EP 8
禁断の月光薬と、バキバキの限界神
深夜二時。
ポポロ村は深い静寂と闇に包まれていたが、村長宅の縁側だけは、異様なほどの悲壮感と竹の削りカスにまみれていた。
「……981、982……」
「……もう無理……指の感覚がない……。タワマンのふかふかベッドで寝たい……」
ピンク色の芋ジャージを着た世界神ルチアナと、紫色の芋ジャージを着た月の女神カグヤ。
二柱の神は、目の下にどす黒いクマを作り、血走った目でひたすら竹を割り、カゴを編み続けていた。
目標の一万個(十万G)に対し、現在完成したのはたったの千個弱。夜明けと共にやってくるルナミス・ファイナンスの黒服部隊(マグローザ漁船行き)のタイムリミットが、刻一刻と迫りつつあった。
「ねぇ、ルチアナ……」
カグヤが、虚ろな目で縁側の隅を指差した。
「あれ、飲んだら目が覚めるんじゃない……?」
カグヤの指の先にあるのは、小さなガラスの小瓶だった。
中には、銀色にキラキラと輝く粘度の高い液体が入っている。
それは、ヤンデレ村長のキャルルが満月の夜の儀式のために精製し、祭壇をぶっ壊した際にそのまま縁側に置き忘れていた『月光薬』であった。
月兎族の秘薬であり、満月の魔力と大地のエネルギーを極限まで濃縮した、いわばアナステシア世界における『超高濃度・魔法エナジードリンク』である。常人が原液で飲めば、三日三晩眠れなくなるという劇薬だ。
「えっ……でもあれ、キャルルが儀式に使う神聖なお薬よ? 勝手に飲んだら、またおじさんに怒られるんじゃ……」
ルチアナが躊躇するが、カグヤはフラフラと立ち上がり、小瓶を手に取った。
「怒られるって言ったって、このままじゃ私たち、遠洋マグロ漁のタコ部屋で一生を終えるのよ!? 背に腹は代えられないわ! それに私たち神なんだから、ちょっとくらい強い薬飲んだって平気よ!」
「……ゴクリ。そ、そうね。背に腹は代えられないわ……っ!」
極限の疲労と借金の恐怖が、神々の理性を完全に吹き飛ばした。
二人は小瓶のコルクをポンッと引き抜き、中身の銀色の液体を、半分ずつ一気に喉の奥へと流し込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……。
「……ん?」
ルチアナが首を傾げた。
「なんだかこれ、すごくケミカルな味がするわ。地球のコンビニで売ってる、カフェインとアルギニンが限界まで入った怪しい色のエナジードリンクみたいな……」
その直後だった。
ドクンッ……!!
「――――ッッ!!??」
二柱の神の心臓が、早鐘のように激しく鳴り響いた。
カァァァァァァッ!と、体温が一気に急上昇し、毛穴という毛穴から銀色の魔力の蒸気が噴き出し始める。
全身の血管を、超高濃度のカフェインと魔力が、ナイアガラの滝のような勢いで駆け巡っていく。
「あ……あ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」
カグヤのエメラルドの瞳が、車のハイビームのようにギラギラと発光し始めた。
「キタキタキタキタァァァッ! 目が覚めた! 細胞の隅々までエネルギーが爆発してるわ! なんだこれ、視界がクリアすぎる! 裏山の木の葉っぱの葉脈までクッキリ見えるわぁぁっ!」
「ヤバいヤバいヤバいっ! 指先から無限のパワーが湧き上がってくるぅっ! 私、今なら世界をあと三個くらい創れそうな気がするわぁぁっ!」
月光薬の過剰摂取により、二柱の神は完全に『バキバキのハイテンション状態』へと突入した。
疲労感など一ミリも残っていない。ドーパミンとアドレナリンが脳内を支配し、彼女たちは狂ったような笑い声を上げながら、竹の山へと飛び込んだ。
「いくわよルチアナ! 残りの九千個、秒で終わらせてやるわ!」
「オラオラオラァァッ! 竹細工の神に、我はなるっ!」
シュババババババババババッ!!!
二人の指先が、完全に音速を超えた。
小刀で竹を割る音すら聞こえない。ただ、残像だけが縁側で激しく交差し、完成した竹カゴが、まるで工場の大規模ラインのごとく、ポンポンポンポンッ!と空中に放り投げられていく。
たったの一時間。
神々の異常な労働力により、残りの九千個の竹カゴは、あっという間に縁側の庭を埋め尽くすほどの巨大な山となって完成してしまったのである。
「フゥーッ!! 終わったぁぁっ!! 一万個コンプリートォォォッ!!」
カグヤが両腕を突き上げて叫ぶ。
「借金完済! マグローザ漁船回避ぃぃっ! 私たち、やったわねカグヤ!」
ルチアナとカグヤが、ジャージ姿でガッチリと熱い抱擁を交わした。
……だが、ここで一つの致命的な問題が発生した。
月光薬のエネルギーは、竹カゴを一万個編んだ程度では、全く、一ミリも、消費し切れていなかったのである。
「……ねぇ、ルチアナ」
カグヤが、ギンギンに血走った、発光する瞳で虚空を見つめながら呟いた。
「私、まだまだ全然眠くないの。体中に力が余ってて、このままじゃ血管が爆発しそう……っ!」
「奇遇ね。私もよ。……指先が勝手に動いちゃって、何かを表現したくてたまらないわ……っ! この有り余るエネルギーを、愛する『推し』にぶつけたい……!」
バキバキにキマった神と神の視線が、交錯する。
二人は無言で頷き合うと、縁側の奥から『朝倉月人・等身大抱き枕』と『アクリルスタンド』を引っ張り出してきた。
「この溢れるパッション……深夜のテンション……! やることは一つしかないわね!」
「ええ! 私たちが直々に、月人君のための『深夜の野外シークレットライブ』を開催するのよぉぉっ!!」
狂気。
もはや彼女たちの思考は、正常な論理を完全に逸脱していた。
二人は、カゴ編みに使わなかった余りの大量の青竹を担ぎ上げると、ポポロ村の広場の中央へと凄まじいスピードでダッシュした。
そして、音速の神業で竹を組み上げ、あっという間に『特設の野外ライブステージ』を建設してしまったのだ。
「照明よぉぉっ! 我らが神気で、ステージを照らせぇぇっ!」
ピカァァァァァァァァッ!!
ルチアナのピンク色のオーラと、カグヤの紫色のオーラが、深夜の村の広場を真昼のように明るく照らし出す。
カグヤはエンジェルすまーとふぉんを魔導拡声器に接続し、音量を最大まで引き上げた。
ズンッドコッ! ズンッドコッ! ズンッドコッ!
大音量で流れ始めたのは、朝倉月人の大ヒットナンバー『月は迷わない(EDMリミックスver)』である。
「ポポロ村の皆さぁぁぁん! 起きてぇぇっ! 深夜のゲリラライブ、スタートよぉぉっ!」
「いくわよ! 我らの推しへの愛を、この歌に乗せてぇぇっ!」
『月は〜 迷わない〜♪ 君の〜 心を照らすからぁぁっ〜!』
『ヘイ! ヘイ! 月人! L・O・V・E・月人ぉぉっ!!』
静まり返っていた深夜三時のポポロ村に、エナドリでガンギマリになった二柱の神の、おぞましいほどの大絶叫と下品な重低音が轟き渡った。
抱き枕とアクリルスタンドを天に掲げ、竹のステージの上で狂ったように踊り狂う芋ジャージの女たち。
それはまさに、神々の威厳など微塵もない、迷惑系YouTuberも青ざめるほどの『近所迷惑の極み』であった。
◇ ◇ ◇
――そして。
「……ん?」
村長宅の寝室。
布団の中で、心地よい眠りについていた俺は、外から聞こえてくる耳障りな重低音と奇声によって、ゆっくりと目を開けた。
枕元のTUDORブラックベイの針は、午前三時十五分を指している。
「……」
俺は無言で布団を跳ね除け、パジャマの上にドカジャンを羽織った。
ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!!
部屋の温度が、一気に氷点下まで下がる。
俺の背後から、先ほどのカグヤの車のボンネットを叩き潰した時とは比べ物にならない、純度百パーセントの『殺意』に染まった極道の闘気が、阿修羅の幻影となってドス黒く立ち昇った。
極道のルール。
俺のシマで、夜の平穏な眠りを妨げる奴は。
神様だろうが何だろうが、例外なく『物理』で叩き斬る。
俺は、昨日の竹林開拓で使った『竹割り用の極厚ナタ』を手に取り、障子をピシャリと開けて、狂乱の広場へとゆっくりと歩みを進めた。
バキバキにキマった神々の宴は、極道の圧倒的な「お仕置き」によって、まもなく強制終了の時を迎えようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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