EP 10
極上・春の豚汁定食と、迫り来る天界の執行者
狂乱の深夜ライブと、極道農家による物理的な鎮圧(脳天への峰打ち)から数時間が経過し、ポポロ村に清々しい朝が訪れた。
村長宅の縁側の前には、朝日を浴びてほのかに銀色に発光する『手編みの竹カゴ』が、文字通り山のように積み上げられていた。
「ウヒョヒョヒョヒョッ! こ、これは凄まじい品質でっせ!」
朝一番で荷車の引き取りにやってきたゴルド商会のニャングルが、黄金の算盤を弾きながら歓喜の声を上げていた。
「ただの竹カゴや思てたら、大間違いや! 神様二人が、満月の魔力(月光薬)をギンギンに漲らせて編み上げたせいで、竹の繊維一本一本に『厄除け・商売繁盛・安眠効果』のオーラが宿っとる! これなら一個十円どころか、一個千円でも飛ぶように売れまっせ!」
ニャングルは、興奮冷めやらぬ様子で、ルナミス・ファイナンスの口座へと、カグヤの車のローン代金である『十万G(十万円)』を即座に一括送金した。
「……う、うぅ……頭が割れるように痛いぃ……」
「……おはよう、ルチアナ……。私、なんか昨日の夜、空を飛んでた気がするわ……」
縁側の隅で、ピンクジャージのルチアナと、紫ジャージのカグヤが、ゾンビのようにのそりと起き上がった。
二人の頭のてっぺんには、俺の『極道流・竹割り(峰打ち)』によって作られた見事なたんこぶが、まだうっすらと湯気を立てている。月光薬の反動による凄まじい二日酔い(魔力酔い)と、物理的な脳震盪のダブルパンチだ。
「おい、起きたか羽虫ども」
カチッ。真鍮製のオイルライターの音が響き、俺――鬼神龍魔呂が、首にタオルを巻いた姿で縁側に歩み出た。
「てめぇらが薬キメて編み上げた竹カゴの山、ゴルド商会が全部買い取っていったぞ。これでカグヤ、てめぇの車のスクラップ代は完済だ。マグローザ漁船行きは免れたな」
「ほ、本当ぉ!?」
カグヤの目に、一気に生気が戻った。
「やった! やったわルチアナ! 私たち、徹夜の底辺労働で借金地獄から生還したのよ!」
「うぅっ……頭痛いけど、やり切った感半端ないわね……っ! 同担同士、絆が深まった気がするわ……!」
二柱の神が、たんこぶを擦りながら涙を流して抱き合う。
「……朝からうるさい連中だ。顔洗ってこい。朝飯の支度ができてるぞ」
俺がそう言って振り返ると、二人は光の速さで井戸へとダッシュし、泥と削りカスを洗い落としてから、行儀よくテーブルの前に正座した。
「今日のシノギの後の朝飯は、これだ」
ドンッ、と俺がテーブルに置いたのは、湯気を立てる巨大な漆塗りの椀と、竹の皮で包まれた大きなおにぎりだった。
「極道特製・春の極上豚汁と、塩むすびだ」
椀の蓋を開けた瞬間、暴力的なまでに芳醇な味噌の香りと、豚の脂の甘い匂いが、朝の空気を一気に制圧した。
昨日切り出してきた『大名タケノコ』の穂先、ポポロ村特産の『太陽芋』、甘みを極限まで引き出した『たまんネギ』、そして分厚く切った『シープピッグのバラ肉』が、これでもかとゴロゴロ入っている。
炒めた豚肉の脂が特製の合わせ味噌と完全に乳化しており、汁の表面にはキラキラと黄金色の旨味の膜が張っていた。
「ご、ゴクリ……っ!」
カグヤの喉が大きく鳴った。彼女は両手で椀を持ち上げ、まずはズズッと汁を一口すする。
「――――ッッ!!!」
カグヤの全身から、昨夜の月光薬の疲労が一瞬にして吹き飛んだ。
美味い。ただの味噌汁ではない。シープピッグの濃厚な旨味と、太陽芋が溶け出したことによる自然なとろみ、そしてタケノコの爽やかな風味が、五臓六腑に染み渡っていく。
豚バラ肉は口の中でホロリと崩れ、タケノコはサクッと小気味良い音を立てる。
そこに、少し固めに炊き上げられ、絶妙な塩加減でふんわりと握られた『塩むすび』をかじり取る。
「あぁぁぁぁぁ……っ♡」
カグヤのバサバサのつけまつげから、感動の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「美味しいぃぃっ! お味噌のコクが深くて、お芋がホクホクで……っ! 塩むすびのお米一粒一粒が立ってて、豚汁の脂と最高に合うわぁぁっ!」
「ハフッ、ズルルッ! やばい、徹夜明けの胃袋に、お出汁の優しさがダイレクトに刺さるわ……っ!」
ルチアナも、ピンクジャージの袖で涙を拭いながら、一心不乱に豚汁と塩むすびを掻き込んでいる。
カグヤは、豚汁の最後の一滴まで飲み干すと、ふぅぅっ、と深い深いため息をついた。
そして、自分が着ている『紫色の芋ジャージ』を、愛おしそうに撫でたのである。
「……私、もう決めたわ」
「何をだ」
俺がマルボロの煙を吐き出しながら尋ねると、カグヤは憑き物が落ちたような、清々しい笑顔を向けた。
「私、ルナミスのタワマンも、ハイブランドの服も、もう全部いらない。……こんなに美味しくて温かいご飯が毎朝食べられるなら、私、一生この紫ジャージを着て、おじさんの畑でタケノコ掘って生きていくわ!」
気高き月の女神、ギャラ飲み上がりのマウント女であったカグヤが、完全に極道農家の『胃袋(胃袋コンプライアンス)』に屈服し、ポポロ村の底辺労働者として完全に骨を埋める覚悟を決めた瞬間だった。
「ふふっ、カグヤもついにこっち側の人間(神)になったわね! ようこそ、極道農家パラサイト同盟へ!」
ルチアナが嬉しそうにカグヤの肩を叩く。
「……本当に、救いようのないポンコツ神どもですわね」
その光景を、キャルルが人参茶を啜りながら、ゴミを見るような冷たい目で眺めていた。
「かつて私が信仰していた月の女神が、紫ジャージを宝物のように撫で回しているだなんて。……ええ、やはり私の全てを捧げるべき神は、龍魔呂様しかおりませんわ」
キャルルはうっとりとした目で俺を見つめ、ヤンデレの炎をさらに静かに燃やし続けている。
「まぁ、食い終わったら今日も畑に出るぞ。借金は返し終わっても、今日の飯代は別だからな」
「はーいっ! 頑張って大根抜きますぅぅっ!」
「竹林の開拓も任せておいてっ!」
二柱の神が、ジャージ姿で元気よく返事をする。
ポポロ村には、今日も変わらない、騒がしくも泥臭いスローライフの朝が訪れていた。
……そう、地上では、平和な日常が戻っていた。
だが、俺たちが朝飯を食っているその頭上、遥か上空の雲の切れ間では。
ビキィィィィィィッ……!!
大気が凍りつくような、純度百パーセントの『コンプライアンス執行のオーラ』が、音もなくポポロ村を包み込もうとしていた。
「……見つけましたわ。職務放棄の愚神ども……」
雲海を割って姿を現したのは、純白の六枚の翼を広げた美しい銀髪の天使――天界の最高戦力であり、無慈悲なる監査役、天使長ヴァルキュリアであった。
彼女の右手には、絶対的な規律を司る『聖槍グラニ』が握りしめられ、左手には、ルチアナが代引きした抱き枕の明細と、カグヤがフルローンで購入した魔導オープンカー(残骸)の『GPS追跡ログ』が表示されたタブレット端末が持たれている。
「借金を踏み倒し、あまつさえ下界の農村で『紫ジャージ』などというふざけた恰好で豚汁をすするとは。……天界の恥も甚だしいですわ」
ヴァルキュリアの青い瞳が、絶対零度の怒りで細められた。
「ルチアナ様、カグヤ様。……貴女たちのその腐りきった性根、この天使長ヴァルキュリアが、物理的に叩き直して差し上げます。そして……五百年分の未決裁書類の前に、正座させてやりますわ……!!」
ズドォォォォォォンッ!!!
聖槍から放たれたプレッシャーが、ポポロ村の空気をビリビリと震わせる。
底辺まで堕ち、完全に極道農家のメシに飼い慣らされた二柱の神。
だが、彼女たちの背後には、いよいよもって逃げ場のない、本物の『天界からの刺客』が、その冷酷なる切っ先を突きつけようとしていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




