EP 4
台本通りにいかない村と、圧倒的な防衛力
ポポロ村を見下ろす小高い丘の上。
『光の勇者』ゼロス・ディバインは、木陰に用意したアウトドア用の折りたたみチェアに優雅に腰掛け、足元に追従型魔導ドローン(カメラ)をスタンバイさせていた。
「へへっ、そろそろショーの始まりだな」
ゼロスは白いセラミックの歯をニヤリと見せ、手元の魔導通信石のモニターを覗き込んだ。
モニターの向こうでは、彼が金で雇った数十人のゴロツキたちが、オークやゴブリンの粗悪な被り物を被り、ポポロ村の入り口へと忍び寄っていく姿が映っている。
『ギャハハハッ! 野郎ども、まずはあの野菜畑に火ぃつけろ! それから女子供を追い回して、たっぷり悲鳴を上げさせろ!』
『へへっ、勇者様の台本通りにな!』
通信越しに聞こえるゴロツキたちの下劣な笑い声に、ゼロスは満足げに頷いた。
「そうだ、やれ。もっとやれ。村の家屋が燃え上がり、絶望の悲鳴が森まで響き渡ったその瞬間……俺がカメラを回して、颯爽と駆けつける。完璧なシナリオだ」
ゼロスは懐から『陽薬草茶』のペットボトルを取り出し、エナジードリンクのようにがぶ飲みしてカフェインを補充する。
彼の頭の中ではすでに、ゴッドチューブの同接数(PV)が跳ね上がり、スパチャの雨が降る光景が鮮明に描かれていた。
……だが。
彼が待てど暮らせど、ポポロ村から「火の手」は一向に上がらなかった。
それどころか、聞こえてくる悲鳴は、か弱い村人たちのものではなく、明らかに野太い男たちの『断末魔』であった。
「……あぁ? どうなってやがる?」
ゼロスが怪訝に思い、魔導通信石のモニターの映像を切り替えた瞬間。
彼の目に飛び込んできたのは、ワイズの描いた台本を完全に粉砕する、信じられない光景だった。
◇ ◇ ◇
――数分前のポポロ村、入り口付近。
「ヒャッハー! 泣き叫べぇっ! 俺様たちは恐ろしい魔王軍の……ゲフッ!?」
たいまつを持って村の畑に火を放とうとしたゴロツキのリーダー(オーク偽装)の顎に、凄まじいスピードで下からカチ上げられた『特注の安全靴』がめり込んだ。
「月影流――顎砕きですわ」
ゴキィッ!という嫌な音と共に、ゴロツキの巨体が空高く打ち上げられ、白目を剥いて地面に激突する。
そこに立っていたのは、ウサギの耳をピンと立て、タローマン特製の安全靴を履いた可愛い少女――ヤンデレ村長のキャルルであった。
「……朝からうるさい羽虫たちですわね」
キャルルは、手にしたダブルトンファーをクルリと回し、冷たいゴミを見るような目でゴロツキたちの集団を睨みつけた。
「ポポロ村の平和な日常……何より、龍魔呂様の育てた大切な『月見大根』の畑を荒らすなど、万死に値します。貴方たちのような安い偽装魔物、私が三分で粗大ゴミに変えて差し上げますわ」
「な、なんだこのガキ! やっちまえ!」
ゴロツキたちが一斉にキャルルに斬りかかろうとした、その時。
「キャルル様の手を煩わせるまでもありません。……お下がりください」
シュッ……!!
空気を切り裂く鋭い音と共に、ゴロツキたちの手から『剣の刀身だけ』が、豆腐のようにスッパリと切断されて地面に落ちた。
「……は?」
ゴロツキたちが呆然と柄だけになった武器を見つめる中、音もなく姿を現したのは、完璧なスーツに身を包んだ人狼族の執事、リバロンだった。
彼の手には、最高級の和紙で作られた『名刺』が数枚、扇のように握られている。
「人狼族特有の闘気を名刺に圧縮した『名刺刃』。時速三百キロで飛来するこの名刺は、魔導戦車の装甲すら両断します。……下劣な刃物など、このポポロ村の防衛システムの前には紙切れも同然ですよ」
「ば、化け物かこいつら!? 弓だ! クロスボウで蜂の巣にしろ!」
後方にいたゴロツキたちが、一斉にクロスボウの矢をリバロンに向けて放つ。
「執事たるもの、主(国家)に降りかかる泥は、完璧に防ぐのがモットーです」
バサァッ!
リバロンが懐から純白の『ハンカチ』を取り出し、闘気を纏わせて空中にフワリと広げた。
ガキンッ! キンッ!
『オーラ・シールド』。ただのハンカチが鋼鉄の盾と化し、無数の矢をパラパラと地面に弾き落としていく。
「な、なんなんだよこの村は……っ!」
「た、退却だ! 勇者様の話と全然違うじゃねぇか!」
完全に戦意を喪失したゴロツキたちが、蜘蛛の子を散らすように森へと逃げ帰ろうと背を向けた。
「あらあら、もうお帰りですか? せっかくですから、少し休んでいってくださいな」
その逃げ道を塞ぐように、ふわふわのドレスを着た美しいエルフ――ルナ・シンフォニアが、天然の笑顔を浮かべて立っていた。
「お仕事で疲れているのですね。では、私が特別に癒やして差し上げますわ♡」
ルナが『世界樹の杖』を軽く振ると、地面から巨大な食虫植物のようなツルがズボボボッ!と生え出し、逃げようとしたゴロツキたちの身体に次々と突き刺さった(※服の上から浅く刺さる安全仕様)。
「ヒィィッ!? な、なんだこれ……あっ……?」
「ふふっ。幻覚催眠植物『ハッピー・ドリーム』ですわ。貴方たちの一番幸せな夢を見せてあげます」
ツルから注入された特殊な催眠成分により、ゴロツキたちの動きがピタリと止まった。
「へへへ……金だ……女だぁ……酒持ってこぉい……」
「ウヒョヒョ……俺様は魔王だぁ……」
凶悪な顔つきだったゴロツキたちは、全員が白目を剥いてだらしないアヘ顔になり、ヨダレを垂らしながら地面にパタリと倒れ伏した。
「ふぅ。お掃除完了ですわね」
ルナがニコニコと微笑む横で、キャルルがトンファーの血振りをし、リバロンが乱れたネクタイを直す。
ポポロ村を襲撃した数十名の武装集団は、火を放つどころか、村人に指一本触れることすらできず、ものの数分で完全無力化されてしまったのである。
◇ ◇ ◇
「……はぁぁぁぁっ!?」
丘の上でモニターを見ていたゼロスは、折りたたみチェアから転げ落ちそうになった。
「な、なんだあいつら!? ウサギの獣人と、手品師の執事と、エルフのねーちゃん!? あんな連中、事前情報のリストにはいなかったぞ!」
村は一切燃えていない。
犠牲者もゼロ。
あるのは、村の入り口でヨダレを垂らしてアホな顔で眠りこける『粗大ゴミ(雇ったゴロツキ)』の山だけだ。
これでは、悲劇のヒロインも、絶望の村人も、颯爽と駆けつける勇者の出番も、何一つ存在しない。完全に『虚無の映像』である。
『……おい、ゼロス! どうなってんすか!?』
ゼロスのインカムから、炎上神ワイズの苛立った声がガンガンと響いた。
『全然炎上しねぇじゃないっすか! ゴッドチューブの待機画面で、リスナーたちが「まだ始まらないの?」「勇者遅刻?」ってコメントで暴れ出してんすよ! PVが底辺まで落ち込んでるっす!』
「くっ……ワイズ様、申し訳ねぇ! 雇った連中が、ただの田舎の自警団にあっさり全滅させられちまいまして……!」
『あぁん? 自警団? そんなのどうでもいいっすよ。俺が欲しいのは【数字】と【絶望】っす。……使えねぇゴミがやられたなら、お前が自分でやれ』
「……え?」
ゼロスの背筋に、冷たい汗が流れた。
『俺の無限の予算(課金)で、お前の【マネー】のステータスは今カンストしてるっすよね? だったら、お前が直接あの村に下りて、適当な家に火をつけて回れ。で、泣いてるガキをカメラの前に引きずり出して、「間一髪で魔物から助けました!」ってやりゃあいいんすよ。……簡単なマッチポンプでしょ?』
ワイズは、悪びれる様子もなく『自作自演の放火』を命じた。
「お、俺様が、直接火を……? しかし、もしバレたら勇者としての名声が……!」
『バレなきゃいいんすよ。それとも何か? 俺の契約を打ち切られて、元のチビで貧乏なブサイク野郎に戻りたいっすか?』
「――――ッ!」
その言葉は、ゼロスにとって死刑宣告に等しかった。
名声、金、女、そして『作られたイケメンの顔』。その全ては、ワイズの予算(システムへの課金)によって維持されている砂上の楼閣にすぎない。ここでワイズに見限られれば、彼は全てを失う。
「……や、やります! 俺様が直接火を放ちます!」
ゼロスはインカムに向かって叫ぶと、モニターを乱暴に閉じ、厚底ブーツで地面を蹴った。
「クソッ、クソッ! なんで俺様がこんな裏方みたいな真似を……! あのクソ田舎の自警団どもめ、絶対タダじゃおかねぇ!」
彼はギリッと歯を食いしばり、腰のオリハルコンソードの柄に手をかけながら、丘を駆け下りた。
目指すは、ポポロ村の裏手にある、豊かに実った『太陽芋』の広大な畑。
燃えやすい乾燥した葉っぱが広がるその場所なら、一瞬で大火災を演出できるはずだ。
「さぁ、最高の炎上にしてやるぜ……!」
ゲスな勇者は、自身の保身とPVのために、ついに完全に越えてはならない一線を越えようとしていた。
……だが、彼は気づいていなかった。
彼が向かっている『太陽芋の畑』が。
ポポロ村の極道農家――鬼神龍魔呂が、手塩にかけて育て上げ、神々をもひれ伏させる極上豚汁の『心臓部(メイン食材)』として、最も神聖視しているシマであるということを。
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