EP 7
月神のフルローン地獄と、無限の竹カゴ内職
推し活の聖戦が極道農家のゲンコツによって鎮圧された、翌朝のこと。
ポポロ村の清々しい空気を切り裂くように、村長宅の客間から、この世の終わりを告げるような女の悲鳴が轟いた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 嘘でしょ、嘘だと言ってぇぇぇっ!!」
バンッ!と襖が開き、紫色の芋ジャージを着た月の女神カグヤが、顔面を土気色にして転がり出てきた。
彼女の震える手には、ラインストーンでデコられたエンジェルすまーとふぉんが握られており、その画面には無慈悲な『赤文字のポップアップ』が表示されている。
『【重要】ルナミス・ファイナンスより。魔導オープンカー(六十回払い)の今月分のお引き落としが確認できませんでした。本日中にご入金がない場合、黒服の回収部隊を派遣し、シーラン海域・マグローザ漁船(遠洋マグロ漁)への無期限ツアーにご案内いたします』
「ど、どうしよう……! ルナミス・ポルシェの今月分のローン引き落とし日、今日だったわ! しかも頭金払うために、信者からの献上品(国宝)は全部質屋に入れちゃったし、私の口座の残高、今『8G(8円)』しかないのよぉぉっ!」
カグヤは畳の上をゴロゴロと転げ回りながら、バサバサのつけまつげを涙で濡らして絶叫した。
「車は昨日、おじさんの拳で完全にスクラップ(鉄屑)にされたのに! 乗れない鉄屑のために、これから五年間も毎月十万G(十万円)払い続けなきゃいけないのぉ!? こんなの絶対おかしいわよぉっ!」
「あははははっ! 自業自得ねこの成金パリピ女!」
隣の布団から起き上がってきたピンクジャージのルチアナが、腹を抱えて大爆笑した。
「見栄張ってフルローンで高級車なんか買うからよ! マグローザ漁船に乗って、せいぜい荒波に揉まれながらマグロでも釣り上げてきなさいな!」
「う、うるさいわねこの代引き借金女! アンタだって抱き枕の借金残ってるじゃないのよ!」
二柱の神が朝からギャーギャーと騒ぎ始めた、その時。
「……朝からやかましい羽虫どもだ」
カチッ。
縁側から、真鍮製のオイルライターの冷たい音が響いた。
俺――鬼神龍魔呂は、首にタオルを巻き、マルボロの煙を細く吐き出しながら、冷ややかな視線をカグヤへと向けた。
「お、おじさぁぁぁぁんっ!!」
カグヤは猛烈な勢いで縁側へと飛び出し、俺の足元に凄まじいスライディング土下座をかました。
「お願い、一生のお願い! お金貸して! 今月のローン代の十万Gだけでいいから! 私、マグローザ漁船でタコ部屋労働なんて絶対に嫌ぁぁっ! 潮風で髪がギシギシになっちゃうぅっ!」
月の女神が、プライドもハイブランドの威厳も全て投げ捨て、極道農家の長靴にすがりついて号泣する。
「あぁ?」
俺はマルボロの灰を落とし、鼻で笑った。
「極道のルールその六。金の貸し借りは人間関係を濁らせるからやらねぇ。……昨日も言ったはずだぞ。俺のシマで爆音鳴らした落とし前で車は潰したが、借金はてめぇのもんだ。自分で汗水流してキッチリ返せ」
「そんな殺生なぁぁっ! 神様を見殺しにする気ぃっ!?」
「見殺しにはしねぇよ。極道は、働く意思のある奴には平等に『シノギ』を与えてやる」
俺はスマホを取り出し、通販機能の画面を操作した。
数秒後、光の粒子と共に、縁側にドサドサッと大量の段ボール箱が転がり出た。
「……えっと、なにこれ?」
カグヤが涙目で段ボールのラベルを見る。そこには『初心者向け・竹細工カゴ編みキット(業務用)』と書かれていた。中には、竹を細く割るための専用の小刀と、カゴの編み方のマニュアルが入っている。
「昨日、お前らが裏山から切り出してきた三十本の『青竹』があるだろうが。あれを細く割って、このマニュアル通りに『手編みの竹カゴ』を作るんだ」
俺はニヤリと、極悪非道な笑みを浮かべた。
「ポポロ村の特産品を入れるためのカゴとして、ゴルド商会が買い取ってくれる手はずになってる。報酬は、カゴ一個につき『10G(十円)』だ」
「じゅ、十円……!?」
カグヤの目が点になった。
「一個十円!? 今月のローン代十万G稼ぐには、一万個作らなきゃいけないじゃないの! そんなの、今日中に終わるわけないわよぉぉっ!」
「泣き言を言って手が止まってるぞ。マグローザの餌になりたくなきゃ、死ぬ気で竹を割れ」
俺は冷たく言い放ち、傍らでニヤニヤと笑っていたルチアナの首根っこをガシッと掴んだ。
「あべぇっ!?」
「てめぇもだ、ルチアナ。抱き枕の借金、大根引きだけじゃ利子しか返せてねぇぞ。カグヤと一緒に、横でカゴを編め」
「えええええっ!? なんで私もぉぉっ!?」
かくして、ポポロ村の村長宅の縁側にて。
世界神と月神(紫ジャージ)による、前代未聞の『超底辺・無給竹細工内職』が幕を開けた。
「あぁぁっ! 竹のささくれが指に刺さったぁぁっ! 痛いぃぃっ!」
「ちょっとカグヤ、あんたの編み方雑よ! これじゃカゴの底が抜けちゃうじゃないの!」
「うるさいわね! そもそも竹を均等に割るのが難しすぎるのよ! 私、気高き月の女神なのよ!? なんでこんな『かぐや姫』も真っ青のドロドロの竹取労働しなきゃいけないのよぉぉっ!」
二柱の神が、ブツブツと文句を垂れながら、小刀で竹を割り、ひたすらにカゴを編み続ける。
「……ふふっ。素晴らしい光景ですわ」
その様子を、キャルルが特等席で人参茶を啜りながら、極上のエンターテインメントを見るような目で見物していた。
「かつて私が全てを捧げて祈っていた月の女神が、一個十円の竹カゴを、鼻水垂らしながら編んでいる……。ええ、やはり私の神は龍魔呂様だけ。龍魔呂様が与えた労働という名の『罰』が、あの偽神たちを浄化しているのですわ……♡」
ヤンデレ村長の目には、もはや一欠片の同情もなかった。
「おじさん、この配信ヤバいよ!」
キュララがドローンカメラを回しながらゲラゲラ笑っている。
「『悲報・月の女神カグヤ、フルローン地獄で一個十円の竹カゴ内職を始める』ってタイトルで配信したら、天界の月兎族の信者たちから『カグヤ様が自ら竹を!? 尊い!』って勘違いスパチャが滝みたいに飛んできてる!」
「そのスパチャ、全部私の口座に入れなさいよキュララぁぁっ!」
「ダメに決まってんじゃん! これはポポロ村の村おこし資金だよっ☆」
午前中から始まった狂気の内職は、昼を過ぎ、夕方を過ぎ、そして夜の帳が下りる頃になっても終わる気配はなかった。
縁側には、不格好な竹カゴが山のように積まれているが、目標の一万個には遠く及ばない。
「ぜぇ……ぜぇ……指が、もう動かない……」
「お腹空いた……竹の匂い、もう嗅ぎたくないわ……」
ルチアナとカグヤは、ジャージを竹の削りカスだらけにし、目の下にどす黒いクマを作りながら、完全に限界を迎えていた。
指先はボロボロ、精神は崩壊寸前。このままでは、夜明けと共にルナミス・ファイナンスの黒服部隊がやってきてしまう。
「……ルチアナ。このままじゃ、マジでマグローザ漁船よ……」
「分かってるわよ……。でも、もう体力も魔力もスッカラカン……何か、何か強烈な『エナジードリンク』的なものがないと、徹夜なんて乗り切れないわ……」
血走った目で辺りを見回す二柱の神。
その時、カグヤの視線が、縁側の隅に置かれた『ある物』に釘付けになった。
それは、キャルルが満月の夜の儀式のために精製し、大切に保管していた、小瓶に入った銀色に輝く液体――『月光薬(満月の力を極限まで濃縮した超劇薬)』であった。
「……ねぇ、ルチアナ。あれ、飲んだら目が覚めるんじゃない?」
「……ゴクリ。やるしかないわね。借金返済のために……っ!」
神々による底辺の内職労働は、疲労と絶望の果てに、いよいよ『禁断のドーピング』という最悪の暴走へと足を踏み入れようとしていたのである。
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