EP 6
神の矜持と、執行者の怒り
「さぁ、もう大丈夫だ! この光の勇者ゼロス・ディバインが駆けつけたからには、魔王軍の好きにはさせないぞ!」
燃え盛る太陽芋の畑を背に、ゼロスは厚底ブーツでポーズを決め、泣き叫ぶ犬耳族の子供を抱き寄せた。
彼の専用ドローンが、そのヒロイックな姿を完璧なアングルで捉えている。ゼロスは白いセラミックの歯を煌めかせながら、自身のエンジェルすまーとふぉんに映る配信画面のコメント欄をチラリと盗み見た。
――絶賛の嵐。スパチャの雨。
彼が期待していたのは、そんな承認欲求を満たす最高の光景だった。
だが、画面に表示されていたのは、彼を地の底へと突き落とすような罵詈雑言の濁流だった。
『は? 何言ってんのコイツ』
『自分で火をつけといて勇者気取りとか反吐が出る』
『キュララちゃんの配信で、お前が火炎魔石投げ込むところ全部バッチリ映ってたぞ!』
『マッチポンプ放火魔』
『とっとと捕まれクズ』
「……はぁっ!?」
ゼロスは自分の目を疑った。
称賛されるはずのコメント欄が、信じられない速度で大炎上している。それも、魔王軍に対する怒りではなく、彼自身に対する『真実の暴露』によって。
『……チッ。最悪っすね。キュララのドローンに、火をつける瞬間を抜かれてたみたいっすわ』
インカムから、炎上神ワイズの苛立った声が響いた。
「ワ、ワイズ様! どうなってんだよ! 俺様が放火したのが全世界にバレてるじゃねぇか!」
『あーもう、うるせぇっすね。……こうなったらプランBっす。お前、その泣いてるガキごと村を全部吹き飛ばせ。目撃者がいなくなれば、「魔王軍の強力な魔法で村ごと消滅した」って言い訳が立つっすからね』
「なっ……村を全部、皆殺しにしろってのか!?」
『やるんっすよ。お前が元の、誰にも見向きもされないチビで貧乏な底辺冒険者に戻りたくないならな』
ワイズの冷酷な宣告に、ゼロスの顔が恐怖と欲望で歪んだ。
そうだ、俺はもう後戻りできない。この作られたイケメンの顔も、光の勇者という肩書も、全ては金とヤラセで塗り固めたメッキだ。これを失えば、俺には何も残らない。
「……ククッ、分かったよ。全部、魔王軍のせいにすりゃいいんだろ?」
ゼロスは抱き寄せていた犬耳の子供を乱暴に突き飛ばし、腰のオリハルコンソードに手をかけた。その瞳には、完全な殺意が宿っている。
◇ ◇ ◇
一方、ポポロ村の広場。
キュララの配信によって暴かれたゼロスの醜悪な自作自演を前に、ピンク色と紫色の芋ジャージを着た二柱の神が、静かに立ち上がっていた。
「……命を弄ぶ炎上配信。自ら火を放ち、悲劇を演出し、数字(PV)を稼ぐ」
ルチアナは、泥のついたピンクジャージの胸元をギリッと強く握りしめた。
いつもは抱き枕のために借金をし、大根を抜いて鼻水を垂らしている限界公務員。だが今、彼女の背中からは、先ほどまでの滑稽な姿からは想像もつかないほどの、圧倒的で神々しい『世界神』としての威厳が放たれていた。
「私はね、おじさんの畑で泥まみれになって、底辺みたいに働いてるけど。……それでも、私が創り上げたこのアナステシア世界を、ここで生きる人間たちを、心の底から愛してるのよ」
ルチアナのエメラルドの瞳が、怒りで冷たく輝く。
「それを……たかが数字のために、安い台本で命を使い捨てるなんて。クリエイター(神)として、絶対に許せないわ」
「激しく同意しますわ、ルチアナ」
カグヤもまた、ハイブランドのサングラスを外し、紫ジャージの袖を捲り上げた。
「私たちは確かに、裏垢で悪口を言い合うような同担拒否の厄介オタクかもしれませんわ。……ですが、物語を紡ぐ時、そこに『愛』がなければ、それはただの三流のゴミです。私たちの愛した世界を、あんなハリボテのゲス男に汚させるわけにはいきませんわ」
二柱の最高神から放たれる、純粋な『怒り』と『神の矜持』。
それは、彼女たちが決してただのギャグキャラクターではなく、一つの世界を背負って立つ絶対的な創造主であることを、周囲に知らしめるには十分すぎる覇気だった。
「ルチアナ様、カグヤ様」
二人の前に、黄金の六枚羽を広げた天使長ヴァルキュリアが進み出た。
「ここは、天界の最高戦力にして監査役である、この私にお任せを。……あの偽りの勇者と、その後ろで糸を引く外道。天界の法に則り、私が直接裁きを下してご覧に入れます」
「頼んだわよ、ヴァルちゃん。あんな三流の役者、ボコボコにしてやりなさい」
「ええ。ポポロ村の平和と、私に極上の豚汁を与えてくれた大地の恵み(太陽芋)に誓って」
ドォォォォォォンッ!!
ヴァルキュリアが地面を蹴り、黄金の流星となって、黒煙の上がる裏山へと飛び立った。
◇ ◇ ◇
「さぁて、まずはこのガキから……」
太陽芋の畑。ゼロスがオリハルコンソードを振り上げ、泣き叫ぶ子供に刃を振り下ろそうとした、その瞬間。
ズドォォォォォォォォォンッ!!!
天空から放たれた『黄金の雷撃』が、ゼロスと子供の間の地面に直撃した。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、ゼロスは「ぐぁっ!?」と情けない悲鳴を上げて数メートル吹き飛ばされ、泥だらけの畑に無様に転がった。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
ゼロスが慌てて立ち上がると、土煙の中から、純白の翼を広げた美しい天使が、冷酷な目で彼を見下ろしていた。
「……光の勇者、ゼロス・ディバインですね」
ヴァルキュリアが、地面に突き刺さった聖槍グラニをゆっくりと引き抜く。
「自ら村に火を放ち、罪のない子供を殺害して悲劇を偽装しようとした罪。そして、このアナステシア世界の神聖なる大地(と極上豚汁の具材)を焼き払った罪。……天界の法により、貴方をこの場で『処刑』します」
「て、天使族だと……っ!?」
ゼロスは恐怖に顔を引きつらせ、後ずさった。
相手は神に近い存在、天界の最高戦力だ。どれだけ高価な装備で身を固めていようと、本来の彼の実力で敵う相手ではない。
『……ビビってんじゃねぇっすよ、ゼロス』
インカムから、ワイズの冷たい声が飛ぶ。
『相手が天使だろうが何だろうが、俺のシステム(予算)の前じゃただの的っすよ。……さぁ、有り金全部突っ込んで、その天使の首を刎ねてみせろ。そうすりゃあ、「魔王軍に洗脳された天使を倒した悲劇の勇者」として、PVはさらにバズるっすからね』
「……! ははっ、そうか。そうだ!」
ワイズの言葉に、ゼロスの顔に再び醜悪な笑みが戻った。
彼はエンジェルすまーとふぉんを操作し、自身のユニークスキル【マネー】の画面を開く。
そこには、ワイズから振り込まれた『金貨一億枚(約一兆円)』という、天文学的な数字がチャージされていた。
「天使だろうが神だろうが、最後に勝つのは『金』なんだよぉっ!」
ゼロスが叫ぶと同時に、金貨一億枚がスキルシステムへと吸い込まれ、ゼロスの肉体を『暴力的なまでの金色のオーラ』が包み込んだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
ステータスが、課金の力によって限界を突破し、異常な数値へと跳ね上がっていく。
腕力、敏捷性、魔力。本来の彼の器を完全に無視した、ドーピングによる絶対的な力の奔流が、太陽芋の畑の空気をビリビリと震わせた。
「ふふふっ……アハハハハハッ! 力が、無限に湧き上がってくるぜ! 見ろよ、この圧倒的なステータスを! これなら魔王だってワンパンだ!」
ゼロスはオリハルコンソードを構え、血走った目でヴァルキュリアを睨みつけた。
「さぁ、落ちた天使のお姫様! 俺様のPVの肥やしにしてやるぜ!」
「……愚かな。金で買った紛い物の力で、この私に届くとでも?」
ヴァルキュリアもまた、聖槍グラニに黄金の神気を極限まで収束させ、戦闘態勢に入った。
天界の執行者と、炎上神の予算を注ぎ込まれた課金勇者。
二つの強大な力が、燃え盛る畑の中で激突しようとしていた。
――だが、彼らはまだ気づいていなかった。
天使と勇者の戦いなど、もはやどうでもよくなるほどの『圧倒的な理不尽』が、ゆっくりと、しかし確実に、彼らの背後へと迫っていることを。
ズシンッ……。ズシンッ……。
村の広場から続く畦道を、一歩、また一歩と。
赤黒い『阿修羅の闘気』を纏い、顔の半分をドス黒い殺意で塗り潰した極道農家が。
手塩にかけて育てた太陽芋を灰にされた怒りを、純度百パーセントの暴力へと変換しながら、無言で歩みを進めているという絶望的な事実を。




