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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 4

裏垢の聖戦レスバと、完全消滅した信仰心

 翌朝のポポロ村。

 澄み切った青空の下、村長宅の縁側には、この世の終わりでも見たかのような絶望の表情を浮かべる絶世の美女の姿があった。

「嘘でしょ……嘘よ……。六十回払いのルナミス・ポルシェが鉄屑になった上に……なんで私が、こんなどす黒い『紫色の芋ジャージ』なんか着なきゃいけないのよぉぉっ!」

 月の女神カグヤが、タローマン特製の紫ジャージの裾を握りしめながら、ポロポロと涙を流していた。

 昨夜、極道・竹取パフェのあまりの美味さに理性を吹き飛ばし、ウン十万円のハイブランド服を芋ペーストと黒蜜でドロドロにしてしまった彼女は、俺――鬼神龍魔呂から強制的にこの『労働用ユニフォーム』を支給されたのである。

「あははははっ! 似合ってるわよぉ、ギャラ飲み上がりのパリピ月神ちゃん!」

 隣でピンク色の芋ジャージを着たルチアナが、腹を抱えて大爆笑していた。

「これでアンタも立派な底辺労働者の仲間入りね! その紫ジャージで、ルナミスのタワマンのラウンジ歩いてみなさいよ!」

「う、うるさいわねこの限界公務員! アンタこそピンクなんて絶望的に似合ってないわよ! ドンキの深夜レジ前にいるヤンキー女そのものじゃない!」

 神と神による、ジャージの色を巡る低レベルな罵り合い。

 だが、カグヤは負けじとフンッと鼻を鳴らし、自分のエンジェルすまーとふぉんに付けられたジャラジャラのストラップを見せつけた。

「まぁいいわ。服はジャージになっても、私には絶対的な心の支え(ステータス)があるもの。……ふふん、見なさいルチアナ! 先月の福岡シークレットライブの、VIP席限定『朝倉月人アクリルスタンド(ウインクver)』よ!」

「なっ……!?」

 ルチアナの顔面から、サッと血の気が引いた。

「そ、それ……抽選確率0.01パーセントって言われてた、超絶幻のレアグッズじゃないの! なんでアンタが持ってんのよ!」

「信者から巻き上げたお金で、転売ヤーから金貨百枚(百万円)で買ったのよ! どう!? 推しへの愛の重さが違うのよ! 月人君の正妻はこの私! アンタみたいな等身大抱き枕で満足してるだけの微課金厄介オタクとは、住む世界が違うの!」

「きぃぃぃぃっ! 同担拒否のマウント女がぁぁっ! 月人君はみんなのアイドルよ! 札束で殴るしか能のない成金パリピが、ファンを名乗るんじゃないわよ!」

 二人の瞳に、バチバチと本気の殺意が宿った。

 だが、極道農家(俺)の目の前で物理的な乱闘を起こせば、再び容赦ないゲンコツが飛んでくることは、昨夜の件で二人とも身に染みて理解している。

 では、どうするか。

 現代のネット社会にどっぷり浸かった彼女たちが選んだ闘争の手段は、一つしかなかった。

 タタタタタタタタタタタッ……!!!

 縁側に並んで座ったルチアナとカグヤは、互いにそっぽを向きながら、手元のエンジェルすまーとふぉんを凄まじいスピードでフリック入力し始めた。

 親指が残像を描くほどの超高速タイピング。

「……えっと、あの二柱の神様は、隣同士に座って一体何をなさっているのかしら?」

 ほうきで庭を掃いていたリーザが、呆れたように首を傾げる。

「裏垢での『レスバ(口論)』だね」

 ドローンカメラを片手に、キュララがゲラゲラ笑いながら解説した。

「直接殴り合えないから、お互いの匿名裏アカウントを使って、SNS上で相手の悪口を限界まで書き込んでるんだよ。見てごらん、タイムラインが地獄みたいになってる」

 キュララがスマホの画面を見せると、そこには匿名アカウント同士の醜悪な言葉の応酬が、秒速で更新されていた。

『@月人推し:フルローンで車買って即日スクラップにされた見栄っ張り女www 貢ぎ物売ってアクスタ買うとか神の恥www』

『@ナイトムーン:は? 抱き枕代引きで買って金払えなくて農家に土下座してた限界公務員に言われたくないんですけどー? 泥つき大根でもかじってろ芋女』

『@月人推し:紫ジャージ似合ってないぞギャラ飲みババア!』

『@ナイトムーン:ピンクジャージのドンキ女が口答えすんな!』

 真横に座っているにも関わらず、一言も口を利かず、ただひたすら画面に向かって親指を高速で動かし合い、SNS上で血みどろの煽り合いを続ける最高神と月神。

 その光景は、もはや神聖さとは対極にある、現代社会が生み出した最も醜い『底辺の極み』であった。

「……」

 カランッ。

 その光景を無言で見つめていたキャルルの手から、掃除用のちりとりが力なく滑り落ちた。

 彼女は、月兎族である。

 月兎族にとって、月の女神カグヤは、全存在をかけて崇拝すべき絶対的な光だった。一族の長老たちは、「カグヤ様は月のように清らかで、我らを常に見守ってくださっている」と語り継いできた。

 だが、現実はどうだ。

 清らかなる月の女神は今、紫色の芋ジャージを着て、縁側でスマホを連打し、「泥つき大根でもかじってろ」と裏垢でレスバを繰り広げている同担拒否の厄介オタクだった。

「……バカみたいですわ」

 キャルルは、静かに、だがはっきりとした声で呟いた。

 彼女は振り返り、昨夜破壊した祭壇の残骸……木片やススキの残りを、大きなゴミ袋に無造作に放り込み始めた。

「村長さん……? 何を……?」

 心配そうに声をかけるスアイに、キャルルは一切の迷いのない、恐ろしいほど澄み切った笑顔を向けた。

「ゴミ掃除ですわ。……私の心の中にあった、ちっぽけで無価値な迷い(しんこうしん)を、今完全に捨て去る決心がつきましたの」

 キャルルは、両手を胸の前で組み、うっとりとした表情で、庭の奥で農具の手入れをしている俺の背中を見つめた。

「神は天にはいません。SNSの裏垢でレスバをするような存在に、祈る価値など一ミリもありませんわ。……私の神は、あそこにいらっしゃる。圧倒的な力と、美味しいご飯と、決してブレない極道の精神で、私たちを導いてくださる……龍魔呂様だけ。龍魔呂様こそが、私の唯一絶対の創造主ですわぁっ……!」

 ヤンデレ村長の瞳に、真っ黒で純度の高い『狂信』の炎がボワッ!と燃え上がった。

 月兎族としてのアイデンティティすらも完全に捨て去り、極道農家への依存度(ヤンデレ度)が、ついにカンストを超えた瞬間だった。

「……ったく。朝からピコピコと、やかましい羽虫どもだ」

 俺は、カチャカチャとスマホの画面を叩き続ける二人の前に歩み寄り、その頭に容赦なく、二発同時のゲンコツを落とした。

 ゴッッ! ゴッッ!

「あべぇぇっ!?」

「ぷぎゃぁぁっ!?」

 ルチアナとカグヤが、同時にカエルが潰れたような悲鳴を上げて縁側に突っ伏した。

 手から滑り落ちた二つのエンジェルすまーとふぉんを、俺は容赦なく取り上げ、自分のツナギのポケットに突っ込んだ。

「あぁぁっ! 私のスマホ! まだレスバの途中なのに!」

「返しなさいよ農家のオヤジ! 今ちょうど論破するところだったのに!」

「うるせぇ。極道のシノギの前に、お遊びの時間は終わりだ。お前ら、自分の置かれてる立場を忘れたわけじゃねぇだろうな」

 俺は、裏の倉庫から引きずり出してきた『竹割り用のナタ』と『ノコギリ』、そして『手編みのカゴ』を、二人の前にドンッと放り投げた。

「ルチアナ。てめぇの代引き抱き枕の借金は、まだ大根百本じゃ返し終わってねぇぞ。……そしてカグヤ。てめぇの車のスクラップ代と、昨日の極道・竹取パフェの代金。その紫ジャージが泥で真っ黒になるまで働いて、身体でキッチリ払ってもらうからな」

「ヒィィィッ……!」

 極道農家のドス黒いオーラと、氷のように冷たい宣告に、最高神と月神が震え上がって抱き合った。

「さぁ、裏山の『竹林開拓』の時間だ。タケノコ掘りと竹の切り出し……腰が砕けるまで、一本残らず平らにしてこい。サボったら、今日の晩飯はパンの耳だけだからな」

「い、嫌ぁぁぁっ! パンの耳だけは嫌ぁぁぁぁっ!」

「やる! やります! 竹なんて全部引っこ抜いてやるわよぉぉっ!」

 食欲と恐怖という最も原始的な支配により、二柱の神は悲鳴を上げながら裏山へと駆け出していった。

 天界の威厳などとうの昔に消え失せたポポロ村の朝。

 神のプライドを粉砕し、ヒロインの信仰心すらも書き換えてしまう極道の圧倒的コンプライアンスは、今日も揺るぎなくこのシマを支配しているのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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