EP 9
真夜中の神・絶叫ライブと、極道流・竹割り(峰打ち)
深夜三時半。
本来ならば、フクロウの鳴き声すら聞こえないほど静まり返っているはずのポポロ村の広場は、狂気と混沌のるつぼと化していた。
『ウォウウォウ! 月は迷わない〜! 君の心を照らすからぁぁっ!!』
『ヘイ! ヘイ! みんな起きてぇぇっ! 深夜のパッション、感じてるぅぅ!?』
ズンッドコッ! ズンッドコッ! ピーヒャラドンドンッ!!
月光薬(超濃縮エナジードリンク)を過剰摂取し、バキバキにハイテンションになった世界神ルチアナと月神カグヤが、竹で組んだ即席の野外ステージの上で、狂ったように飛び跳ねていた。
二柱の神から放たれるピンクと紫の神気は、もはや神聖なオーラではなく、アイドルのライブ会場の『レーザー照明』として完全に悪用されている。
ルチアナは朝倉月人の等身大抱き枕をギターのように掻き鳴らし、カグヤはアクリルスタンドをサイリウム代わりにブンブンと振り回し、大音量のEDMに乗せて絶叫していた。
「あははははっ! 最高ね! やっぱり推し活は深夜のテンションに限るわ!」
「指先のささくれも、借金の重圧も、全部吹っ飛んだわぁっ! 我ら、最強の同担同盟よぉぉっ!」
神々の威厳など一ミリも残っていない、限界オタクによる迷惑系ゲリラライブ。
その信じられない光景を、キュララがちゃっかりとドローンカメラで全世界へと生配信していた。
「イェーイ! 同接十万人突破だよっ☆ タイトル『深夜の神々・限界オタクライブ(近所迷惑)』で、天界の月兎族と世界神の信者からスパチャが止まらない!」
キュララのエンジェルすまーとふぉんの画面には、『尊い!』『カグヤ様が芋ジャージで踊ってる!』『近所迷惑だけど最高!』というコメントと共に、金貨のアイコンが滝のように流れ続けている。
「……信じられませんわ」
少し離れた縁側で、キャルルが自作の『人参耳栓』を耳に詰め込みながら、深く深くため息をついた。
「私の信仰していた女神が、夜中に芋ジャージで奇声を上げている……。もう、哀れすぎて涙も出ません。早くあんな偽神たち、天罰が下ればよろしいのに」
「アイドルの風上にも置けないわね。ご近所への配慮ができないアイドルなんて、ただの公害よ」
リーザも耳を塞ぎながら、冷ややかな視線を送っていた。
神々が絶頂を迎え、曲がいよいよ大サビに突入しようとした、その時だった。
――――ギャリィィィィィィィィィッ……!!!
広場の入り口から、地面の石を削り取るような、身の毛のよだつ金属音が響き渡った。
狂ったようなEDMの重低音を貫いて、空気を直接震わせるその不気味な音に、配信のコメント欄がピタッと止まり、キュララの顔から笑顔が消えた。
「え……?」
ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!!
ポポロ村の重力が、三倍に跳ね上がったかのような錯覚。
広場を照らしていたピンクと紫のレーザー照明が、何かに押し潰されるようにスゥッと消滅し、月明かりすらもドス黒い『闇』に塗り潰されていく。
その闇の奥から。
パジャマの上にドカジャンを羽織り、右手に巨大な『竹割り用の極厚ナタ』を引きずった俺――鬼神龍魔呂が、ゆっくりと姿を現した。
俺の背後には、地獄の業火を煮詰めたような、漆黒の極道オーラが『三面六臂の阿修羅』の幻影となって立ち昇っている。
ナタの刃が地面の石を削るたびに、火花がバチバチと散り、その度に広場の温度が氷点下へと下がっていく。
「ひぃっ……!」
縁側のリーザとキュララが、恐怖のあまり抱き合った。
「りゅ、龍魔呂様の……完全なる『睡眠妨害ブチギレモード』ですわ……!」
キャルルすらも青ざめ、息を潜める。極道農家にとって、明日のシノギに響く『睡眠妨害』は、畑を荒らされるのと同等以上の、万死に値する大罪である。
だが。
月光薬を過剰摂取し、ドーパミンがドバドバに溢れ出ている二柱の神は、俺の放つ絶望的な殺気に全く気づいていなかった。
「あーっ! おじさんだぁっ!」
ルチアナが、ナタを引きずる俺を指差して、ヘラヘラと笑った。
「おじさんもライブに参加しに来たの!? パジャマ姿でウケるんですけどぉっ!」
「ちょっとおじさん! ナタなんか持ってないで、サイリウム振りなさいよ! ほら、一緒に月人君への愛を叫びましょぉっ!」
カグヤが、竹のステージの上から俺に向かって手招きをする。
「……」
俺は、無言でナタを持ち上げた。
「へへっ、おじさんもノリノリじゃん! いくわよ、ラストのサビ! スリー、ツー、ワンッ!」
カチッ。
俺の左手が、ドカジャンのポケットで真鍮製のライターを鳴らした。
そして、大きく息を吸い込み――右手に持った極厚のナタを、刃ではなく『峰』の側にして、大きく振り被った。
「てめぇら……」
ダンッ!!
俺の足が広場の地面を踏み砕く。
極道の巨体が、砲弾のようなスピードで虚空を跳躍し、二柱の神が踊り狂う竹のステージの真上へと舞い上がった。
「えっ?」
ルチアナとカグヤが、頭上に広がる巨大な阿修羅の幻影と、月明かりを反射して鈍く光るナタの峰を見上げて、ようやく事態のヤバさに気づいた。
「静かに、寝ろ」
俺の声が響くと同時に、極道の闘気を限界まで圧縮したナタの峰が、脳天めがけて真っ直ぐに振り下ろされた。
「極道流・竹割り(峰打ち)」
スパーーーーーーーンッ!!!!!!
ゴッッッッッッッッ!!!!!
深夜のポポロ村に、竹が真っ二つに割れる小気味良い音と、神々の脳天に硬い金属が直撃する鈍い重低音が、同時に鳴り響いた。
「あべぼぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ぷぎゃばぁぁぁぁぁっ!?」
ルチアナとカグヤの悲鳴は、カエルと豚が同時に潰されたような無惨なものだった。
俺の振るったナタの峰は、二人の神の頭頂部を正確に捉え、そのままの勢いで彼女たちの足元にあった『竹の特設ステージ』を、豆腐のように真っ二つに叩き斬ったのである。
ガラガラッ! ドシャァァァァッ!!
竹の残骸と共に、二柱の神が広場の地面に叩きつけられた。
彼女たちの頭のてっぺんには、見事なまでにお揃いの『巨大なたんこぶ』が、湯気を立ててモリモリと膨れ上がっている。
「……」
エナジードリンクによる異常なハイテンションは、極道の物理的ショック(脳しんとう)によって完全にリセットされ、二人は白目を剥いて泡を吹き、完全にピクピクと痙攣していた。
『うおおおおっ!』
『おじさん最強すぎるwww』
『神が……神が物理で完全に沈黙したwww』
『竹のステージごと真っ二つって、どんだけパワーあるんだよこの農家!』
キュララの配信のコメント欄は、先ほどのスパチャの嵐から一転、極道農家の圧倒的な暴力に対する賞賛と爆笑の渦に包まれていた。
「……ふぅ」
俺は、ナタの峰についたホコリを払い、白目を剥いて気絶している二つの芋ジャージを見下ろした。
EDMの音楽は止まり、広場には再び、心地よい静寂と虫の音だけが戻ってきている。
「夜更かしする不良は、これだから困る」
俺はマルボロを一本取り出し、火をつけて煙を深く吸い込んだ。
「……終わったな。さっさと寝るぞ」
俺がそう言って振り返ると、縁側にいたキャルル、リーザ、キュララの三人は、直立不動の姿勢でビシッと敬礼した。
「「「はいっ! お休みなさいませ、龍魔呂様っ!!」」」
こうして。
限界オタクの神々による深夜の迷惑ライブは、極道農家のたった一撃の峰打ちによって、強制的に幕を下ろされた。
広場の真ん中で気絶する二柱の神は、翌朝、強烈な頭痛と共に、自分たちが編み上げた『一万個の竹カゴ』と借金完済という現実に向き合うことになる。
だが、この騒々しくも平和な夜が明けた時、彼女たちの背後に、本物の『天界の刺客』が迫っていることを、まだ誰も気づいていなかったのである。
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