EP 3
忍び寄るヤラセ勇者と、札束のステータス
天使長ヴァルキュリアが極上豚汁の前に陥落し、ポポロ村が騒々しくも平和なスローライフを満喫していた頃。
村から数キロ離れた鬱蒼とした森の中を、不釣り合いなほどにギラギラと輝く集団が歩いていた。
「……チッ。マジでなんで俺様が、こんな泥臭くて虫が飛んでるようなド田舎まで足運ばなきゃなんねぇんだよ。ブーツが汚れるだろうが」
舌打ちをしながら森の獣道を進むのは、全身を最高純度のオリハルコンで造られた『聖なる鎧』で包み、背中には輝くミスリルのマントを羽織った青年だった。
彼の名は、ゼロス・ディバイン(25歳)。
泣く子も黙るS級冒険者であり、数々の魔王軍幹部を討ち果たしてきた『光の勇者』――として、ゴッドチューブ界隈で絶大な人気を誇るインフルエンサーである。
だが、その容姿にはどこか不自然な違和感があった。
顔立ちは確かに整っているが、鼻筋や目元は明らかに『高額な魔法整形』を施した人工的な作り物であり、ニヤリと笑うと、暗闇でも発光しそうなほど不自然に真っ白な歯が覗く。さらに、彼の身長は本来かなり小柄なのだが、鎧の足元に仕込まれた『極端な厚底ブーツ』によって、強引に長身のモデル体型を偽装していた。
「まぁまぁ、ゼロス様。これも『数字(PV)』を稼ぐためのロケですから」
ゼロスの後ろを歩くのは、どう見てもガラが悪い、傷だらけの盗賊やゴロツキたち数十名だった。
奇妙なことに、彼らは皆、頭に『オーク』や『ゴブリン』の粗悪な被り物を被り、顔を緑色や茶色の塗料で雑に塗っている。
「分かってるよ。……おい、カメラ(追従型魔導ドローン)は回ってねぇだろうな?」
「へい。今はスタンバイモードでさぁ」
「よし」
ゼロスは懐から、貴族御用達の高級嗜好品である『ポポロシガー(葉巻)』を一本取り出し、魔法の火で火をつけて深く吸い込んだ。
「ふぅーっ……。このクソみてぇな田舎で唯一評価できるのは、このシガーの美味さだけだな」
紫煙を吐き出したゼロスは、まだ半分以上残っているシガーを、足元の草むらへ無造作に『ポイ捨て』し、厚底ブーツでグリグリと踏み躙った。
もしカメラが回っていれば、彼は「自然を愛する勇者」として、他人が捨てたゴミすら拾うパフォーマンスを見せるのだが、カメラの回っていない裏の顔は、他人のシマ(土地)を平気で汚す、ただのクズ男であった。
「さてと。お前ら、今日の『台本』は頭に入ってんだろうな?」
ゼロスがポイ捨てしたシガーの煙を靴底で消しながら、ゴロツキたちに凄む。
「へいへい、分かってますよ。俺たちが『魔王軍の残党』のフリをして、あのポポロ村ってところを襲撃すりゃいいんでしょ?」
「そうだ。まずは畑に火を放て。そして村人たちを追い回し、絶望のどん底に叩き落とせ。……リアリティを出すために、年寄りやガキの数人は、本当に『殺っちまって』構わねぇぞ」
「へへっ、いいんですかい? 勇者様がそんなこと言って」
「馬鹿野郎。悲劇のスパイスが効いてなけりゃ、視聴者は感動しねぇんだよ」
ゼロスは人工的な白い歯を見せて、醜悪に笑った。
「村が炎に包まれ、何人かが惨殺されて、村人たちが『誰か助けて!』と絶望の悲鳴を上げたその最高潮のタイミングで……俺がドローンカメラをオンにして、颯爽と駆けつける。そして、お前ら(魔物)を華麗な剣技で一網打尽にして、生き残った村人を救う」
これこそが、炎上神ワイズの描いた『ヤラセ炎上配信』の全貌であった。
意図的に悲劇(炎上)を作り出し、そこに勇者が介入して悪を討つ(ざまぁ)。この単純かつ悪辣なマッチポンプこそが、ゼロスを人気ナンバーワン勇者に押し上げたカラクリだったのだ。
『……その通りっすよ、ゼロス君』
その時、ゼロスの耳に装着された魔導インカムから、軽薄な男の声が響いた。
彼の契約神、炎上神ワイズからの直接通信だ。
『ただの平和な村の日常配信なんて、誰も見ねぇんすよ。人が死んで、炎が上がって、絶望からの一発逆転。それこそが極上のエンタメっしょ。……安心しな、お前の【マネー】のスキルで使う予算は、俺の神の権限で無限に振り込んでやるからよ』
「ははっ! さすがはワイズ様だ。話が分かる」
ゼロス・ディバインの持つユニークスキル。
それは勇気でも、努力でも、天性の剣術でもない。
スキル名【マネー(金に物を言わせる力)】。
文字通り、「システムに金貨(課金)を支払えば支払うほど、一時的に自身のステータス(筋力、敏捷、魔力)が青天井に跳ね上がる」という、極めて俗物的でチートな能力である。ワイズの「無限の予算(神の経費)」と結びついた時、ゼロスは金が尽きない限り、無敵のステータスを手に入れることができるのだ。
「フンッ……!」
ゼロスがインカムの端末を操作し、ワイズから振り込まれた金貨一万枚(一億円相当)をスキルに『課金』した瞬間。
彼のオリハルコンの鎧から、金色のギラギラとした、紙幣の匂いがする下品なオーラが爆発的に立ち昇った。
並の魔族など一撃で粉砕できるほどの、圧倒的なステータスの暴力。
「ゲホッ、ゴホッ……!」
だが、金で買ったステータスに『自らの肉体』が追いついていないため、ゼロスは苦しそうに咳き込んだ。
「チッ、出力が高すぎたか……」
彼は慌てて腰のポーチから、ポポロ村特産の『陽薬草』の成分を限界まで濃縮し、カフェインを大量に混ぜ込んだ『劇薬エナジードリンク』を取り出し、一気に喉の奥へと流し込んだ。
瞳孔がカッと開き、無理やり肉体の疲労を麻痺させる。
「よし……。体調はバッチリだ。お前ら、報酬の前払いだ」
ゼロスは、ゴロツキたちに向かって、金貨の詰まった革袋を無造作に放り投げた。
「さぁ、行くぞ。あの泥臭いポポロ村を、俺様のゴッドチューブの『伝説の神回(炎上)』の舞台にしてやる」
シュッ、シュッ。
ゼロスは懐から『エチケット用口臭スプレー(ミント味)』を取り出し、口内に勢いよく吹きかけた。ポポロシガーの匂いを消し、カメラの前で「清廉潔白な光の勇者」を演じるための、彼なりのルーティンである。
「配信開始まで、あと十分だ。……派手にやれよ」
ゲスなインフルエンサー勇者と、魔物に扮した三流のゴロツキたち。
彼らは、自分たちがこれから襲撃しようとしている村が、ただの田舎村ではないことを全く理解していなかった。
その村には今。
極道のオーラを纏った最強の農家。
マッハで蹴り殺すヤンデレ月兎。
鋼鉄を名刺で両断する人狼の執事。
純金を生み出す天然エルフ。
そして、二柱の最高神と、天界最強の執行者(天使長)が、美味い朝飯を食い終えて、ちょうど「食後の運動」を求めている真っ最中だという絶望的な事実を――彼らはまだ、知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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