EP 5
焦る勇者と、暴かれた自作自演
ポポロ村の裏手に広がる、広大な『太陽芋』の畑。
極道農家・鬼神龍魔呂が、毎朝夜明けと共に土を耕し、雑草を抜き、丹精込めて育て上げた大地の恵みである。青々とした葉の下には、極上豚汁の要となる、丸々と太った黄金色の芋が、収穫の時を静かに待っていた。
その豊穣の地に、厚底ブーツの無骨な足音が踏み入る。
「チッ……泥が跳ねて鎧が汚れちまうじゃねぇか。クソったれが」
『光の勇者』ゼロス・ディバインは、オリハルコンの鎧を軋ませながら、忌々しげに舌打ちをした。
彼は懐から、ルナミス帝国軍が使う『微力火炎魔石』を取り出した。本来はレーション(戦闘糧食)を温めるための着火剤だが、乾燥した葉や藁に投げ込めば、一瞬で炎を巻き起こすことができる。
「村が燃えなきゃ、俺様の配信が始まらねぇからな。……この泥臭い芋畑、最高のキャンプファイヤーにしてやるぜ」
ゼロスは白いセラミックの歯を剥き出しにし、ゲスな笑みを浮かべた。
そして、火炎魔石を親指で弾き、最も葉が乾燥して密集している太陽芋の畝の中央へと、無造作に投げ込んだ。
ボワァァァァァァッ……!!
魔石が土に触れた瞬間、爆発的な炎が巻き上がった。
秋の乾燥した風に煽られ、火の手はあっという間に燃え広がり、龍魔呂が手塩にかけて育てた太陽芋の葉を、黒い灰へと変えていく。
パチパチという破裂音と共に、黒煙がポポロ村の青空へと立ち昇り始めた。
「ギャァァァッ! 火事だぁっ!」
畑の近くで遊んでいた、犬耳族の小さな子供が、突然の炎にパニックを起こし、尻餅をついて泣き叫び始めた。
「……おっ。いいところに『エキストラ』がいるじゃねぇか。最高にリアリティが出るぜ」
ゼロスは泣き叫ぶ子供を見て、ほくそ笑んだ。
彼は慌てて懐から『エチケット用口臭スプレー』を取り出して口内に噴射し、髪型をサッと整え、さらに目元にツバをつけて『偽涙』を演出した。
「よし。俺様の専用ドローン、オン・エアだ!」
ゼロスが空中に放った最新型の魔導ドローンが、彼を斜め上からの完璧なアングルで捉え、ゴッドチューブの生配信を開始した。
「――ッ! みんな、聞いてくれ!」
配信が繋がった瞬間、ゼロスの顔は「卑劣な放火魔」から、悲壮感に満ちた「正義の勇者」へと一瞬で切り替わった。
「俺は今、ポポロ村の近郊に来ている! だが、見ての通り、村は魔王軍の残党によって無残にも火を放たれてしまった! 逃げ遅れた子供が、炎の中で泣いている……っ!」
ゼロスはカメラに向かって、悲痛な表情で拳を握りしめる。
「俺の到着が、あと少しでも遅れていれば……! だが安心してくれ! この光の勇者ゼロスが、必ずこの村と、小さな命を救い出してみせる!!」
完璧な演技。完璧なセリフ回し。
炎上神ワイズの描いた『悲劇と救済』の台本通り、ゼロスは炎を背景に、自身のヒロイズムを全世界に向けて発信し始めた。
この映像が流れれば、同情と称賛のスパチャが雨あられと降り注ぎ、彼のPVは再びトップへと返り咲くはずだった。
――だが。
彼は、一つだけ致命的なミスを犯していた。
このポポロ村には、彼の『専用ドローン』よりも遥かに高性能で、遥かに多くの同接数を抱える、本物の『ゴッドチューバー』が住み着いているという事実を。
◇ ◇ ◇
「はーい、みんなおっはよー! 今日も平和なポポロ村から、キュララがお届けするよっ☆」
その頃、村長宅の縁側では。
天使族のキュララが、自身の『エンジェルすまーとふぉん』に接続された超高性能ドローンを空高く飛ばし、のんびりとした朝の雑談配信を行っていた。
コメント欄には『キュララちゃん今日も可愛い!』『おじさんの豚汁の飯テロ最高だったw』と、平和なコメントが滝のように流れている。
「ん……? あれ? 裏山の芋畑の方から、なんか黒い煙が上がってない?」
キュララが空を指差して首を傾げた。
「ちょっとドローン君、ズームしてみて!」
ウィィィィン……!
エンジェルすまーとふぉんのカメラは、天界の最新技術の結晶である。数キロ先の米粒ほどの対象物でも、4K画質で毛穴の奥まで鮮明に捉えることができる。
ドローンが芋畑の上空へと急行し、ズームレンズが捉えた映像が、そのまま全世界へと生中継された。
そこに映っていたのは。
誰もいない畑に一人で忍び込み、ニヤニヤとゲスな笑いを浮かべながら火炎魔石を投げ込む『光の勇者』の姿だった。
さらにカメラは、ゼロスが火を放った後、目元にツバを塗りたくり、口臭スプレーをしてから、自分のカメラに向かって「魔王軍に火を放たれた!」と熱演を始めるという、あまりにも滑稽で醜悪な『舞台裏(メイキング映像)』を、一部始終、完璧に全世界へと垂れ流してしまったのである。
『……え?』
『は?』
『おい、今火つけたの、あのゼロスじゃねぇか?』
『自分で火をつけて、自分で助けに行こうとしてる……?』
『自作自演!?』
『うわぁぁぁぁっ! 最悪だ! あいつ自分で火を放ってガキを危険な目に遭わせてるぞ!』
キュララの配信のコメント欄が、一瞬の静寂の後、凄まじい勢いで『炎上』し始めた。
ゼロスのファンたちも、アンチたちも、天界の神々も。誰もがその信じられない「ヤラセの瞬間」をリアルタイムで目撃してしまったのだ。
「えっ……ウソでしょ? ゼロス君、自分で火を……?」
配信画面を見ていたキュララ自身も、ドン引きして顔を引きつらせた。
「な、なんですって!?」
その画面を横から覗き込んだ天使長ヴァルキュリアが、ガタッと立ち上がった。
「自ら村に火を放ち、それを魔王軍のせいにし、偽りの名声を得る……。これが、ワイズの差し向けた勇者の真実ですか! 天界の法を愚弄するにも程がありますわ!」
ヴァルキュリアの青い瞳に、絶対的な裁きの炎が灯る。
「ちょっと! あいつ、おじさんの芋畑を燃やしてるじゃないのよ!」
「ふざけんな! あれは明日、私たちが『焼き芋』にして食べる予定だった命の芋よ!」
ルチアナとカグヤも、芋ジャージ姿のまま激怒して立ち上がった。
彼女たちは、命を弄ぶ炎上配信への怒りと共に、「自分たちの食料を奪われた」という、極めて世俗的かつ原始的な怒りを爆発させていた。
だが。
天使長の怒りも、世界神たちの激怒も。
次に起こった『現象』の前に比べれば、そよ風のようなものだった。
ピシッ……。
縁側の空間に、ガラスにヒビが入るような、奇妙な音が響いた。
「……」
縁側に腰掛け、食後のマルボロを吸っていた俺――鬼神龍魔呂の動きが、完全に停止していた。
俺の目は、裏山から立ち昇る黒煙に真っ直ぐに向けられている。
風に乗って、焦げた葉の匂いが鼻腔を突く。
それは間違いなく、俺が毎朝泥まみれになって世話し、ポポロ村の食卓を支えるために育ててきた『太陽芋』が焼ける匂いだった。
「……てめぇ」
ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!!!!!
その瞬間。
ポポロ村の重力が、十倍に跳ね上がったかのような錯覚。
空気を震わせ、周囲の気温を絶対零度まで引き下げる、純度百パーセントの『殺意』。
俺の背後から、先ほどヴァルキュリアに見せた威圧感など児戯に等しい、本物の『阿修羅の幻影』が、天を衝くほどの巨大さでボワァァァァッ!と立ち昇った。
「ヒィッ……!?」
そのあまりの恐ろしいプレッシャーに、天界最強の戦士であるはずのヴァルキュリアですら、呼吸を忘れて後ずさった。
ルチアナとカグヤは、完全に腰を抜かして抱き合って震えている。
「極道の、ルールだ」
俺は、真鍮製のオイルライターをカチリと鳴らし、ゆっくりと立ち上がった。
「俺のシマの土を汚し、俺の育てた命に火を放った外道は……」
俺の右腕の筋肉が、ドス黒い闘気を吸い込んで異常なまでに膨張し、血管がバキバキと浮き上がる。
「……神の台本だろうが、課金のステータスだろうが。跡形も残さず、木っ端微塵に粉砕する」
ゴッ……!
俺が縁側を一歩踏み出した瞬間、厚さ十センチはある分厚い木の板が、豆腐のようにめり込んで砕け散った。
怒り狂う極道農家の足取りは、真っ直ぐに太陽芋の畑へと向かっている。
PV稼ぎのために村を燃やした愚かなハリボテ勇者は、自分が今、この世界で最も怒らせてはならない『最凶のコンプライアンス(理不尽)』の逆鱗に触れてしまったことに、まだ気づいていなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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