EP 3
極道・竹取パフェと、ハイブランドの陥落
月明かりの下、無残なV字型にひしゃげた超高級魔導オープンカーを前に、月の女神カグヤは地面に膝をつき、絶望の叫び声を上げていた。
「あ、あぁぁぁぁっ……! 私の……私がフルローン(六十回払い)で買ったルナミス・ポルシェがぁぁぁっ!」
カグヤは頭を抱え、バサバサのつけまつげから大粒の涙をこぼした。
「これ買うために、信者から貢がれた『仏の御石の鉢』とか『火鼠の裘』とか『竜の首の珠』とか……国宝級のアイテム、全部質屋に売り飛ばしてやっと頭金作ったのにぃぃっ!」
「……信者からの神聖な献上品を質屋に……? 車の頭金に……?」
その言葉を聞いた瞬間、キャルルの瞳からハイライトが完全に消失した。
「ええ、もう迷いはありませんわ。私の信じる神は、あの泥臭い畑を耕し、美味しいご飯を作ってくださる龍魔呂様ただ一人。……あのような俗物パリピ女、明日の朝には裏山の肥溜めに沈めてさしあげますわ」
ヤンデレ村長の手の中で、ダブルトンファーがギリィッ!と物騒な音を立てて軋む。
「あーあ。自分で自分の信者をぶっ壊しちゃったわね、このバカ月神」
ルチアナが鼻で笑うと、カグヤはハッと我に返り、慌ててハイブランドの服の砂埃を手で払いながら立ち上がった。
「ふ、ふんっ! 別にいいわよ! こんな泥臭いド田舎の獣人一人に信仰されなくたって、都会には私の信者(パパ活相手)なんて腐るほどいるんだから!」
カグヤは強がってふんぞり返り、縁側のテーブルに乗っていた『ふろふき大根』の残りを見て、あからさまに顔をしかめた。
「だいたい、アンタたちこんな茶色くて泥臭い田舎飯食ってんの? マジで信じらんない! 私なんて、ルナミス帝国の超高級ホテルのラウンジで、金貨三枚(三万円)の季節の限定パフェしか食べないんだから! こんな豚の餌みたいなもの、ハイブランドに身を包んだ気高き女神の口には合わないわね!」
「……あ?」
カグヤが吐き捨てたその一言に、ルチアナ、リーザ、キャルルの三人の顔色が一斉に変わった。
「アンタ……今、なんつった?」
「おじさんのご飯を、豚の餌って言った……?」
三人の女たちから、カグヤに向かって凄まじい殺気が放たれる。龍魔呂の極道飯を侮辱することは、このポポロ村において万死に値する大罪である。
だが、俺――鬼神龍魔呂は、怒るどころか静かに鼻を鳴らし、真鍮製のライターでマルボロ赤に火をつけた。
「……高級ホテルの、三万円のパフェねぇ」
俺は紫煙を夜風に吐き出し、立ち上がった。
「極道のルール。出された飯を食いもせずに文句を垂れるようなガキには、そのひん曲がった性根を、極上の『甘味』で叩き直してやるのが筋ってもんだ」
俺は裏の勝手口に向かい、「そこに座って口開けて待ってろ」と言い残して厨房へと消えた。
厨房に入った俺は、まず裏庭から切り出してきたばかりの青々とした『真竹』を取り出した。
極道の刃物捌きは芸術だ。UR農具のナタを一閃させ、青竹を美しい斜め切りにして、風流な『竹筒の器』を作り出す。
次に用意するのは、昼間に収穫してふかしておいた『太陽芋』だ。これを裏ごしして繊維を完全に取り除き、そこにドワーフ特製の『極上濃厚バター』と少量の角砂糖、そして隠し味にひとつまみの粗塩を加えて、滑らかな黄金色のペースト状に練り上げる。
さらに、ポポロ村で採れた高級もち米『白玉草』の粉を水で練り、耳たぶほどの柔らかさにしてから、熱湯で茹でてツヤツヤの『白玉団子』を作る。
最後に、あずき草を三日三晩煮込んで作った特製の『極道あんこ』を用意すれば、準備は完了だ。
――数分後。
縁側でふんぞり返っていたカグヤの前に、ドンッ!と青竹の器が置かれた。
「極道特製・竹取パフェ(太陽芋とバターの黄金ペースト仕立て)だ」
斜めに切り落とされた青竹の器の中には、純白の白玉団子と、漆黒の極道あんこ、そして芸術的な渦を巻いて絞り出された黄金色の太陽芋ペーストが、美しく盛り付けられていた。
最後に上からタローマン特製の『黒蜜』がトロリと垂らされ、竹の青々しい香りと、バターの芳醇な匂い、そして黒蜜の甘い香りが、夜の縁側に暴力的なまでに広がった。
「なっ……!?」
カグヤの目が、その芸術的な和スイーツに釘付けになった。
ルナミス帝国のホテルのパフェは、確かに見た目は派手だった。だが、目の前にあるこの竹筒のパフェは、大自然の生命力そのものを凝縮したような、圧倒的な『本物のオーラ』を放っていたのだ。
「……ふ、ふん! 見た目だけ誤魔化したってダメよ! 私の舌は肥えてるんだからね!」
カグヤは強がりながらも、震える手で木のスプーンを手に取り、黄金色のペーストと白玉、そしてあんこを一緒にすくい上げ、口へと運んだ。
パクッ……。
モチュッ、ジュワァァァァァァッ……!!
「――――ッッッ!!!!」
カグヤの全身に、雷に打たれたような激震が走った。
エメラルドグリーンの瞳孔が極限まで収縮し、彼女の背後から、無意識のうちに本物の月の女神としての『神々しい後光』がブワァァァァッ!と立ち昇った。
美味い。
いや、そんなチャチな言葉では表現できない。
口に入れた瞬間、太陽芋のペーストが、まるで極上のスイートポテトのように滑らかに溶けていく。芋の素朴で力強い甘みを、濃厚なバターの塩気が完璧に引き立てており、そこに黒蜜の深いコクが絡みつく。
さらに、噛みしめるたびに、白玉団子の驚異的なモチモチ感と、小豆の粒が残る極道あんこの上品な甘さが、口の中で奇跡のオーケストラを奏で始めたのだ。
「あ……あぁぁぁ……っ!」
カグヤの目から、バサバサのつけまつげを押し流すほどの、大粒の涙が滝のように溢れ出した。
「美味しい……っ! なにこれ、お芋が甘いぃぃっ! バターの塩気が絶妙で、白玉がモッチモチで……っ! ホテルの三万円のパフェなんて、ただの砂糖の塊に思えるわぁぁぁっ!」
カグヤは、もはやスプーンを使うことすらもどかしくなり、竹筒を両手で抱え込んで、まるで獣のようにパフェを掻き込み始めた。
ポタッ……ベチャッ!
夢中で食べるあまり、彼女が着ていたウン十万円はするであろうハイブランドのシルクのブラウスに、黄金色の芋ペーストと黒蜜がボタボタとこぼれ落ちていく。
だが、今の彼女はそんなことなど全く気にしていなかった。
「あむっ、んぐっ、はふぅぅっ! 美味しい……美味しいわぁっ! もっと、もっと甘味を我に……っ!」
顔中を芋ペーストと黒蜜だらけにし、泣きながらパフェを貪るその姿は、気高き月の女神でも、マウントを取るパリピ女子でもなく、ただ純粋に美味い飯にひれ伏した一人の『ポンコツ限界オタク』だった。
「ほーら見なさい。おじさんのご飯を一口食べたら、誰だって神のプライドなんか崩壊するんだから」
ルチアナが、カグヤの無惨な姿をエンジェルすまーとふぉんで連写しながら、勝ち誇ったように笑った。
「あははっ! カグヤちゃん、ブランド服が芋まみれだよぉ! これ絶対配信でバズるやつだね!」
キュララもドローンカメラを限界まで近づけ、その滑稽な姿を全世界に生配信している。
「……ふぅっ♡」
ものの数分で竹筒を舐めるように空にしたカグヤは、縁側に大の字になって寝転がり、完全に焦点の合わないアヘ顔を晒していた。
「もうだめ……私、天界にもタワマンにも帰れない……。おじさん、私、このパフェが毎日食べられるなら、ポルシェが鉄屑になったことなんか許してあげる……むにゃむにゃ……」
「おいおい、寝言は寝て言え」
俺は空になった竹筒を片付けながら、冷たく言い放った。
「出された飯を美味く食ったことだけは褒めてやる。だがな……タダ飯食わせてやるほど、極道のシノギは甘くねぇ」
「えっ……?」
カグヤが虚ろな目で俺を見上げる。
「そのパフェの器に使った竹、裏山の竹林から切り出してきたもんだ。……最近竹が育ちすぎて、開拓の邪魔になっててな。明日からてめぇも、そのドロドロになった服を脱いで『芋ジャージ』に着替えろ」
俺はニヤリと、極道特有の悪魔のような笑みを浮かべた。
「その借金まみれの車のローン代、ポポロ村の『竹林開拓とタケノコ掘り』の重労働で、キッチリ払わせてやるからな」
「えええええええええっ!?」
月の女神の絶望の悲鳴が、満月の夜空に響き渡った。
こうして、マウントを取りにきたはずのパリピ月神は、極道の圧倒的なスイーツの前に完全陥落し、ポポロ村の新たなる『底辺ジャージ労働者』として、泥まみれの日々へと引きずり込まれることになったのである。
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