハルコンソード』が、一兆円分の筋力バフと魔力バフを纏い、空間を歪めながら俺の脳天めがけて振り下ろされる。
「死ねぇぇぇっ! モブ野郎ォォォッ!!」
山をも真っ二つにするであろう、絶対的なステータスの暴力。
泥だらけになって倒れていたヴァルキュリアが、「逃げてッ!」と悲痛な叫び声を上げた。
――だが。
極道の喧嘩において、システムが弾き出した『数字』など、便所の落書きほどの価値もない。
「……遅ぇよ、ガキ」
俺はマルボロを咥えたまま、一切の予備動作なく、右手をスッと頭上へと掲げた。
俺の右腕には、柔道、空手、合気道の全てを極め、幾多の修羅場(ヤクザの抗争)をくぐり抜けてきた『純粋な暴力の結晶』たる赤黒い闘気が、極限まで圧縮されている。
ガギィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
凄まじい衝撃波が巻き起こり、周囲の炎と黒煙がリング状に吹き飛んだ。
足元の地面が蜘蛛の巣状に深く陥没し、土煙が舞う。
「……は……?」
ゼロスの口から、間抜けな声が漏れた。
彼が全力で振り下ろしたオリハルコンソード。一兆円のバフが乗った、神をも殺すはずの絶対的な一撃。
それが。
俺の『素手』――闘気を纏った右の手のひらによって、刃の側面から完璧に受け止められ、完全に静止していたのだ。
「な……馬鹿な……ッ!?」
ゼロスは信じられないものを見る目で、自分の剣と、俺の無傷の手のひらを交互に見つめた。
「お、俺様の剣はオリハルコン製だぞ!? カンストしたバフが乗ってんだぞ!? なんで、素手で……ッ!」
「ステータス? バフ? ……くだらねぇ」
俺は、刃を掴んだまま、冷たいゴミを見るような目でゼロスを見据えた。
「システムが与えた数字に頼り切って、てめぇ自身の筋肉の連動も、体重移動も、刃筋の角度も、何一つ理解してねぇじゃねぇか。……ただ重い棒を力任せに振り回してるだけの、ド素人の盆踊りだ。そんなモン、目をつぶってても止められるぜ」
「ひぃッ……!」
ゼロスは剣を引き抜こうとしたが、俺の指は万力のようにオリハルコンの刀身に食い込み、ビクともしない。
「それに……てめぇ、さっきから不自然に背伸びしてんな」
俺の鋭い視線が、ゼロスの足元――その不格好に分厚い『厚底ブーツ』へと向けられた。
「そんな歩きにくいブーツ履いてるから、踏み込みが甘くなるんだよ。……見栄張って身長誤魔化すために、命預ける足元をおろそかにするとはな」
「――――ッ!?」
一番触れられたくないコンプレックスを看破され、ゼロスの人工的なイケメンの顔が、屈辱と恐怖で激しく歪んだ。
「てめぇの強さは、全部『金』で買った借り物だ。システムに課金して得た数字、高い金払って手に入れた装備、魔法で整形した顔、厚底のブーツ……」
俺は、オリハルコンソードの刀身を握ったまま、ズイッとゼロスの顔の真ん前まで顔を近づけた。
赤黒い阿修羅のオーラが、ゼロスの金色のオーラを完全に喰い破り、彼の全身を絶望的な冷気で包み込む。
俺は、怯えてガチガチと歯を鳴らすゼロスの目を見据え、極道のドスを利かせた低い声で、静かに問いかけた。
「お前……装備と金を全部剥がしたら、一体何が残るんだ?」
「あ、あ、あぁぁぁぁっ……!」
ゼロスの心の中で、彼を支えていた『光の勇者』としての虚栄心が、音を立てて崩れ去っていく音がした。
彼の本質は、ただの臆病で姑息な、承認欲求の塊にすぎない。金とシステムというメッキを剥がされれば、そこには何の努力の痕跡もない、空っぽの魂があるだけだ。
『……チッ! おいゼロス! 何ビビってんすか! 早く剣を引け! 距離を取って魔法で……!』
インカムからワイズの怒声が響くが、ゼロスの耳にはもう届いていなかった。
「……答えられねぇなら、俺が教えてやる」
俺の右手の指先に、極限まで圧縮した闘気が『熱』を持って集束していく。
「何も残らねぇんだよ。てめぇのような空っぽのクズにはな」
メシを粗末にし、他人のシマを汚し、命を弄んだハリボテの勇者。
その分厚いメッキを、一切の情け容赦なく、極道の圧倒的な暴力が粉々に砕き散らそうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




