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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 2

パリピ月神の降臨と、砕け散った信仰心

 ズンッドコッ! ズンッドコッ! ピーヒャラドンドンッ!!

 満月の夜空の下、のどかなポポロ村の静寂は、重低音を極限までブーストした下品なEDMエレクトロニック・ダンス・ミュージックによって無残にも引き裂かれていた。

 俺が耕し直したばかりの畑のすぐ脇に、タイヤ跡を深々と刻み込んで停まっているのは、ルナミス帝国でも一部の成金しか乗っていないド派手なネオンカラーの『超高級魔導オープンカー』である。

「いやぁ〜、マジで電波悪いわねここ。すまーとふぉんのギガ減るんだけどぉ」

 跳ね上がったガルウィングのドアから降りてきたのは、世界中の月兎族や人狼族から厚い信仰を集める、月の世界の創造神――カグヤだった。

 だが、その姿に神聖さなど微塵もない。

 最新トレンドのハイブランドで全身を固め、キラキラとロゴが光るバッグを腕に提げ、片手には半分ほど中身の減ったシャンパングラス。頭にちょこんと乗せたサングラスの奥では、バサバサのつけまつげが夜風に揺れている。

「あ、あの……カグヤ様、ですよね……?」

 手作りの祭壇の前で、キャルルが震える声で問いかけた。彼女の長い兎耳は、あまりのショックで力なく垂れ下がっている。

「あぁ? そーだけど? ってかアンタ誰? ウサギの獣人? ……あー、ハイハイ、私の熱烈な信者ね。ごめんねー、今サインとかやってないから。写真なら一枚銀貨五枚で撮ってあげるけどぉ?」

 カグヤはキャルルの純粋な信仰心を鼻で笑い、シャンパンをグイッと煽った。

「さ、サイン……銀貨五枚……」

 キャルルの目の前が真っ暗になる。

 彼女が幼い頃から、どんなに苦しい時も満月を見上げて祈りを捧げてきた、気高く慈悲深い月の女神。それが、ルナミス帝国の歓楽街でギャラ飲みに明け暮れる、ただのマウント気質のパリピ女だったのだ。

「ちょっと! 夜中に何の騒ぎよ!」

 その時、村長宅の縁側から、ピンク色の芋ジャージを着たルチアナが目を擦りながら飛び出してきた。その後ろからは、抱き枕を抱えたままのリーザと、パジャマ姿のキュララも顔を出す。

「あっ! いたいた! 噂の限界公務員!」

 カグヤはルチアナの姿を認めるなり、ヒールを鳴らして近づき、指を差してゲラゲラと爆笑し始めた。

「うわっ、マジでピンクの芋ジャージ着てんじゃんwww しかも顔に泥ついてるし! 世界神がド田舎で農作業って噂、本当だったんだー! 超ウケるんですけどぉ!」

「カ、カグヤ!? アンタなんでこんなところに……!」

 ルチアナの顔が、怒りと羞恥で真っ赤に染まった。

「なんでって、同期の悲惨な現状を視察に来てあげたのよ! ほら、こっち向いて! チーズ!」

 カシャッ!

 カグヤは手にした『エンジェルすまーとふぉん(最新のProモデル・ラインストーンデコ)』で、泥だらけのルチアナの顔を容赦なくフラッシュ撮影した。

「やめなさいよ! 消して! その画像消してぇっ!」

「無理無理ー! もう『限界公務員、ド田舎で大根引いてみた』ってタグ付けて、裏垢にアップしちゃったもーん☆ これでまたフォロワー増えちゃうわぁ」

 カグヤはスマホの画面を見せつけながら、勝ち誇ったように笑う。

「アンタだって、信者からの献上品を即日質屋にぶち込んでるくせに、何が気高き女神よ!」

 ルチアナが顔を真っ赤にして反撃に出た。

「『仏の御石の鉢』も『火鼠のかわごろも』も、信者が何年もかけて探した国宝級のアイテムなのに、アンタ全部売り飛ばしてタワマンの家賃とギャラ飲みの資金にしてるじゃないの!」

「当たり前じゃん!」

 カグヤは悪びれる様子もなく、胸を張って言い放った。

「あんな泥臭い鉢とかネズミの毛皮なんて、ハイブランドで統一した私の部屋に飾れるわけないでしょ! 即メルカ〇(天界のフリマアプリ)で売っぱらって、現金化したわよ! 信者も、私のお小遣い稼ぎに貢献できて本望でしょ?」

「――――ッッ」

 パリンッ。

 その言葉を聞いた瞬間、キャルルの心の中で、何かが完全に砕け散る音がした。

 彼女は、自分が徹夜で編み上げた祭壇の飾りと、満月に向けてお供えしていた月見団子を静かに見つめ……そして、手にしたダブルトンファーで、自らの祭壇を粉々に叩き割った。

「えっ……? 村長さん?」

 スアイが驚いて声をかけるが、キャルルの目は完全に据わっていた。

「……終わりましたわ」

 キャルルは、人参柄のハンカチで涙を拭い、吹っ切れたような、いや、完全に悟りを開いたヤンデレの笑顔を浮かべた。

「天界の神など、ただのクズとポンコツの集まり。……やはり、この世界で私が信仰し、お仕えすべき絶対的な存在(神)は、龍魔呂様ただ一人ですわ!!」

 ヤンデレ村長の信仰対象が、ついに月神から極道農家へと完全にシフト完了した瞬間だった。

「あーあ、信者ちゃん泣いちゃったじゃん。ルチアナが泥臭いから幻滅したのよ、きっと」

「アンタのゲスな本性がバレたからでしょ! この同担拒否の厄介オタク!」

 ズンッドコッ! ズンッドコッ!

 二柱の神が畑の横でキャットファイト一歩手前の口論を繰り広げている間も、カグヤの乗ってきた魔導オープンカーからは、耳障りなEDMの重低音が村中に鳴り響き続けていた。

「……おい」

 ――カチッ。

 夜の冷気を切り裂くように、真鍮製のオイルライターの音が響いた。

 神々の醜いレスバも、魔導カーの爆音も、その一瞬だけは完全に掻き消された。

 ズウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!

 ポポロ村の重力が、倍加したような錯覚。

 村長宅の縁側から、パジャマの上にドカジャンを羽織り、首にタオルを巻いた巨漢――俺が、ゆっくりと歩み出てきた。

 背後からは、月明かりすらも黒く塗り潰すほどの『赤黒い極道の闘気』が、巨大な阿修羅の幻影となって天を衝いている。

「ヒィッ……!」

 ルチアナが反射的に悲鳴を上げ、リーザの背後に隠れた。

 だが、カグヤは俺のオーラを見ても、酔っているせいか全く事態を理解していなかった。

「なによこのおっさん。ルチアナの新しい信者? それとも農家のオヤジ? 悪いけど、私のルナミス・ポルシェに泥つけたら金貨千枚請求するわよ?」

 カグヤがシャンパングラスを揺らしながら、俺を見下して鼻で笑った。

「……農家のオヤジ、か。違いねぇな」

 俺はマルボロの煙を吐き出しながら、ド派手な魔導オープンカーのボンネットの前に立った。

「だがな、極道のルールってもんがある。……夜更けに他人のシマ(畑)の横で、爆音鳴らしてエンジンかけっぱなしにしてる迷惑なガキは」

 俺は、赤黒い闘気を極限まで圧縮した右の拳を振り上げ、魔導オープンカーのボンネットのど真ん中に向かって、無造作に振り下ろした。

「極道流・騒音苦情(鉄槌)」

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!

 鼓膜が破れるかと思うほどの爆音と共に、超高級魔導カーのフロント部分が、まるで空き缶を踏み潰したかのように『V字』にひしゃげた。

 俺の拳から放たれた衝撃波が車体の内部機構を完全に粉砕し、鳴り響いていたEDMの音楽は「ピギャッ」という断末魔を上げて完全に沈黙した。

 ボンネットからはシューシューと白煙が上がり、数千万は下らないであろう超高級車が、一瞬にしてタダの鉄屑のオブジェへと成り果てた。

「――――ッッ!?」

 カグヤの手にしていたシャンパングラスが、ポロリと滑り落ちて地面で砕け散った。

 彼女は、口をパクパクと金魚のように開閉させ、目の前の惨状と、それを引き起こした男を交互に見つめた。

 魔法の詠唱もなし。スキルもなし。ただの拳一つで、魔法装甲の施された車体を紙クズのように叩き潰したのだ。

「あ、あ、あぁ……私の、私のフルローンで買ったオープンカーがぁぁぁっ!?」

 カグヤが頭を抱えて絶叫する。

「静かになったな。これでやっと眠れるぜ」

 俺は拳の熱を払い、へなへなと座り込んだカグヤを冷たく見下ろした。

「おい、パリピの姉ちゃん。ここはギャラ飲みの会場じゃねぇ。俺の畑の前でイキり散らすなら……てめぇも車ごとスクラップにして、明日の大根の肥料にしてやるぞ」

 月明かりの下、極道の圧倒的な物理のプレッシャーが、月神のハイブランドのプライドを完全に粉砕した。

 天界からマウントを取りにやってきたカグヤだったが、彼女の受難(と極道コンプライアンスの洗礼)は、まだほんの序の口にすぎないのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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