第十三章 極道農家と炎上神の台本。ハリボテ勇者のヤラセ配信
天界の不穏な会議と、降臨する執行者
それは、世界神ルチアナがポポロ村で「限界公務員」として泥にまみれる少し前。
天界セレスティアの中枢に位置する『第一会議室』での出来事だった。
「……今日の議題だが。諸君らも知っての通り、我らが管理するアナステシア世界のPV(視聴)率が、ここ最近著しく落ち込んでいる。これではスポンサーたる高位の神々から降りる予算が削られ、世界そのものの維持が苦しくなってしまうのだが……」
円卓の長座で、主神であり世界神のリーダーであるオリンが、頭を抱えていた。彼の頭頂部からは、文字通り『後光が差すほどの眩しいハゲの輝き』が放たれている。
「良いから、オリンさぁ。ハゲが眩しすぎるから、頭上のダウンライト消してくんない?」
芋ジャージではなく、まだ辛うじて世界神としての正装を着ていたルチアナが、怠そうに頬杖をついて口を挟んだ。
「カグヤ君! 君からも何か建設的な意見を言ってくれ!」
「オリン様。先ほどからジロジロとこちらを見ないでくださるかしら? それ、立派なセクシャルハラスメントってご存知?」
全身をハイブランドで固めた月の女神カグヤも、冷ややかな視線を浴びせる。
「か、顔を見ずに話せと言うのかね!?」
「うわぁぁん。オリン様がセクハラして怒ったぁ。こわいよぉ〜(棒)」
ピンク色の初心者マーク入りジャージを着た見習い女神リリスが、手元のエンジェルすまーとふぉんをポチポチといじりながら、全く感情のこもっていない声で棒読みの擁護(?)をした。
「オリン様、声が大きすぎますわ。近隣の部署の迷惑になります」
隣に立つ天使族の長、ヴァルキュリアまでもが、容赦ない正論で上司を追い詰める。
「うぅっ……胃が……私の胃が……」
オリンは胃薬の瓶を取り出しながら、悲痛な声を上げた。
「誰か胃薬を持ってきてくれ……。ああ、頼みの綱の調停者たちも、竜王デュークはラーメン屋台の仕込みで忙しいと言い、不死鳥フレアは息子の世話で午前上がり、狼王フェンリルはルナミスパーラーでパチンコを打っている……。おまけに頼りの聖獣機神ガオガオンは、社内のドロドロの不倫事情で出社拒否だなんて……!」
会議室が完全な学級崩壊状態に陥る中。
「……ズズーッ。あー、さーせん」
円卓の端で、専用のマイタンブラーに入れたカプチーノを飲み干した男が、ノートパソコンをパタンと閉じて立ち上がった。
彼こそが、最近神界に入ってきたばかりの新入りの男神、『炎上神ワイズ』である。
「俺、ちょっと自分のタスク(仕事)が詰まってるんで、時間の無駄みたいなんで抜けますわ」
ワイズは、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「ひっ……!」
リリスが怯えたように肩を震わせ、スッとヴァルキュリアの背後に隠れる。
「リリス、大丈夫よ。私が守るから」
温厚で礼儀正しいはずのヴァルキュリアの青い瞳に、明確な殺意が宿った。
「ワイズ。貴様のその薄汚い顔は不愉快の極みですわ。今すぐ私の視界から消え失せなさい」
「あらら〜。怖い怖い。随分と嫌われてるみたいっすねぇ」
ワイズはヘラヘラと笑いながら、円卓を見回した。
「でーも〜? 今、このアナステシア世界で一番『数字(PV)』を持ってるのは、俺っすよ? 平和ボケした世界に、俺が裏で手を引いた『魔王軍の残党』をけしかけて、平和な村を焼き討ちさせる。……死人が出れば出るほど、炎上して視聴率は跳ね上がる。そこへ、俺の契約した勇者を送り込んで『ざまぁ』させる。これが一番のエンタメっしょ? スポンサーからの反応も最高なんだから、文句言われる筋合いはないっすね」
ワイズは、人間たちの命を完全に「数字を稼ぐための駒」としか見ていない、狂気の炎上配信者の理論を悪びれもせずに語った。
その言葉に、会議室の空気が凍りついた。
(……調子のんなよ。クソガキが)
ルチアナは、テーブルの下で拳をギリッと握りしめていた。
(私が創り上げたアナステシア世界を、私のお気に入りの人間たちを、おもちゃにしやがって。……お前のやってる事は、ただの命の冒涜だ。安っぽい炎上配信者が)
(……三流ですわね)
カグヤもまた、サングラスの奥で静かに怒りを燃やしていた。
(物語を創る時、神は人々を愛し、共に笑い、共に泣く。亡くなった時には涙を流して弔う……それが一流の神の仕事ですわ。貴方のような、命を使い捨てるだけの安物ざまぁなど、私の月の世界には必要ありませんわ)
普段はレスバで罵り合い、借金をして限界生活を送っている二柱の神だったが、根底にある「自らが創った世界と命への愛」だけは、決して揺らぐことはなかった。ワイズのやり方は、彼女たちの『神の矜持』を根本から泥で汚す行為だったのだ。
『……ワレェ、仁義が無いのぅ』
その時、会議室のモニターから、ドス黒い声が響いた。
天魔窟という名のダンジョン(という名の刑務所)からリモート会議に参加していた、インテリヤクザ風の邪神デュアダロスだ。彼はアルマーニのスーツを着流し、葉巻を燻らせながら画面越しにワイズを睨みつけた。
『刺される覚悟が無い奴が、安全な場所から他人のシマで火遊びしとる。……ゴミカスが。俺が刑務所を出たら、夜道と背後には気をつけろよ?』
「ははっ、負け犬の邪神様が吠えてるっすね。じゃ、俺はPV稼ぎに戻るんで。お疲れしたー」
ワイズは全く堪えた様子もなく、ノートパソコンを小脇に抱えて会議室を出て行った。
「……ワイズ君、それはやりすぎだと思うんだがね? ……うぅ、胃が……誰か胃薬を……」
オリンの虚しい声だけが、会議室に木霊していた。
◇ ◇ ◇
――そして、現在。
ポポロ村の広場にて。
「ふぅぅっ、食った食った! おじさんの朝の豚汁、最高だったわぁっ!」
「徹夜で竹カゴ編んだ疲れが、お味噌の優しさで全部浄化されたわ……っ。私、もうこの紫ジャージしか着たくない!」
ピンクジャージのルチアナと紫ジャージのカグヤが、縁側でパンパンに膨れたお腹をさすりながら、幸せそうに寝転がっていた。
極道農家・鬼神龍魔呂の作った『極上豚汁定食』により、二柱の神は完全に胃袋を掌握され、底辺の労働生活を満喫しきっていた。
平和な朝のひととき。
だが、その空気が一変したのは、次の瞬間だった。
ビキィィィィィィッ……!!
ポポロ村の空気が、まるで真冬の氷点下になったかのように、急激に冷え込んだ。
空から降り注ぐのは、純度百パーセントの『コンプライアンス執行のオーラ』。息をすることすら困難になるほどの、絶対的な神聖なる威圧感。
「え……?」
ルチアナとカグヤの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「見つけましたわ。……職務放棄の愚神ども」
雲海を切り裂き、朝日を背にして降臨したのは、純白の六枚の翼を広げた美しい銀髪の天使。
天界の最高戦力にして、無慈悲なる監査役――天使長ヴァルキュリアであった。
「ヴァ、ヴァルちゃん……!?」
ルチアナが悲鳴を上げた。
ヴァルキュリアは音もなく広場の地面に降り立つと、右手に握りしめた絶対的な規律の象徴、『聖槍グラニ』の切っ先を、縁側で震える二柱の神の鼻先へと容赦なく突きつけた。
「ルチアナ様。借金を踏み倒し、仕事を放り出し、あまつさえ下界の農村で『ピンク色の芋ジャージ』などというふざけた格好で豚汁をすするとは……。天界の恥も甚だしいですわ」
ヴァルキュリアの青い瞳は、もはや怒りを通り越し、絶対零度の冷徹さに包まれていた。
「それにカグヤ様。貴女までルチアナ様に感化され、あろうことか『紫ジャージ』で底辺労働に身をやつすとは……。もはや、見過ごすことはできません」
「ち、違うのよヴァルちゃん! これはその、視察よ! 下界の農業のリアルを調査するための……!」
「言い訳は不要です。貴女たちのその腐りきった性根、この天使長ヴァルキュリアが、聖槍で物理的に叩き直して差し上げます。そして……天界へ連行し、五百年分の未決裁書類の前に正座させてやりますわ……!!」
ヴァルキュリアの体から、黄金の神気がバチバチと放電を始める。
天界からの本物の刺客。その圧倒的な力の前に、完全に農村のオバチャンと化していたルチアナとカグヤは、ただ抱き合って震えることしかできなかった。
だが、その時。
「……おい」
カチッ。
冷え切った空気を切り裂くように、真鍮製のオイルライターの音が響いた。
「朝っぱらから、俺のシマで物騒なモンを振り回してんじゃねぇぞ……羽虫」
縁側の奥。
首にタオルを巻き、パジャマの上にドカジャンを羽織った巨漢――俺が、マルボロの紫煙を細く吐き出しながら、ゆっくりと歩み出てきたのである。
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