EP 6
推し活の聖戦と、同担拒否の修羅場
極上タケノコ土鍋ご飯の余韻も冷めやらぬ、ポポロ村の深夜二時。
村人たちが寝静まった静寂の闇を、突如として醜悪な女の絶叫が切り裂いた。
「ちょっとカグヤ! 私の月人君に、アンタのその泥とタケノコの汁がついた紫ジャージで触らないでよぉぉっ!!」
「はぁ!? 誰がこんな安っぽいポリエステルの布切れに触るもんですか! 私はただ、寝返りを打ったらこの等身大抱き枕の顔がこっち向いててキモかったから、足で蹴っ飛ばしただけよ!」
村長宅の広い客間。
布団を並べて寝ていたはずの二柱の神――ピンクジャージのルチアナと、紫ジャージのカグヤが、暗闇の中で凄まじい形相で睨み合っていた。
ルチアナは、金貨五枚の代引きで手に入れた『朝倉月人・等身大抱き枕』を、我が子を守る母熊のように背後に庇っている。対するカグヤの手には、例の『アクリルスタンド(ウインクver)』が誇らしげに握られていた。
「足で蹴った!? アンタ、神の命にも等しい推しの顔面を足で蹴ったの!? これだから金でマウントを取るしか能のない『成金厄介オタク』は嫌なのよ!」
「うるっさいわねこの『在宅無課金オタク』が! グッズ一つ買うのに代引きで借金するような貧乏人が、私と同じ土俵に立ってるとでも思ってんの!?」
深夜の客間で、地球の現代社会が生み出した最も業の深い争い――『同担拒否(同じアイドルを推すファン同士の殺し合い)』のゴングが、高らかに鳴り響いた。
「いいことルチアナ? 私はね、ルナミス帝国のタワマンから毎月福岡のライブに遠征して、VIP席の最前列で月人君から『確定レス(ファンサ)』をもらってるのよ! つまり、私は月人君に『認知』されてる正妻なの!」
カグヤがアクリルスタンドを振りかざし、ドヤ顔で言い放つ。
「はぁぁっ!? 正妻気取りキモッ! 痛い痛い痛い! ただ金払って最前列でアピールしてるだけの『TO』気取りが一番タチ悪いのよ! 月人君はね、ライブの最前列より、後ろの方で静かに見守ってるファンの方を『本当に自分の歌を聴いてくれている』って思ってるんだからね! 後方彼氏面ならぬ『後方彼女面』こそが真の愛よ!」
「負け犬の遠吠え乙〜! 結局金がなくて現場に行けないだけの在宅が、ネットで長文の『楽曲考察』とか書いて悦に入ってんでしょ? 月人君が好きなのは、私みたいにハイブランド着て身綺麗にしてる女なの!」
TO、認知、確定レス、在宅、後方彼女面……。
アナステシア世界の住人には到底理解できないであろう、呪文のような『地球のオタク専門用語』が、神々の口から機関銃のように連射されていく。
抱き枕とアクリルスタンドを互いに突きつけ合い、「私の方が愛が深い!」「いや私だ!」とマウントを取り合うその姿は、あまりにも地獄だった。
「……信じられないわね」
客間の隅の布団で、アイマスクを頭にずらしたリーザが、ゴミを見るような冷ややかな目で二柱の神を見つめていた。
「かつてはシーラン国で国民的アイドル(自称)をやっていた私から言わせてもらうけど……。ああいう『自分こそが一番のファンだ』って他のファンを攻撃する同担拒否の厄介オタクが、運営にとって一番迷惑なのよね。……本当に、底辺の極みだわ」
「激しく同意しますわ」
その隣の布団では、キャルルが人参茶の入った湯呑みを傾けながら、深く頷いていた。
「私の信仰していた月の女神が、あのような下品な言葉で布切れとプラスチックの板の自慢をしているだなんて……。昨夜、祭壇を叩き割って大正解でしたわ。あんな連中に祈りを捧げるくらいなら、その辺の石ころに祈った方がマシです」
元信者と元アイドルの手厳しい批判が飛び交うが、ヒートアップした二柱の神には全く届いていない。
「だいたいね! アンタのその抱き枕、よく見たら印刷の画質荒くない!? 非公式の海賊版じゃないの!?」
「失礼な! 公式ショップで買った正真正銘の初回限定版よ! アンタのアクスタこそ、日焼けして色が褪せてるじゃない!」
「きぃぃぃっ! 言ったわねこのドンキ女!」
「やる気!? ギャラ飲みババア!」
ルチアナとカグヤが、互いのジャージの胸ぐらを掴み合い、いよいよ物理的な乱闘に発展しようとした、その時だった。
ピシャァァァァァァンッ!!!
客間の襖が、凄まじい勢いで蹴り開けられた。
「……てめぇら」
部屋の温度が、一気に氷点下まで下がったかのような錯覚。
襖の向こうに立っていたのは、ドカジャンを羽織り、真鍮製のオイルライターをカチカチと鳴らしている俺――鬼神龍魔呂だった。
その顔の半分は、暗闇の中でドス黒い『極道の闘気(殺意)』に塗り潰されている。
「ヒィッ……!?」
取っ組み合っていた神と神の動きが、ピタリと停止した。
「夜中の二時に、推しがどうの正妻がどうのと、鳥の交尾みてぇな声で喚き散らしやがって……」
俺はゆっくりと客間に足を踏み入れ、ルチアナの持っている『抱き枕』と、カグヤの持っている『アクリルスタンド』を、左右の手で容赦なく鷲掴みにした。
「あぁぁっ! おじさん! ダメ、私の月人君の顔をそんな無骨な農家の手で掴まないでぇぇっ!」
「私のアクスタ! 傷がついたら価値が下がるでしょぉっ!」
「うるせぇ!!!」
ゴォォォォォォンッ!!!
俺の極道オーラを乗せた怒鳴り声が、客間の障子をビリビリと震わせた。
「極道のルール。明日も朝から畑のシノギがあるってのに、夜更かしして騒ぐバカは、例外なくシバく」
俺は、没収した抱き枕とアクリルスタンドを見下ろし、極悪非道な笑みを浮かべた。
「そんなにこの布切れとプラスチックの板が大事か? ……だったら、明日、こいつらを裏の『太陽芋の畑』に、カラス除けの案山子として括り付けてやろうか?」
「えっ……?」
ルチアナとカグヤの顔面から、全ての血の気が吹き飛んだ。
「お日様の光(紫外線)をたっぷり浴びて、雨風に打たれりゃ、どんなアイドルだろうが立派な農具の仲間入りだ。……泥だらけになった『月人君』が、畑の平和を守ってくれるぜ」
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
二柱の神が、畳の上にスライディング土下座をかました。
「許して! 紫外線だけはダメぇっ! 月人君の美白が日焼けしてただのガングロサーファーになっちゃうぅぅっ!」
「私のアクスタが雨ざらしにされたら、アクリルが劣化して割れちゃうわ! ごめんなさい、もう二度と夜中に騒ぎませんからぁっ!」
神々が、涙と鼻水を垂らしながら、極道農家の足元で平身低頭に許しを請う。
アイドルのグッズを『案山子』にされるという、オタクにとって最も残酷で屈辱的な処刑宣告。それが、彼女たちの同担拒否の修羅場を、たった一瞬で強制終了させたのだ。
「……分かればいい」
俺は、抱き枕とアクスタを、それぞれの頭の上にポンッと放り投げた。
「さっさと寝ろ。明日も夜明けと共に、裏山の竹林開拓が待ってんだ。寝坊したら、マジでこいつら(推し)を畑に植えるからな」
「「はいぃぃぃぃっ! お休みなさいませぇぇっ!!」」
ルチアナとカグヤは、光の速さで自分の布団に潜り込み、グッズを抱きしめたまま、死んだように目を閉じた。
ピシャリと襖が閉まる音が響き、客間には再び静寂が戻った。
「……ふふっ。やはり、この世界で最も絶対的で気高き存在は、龍魔呂様ですわ」
暗闇の中で、キャルルがうっとりとした吐息を漏らす。
こうして、世界神と月神による醜き推し活の聖戦は、極道農家の圧倒的な『睡眠のコンプライアンス』の前にあっけなく鎮圧された。
だが、彼女たちが眠りについた数時間後。
朝を待たずして、カグヤのエンジェルすまーとふぉんに、さらなる絶望をもたらす『無慈悲な着信』が鳴り響くことになるのを、彼女たちはまだ知らない。
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