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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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第十二章 ヤンキー農家と月神の襲来。裏垢レスバと竹取の宴

月兎の祈りと、満月の夜に降り立つパリピの影

 朝靄に包まれたポポロ村の畑に、「うんとこしょ、どっこいしょぉぉっ!」という、神様らしからぬ泥臭い掛け声が響き渡っていた。

 ズボォォォッ!

 ふかふかの土の中から、丸々と太った立派な『月見大根』が勢いよく引き抜かれる。

「やったぁ! これで今日のノルマの百本目よ!」

 ピンク色の芋ジャージを泥だらけにし、タローマン製の長靴を履いた世界神ルチアナが、巨大な大根を空高く掲げて歓声を上げた。彼女の美しい顔には泥がはね、額からは滝のような汗が流れ落ちている。

 先日の『ルナ・イーツ抱き枕代引き騒動』により、俺――鬼神龍魔呂に金貨五枚(約五万円)の借金を作ってしまったルチアナは、こうして毎朝、夜明けと共に叩き起こされ、腰が砕けるほどの『大根引き抜き作業』を強制されていた。

「ぜぇ、ぜぇ……。私、世界を創った第3種惑星創造神格公務員なのに……どうして毎朝泥だらけになって大根と格闘してるのよぉ……」

 ルチアナは引き抜いた大根をカゴに放り込むと、畦道にペタンと座り込んで肩で息をした。

「甘えないでルチアナ! アンタが借金なんてするから、居候の私まで連帯責任で農作業手伝わされてるんじゃないの!」

 隣では、同じく芋ジャージ姿のリーザが、泥だらけになりながら大根の葉を切り落としていた。

 パンの耳を巡って泥試合を演じた二柱(神と人魚)は、今やすっかり『底辺ポイ活同盟』として、ポポロ村の農作業の貴重な労働力(下働き)として定着しつつあった。

「……おい、羽虫ども。手が止まってんぞ」

 カチッ。

 静かな畑に、真鍮製のオイルライターの冷たい金属音が響く。

 俺は畦道に置いた丸太に腰掛け、マルボロの煙を細く吐き出した。

「極道のシノギは甘くねぇぞ。百本抜いたくらいでへばってたら、金貨五枚分の借金(労働)を返すのに何年かかるか分からねぇな。……それとも、今すぐマグローザ漁船に乗るか?」

「ヒィィィッ! や、やります! 抜きます! 大根の神になりますぅぅっ!」

 マグローザ漁船というワードを聞いた瞬間、ルチアナは弾かれたように立ち上がり、再び狂ったようなスピードで大根を引き抜き始めた。

「……はぁ。本当に、世も末ですわ」

 俺の隣で、ヤンデレ村長のキャルルが、自前の人参茶を入れた水筒の蓋を開けながら、深い深いため息をついた。

「世界神が、借金のために泥まみれで大根を抜いているなんて。……ルチアナ様のあのような世俗的でみすぼらしいお姿を見るたびに、私の天界に対する信仰心は、音を立てて崩れ去っていきますわ」

 キャルルは、泥だらけのジャージで「おりゃぁぁっ!」と喚いている最高神を、文字通りゴミでも見るような冷ややかな目で見下ろしていた。

「まぁ、いいじゃねぇか。働かざる者食うべからずだ。神様だろうが何だろうが、汗水垂らして働いた後の飯が一番美味いんだよ」

 俺は携帯灰皿にマルボロを押し当て、立ち上がった。

「そろそろ朝飯にするか。今日は、採れたての月見大根の葉っぱを使った『菜飯なめし』と、出汁がたっぷり染み込んだ『ふろふき大根』だ」

「「ご、ご飯っ!!!」」

 俺がそう宣言した瞬間、ルチアナとリーザが、泥だらけの顔のまま凄まじい勢いで振り返り、猛ダッシュで井戸へと向かっていった。

「ご飯! おじさんのご飯! 早く泥を落とすのよリーザ先輩!」

「どきなさいよルチアナ! 私が先に手を洗うの!」

 神の威厳の欠片もない二人の背中を見送りながら、俺とキャルルも村長宅の縁側へと向かった。

 数十分後。

 村長宅の縁側には、土鍋から立ち昇る極上の湯気と、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂いが充満していた。

「さぁ、食いな。極道特製、朝の月見大根定食だ」

 俺がドンッとお盆を置くと、ヒロインたちは一斉に箸を突き出した。

 今日の主役は、もちろん先ほどまでルチアナが引き抜いていた『月見大根』だ。

 分厚く輪切りにして面取りをした大根を、昆布と肉椎茸の黄金の出汁で一晩じっくりと煮込み、箸がスッと入るほどトロトロに仕上げた『ふろふき大根』。その上には、シープピッグのひき肉を甘辛く炒め、特製の味噌と絡めた『肉味噌』がたっぷりと乗せられている。

 そして、白米に混ぜ込まれているのは、細かく刻んだ大根の葉を胡麻油でサッと炒め、塩と白胡麻で味を調えた『菜飯』である。

「い、いただきますっ!」

 ルチアナが、ふろふき大根を箸で割り、肉味噌をたっぷりと絡めて口に運んだ。

 ハフッ、ジュワァァァァッ……。

「……ッッ!!!」

 ルチアナのエメラルドの瞳が、限界まで見開かれた。

 美味すぎる。

 歯を立てる必要すらないほど柔らかく煮込まれた大根から、肉椎茸と昆布の濃厚な旨味を吸い込んだ極上の出汁が、滝のように口の中へ溢れ出す。そこに、シープピッグの肉味噌のガツンとしたコクと、甘辛い味噌のパンチが加わり、大根特有の甘みを究極の次元へと引き上げていた。

「あぁぁぁぁ……っ! 美味しいぃぃぃっ!」

 ルチアナの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

「大根がお口の中で溶けちゃうぅっ! お肉の味噌が甘辛くて、無限にお米が食べられるわぁっ! それにこの菜飯! 大根の葉っぱのシャキシャキ感と、胡麻油の香ばしさがたまらないぃぃっ!」

「ズズッ……ハフッ……最高ね! 自分が泥だらけになって収穫した野菜だから、余計に美味しく感じるわ!」

 リーザも無心で菜飯をかき込み、ふろふき大根を頬張っている。

 労働の後の極道飯。それは、彼女たちの底辺に堕ちた心を、優しく、そして力強く満たしていく至高の麻薬だった。

「……ふふっ。龍魔呂様のお料理は、いつでも最高ですわ」

 キャルルも上品に菜飯を口に運び、幸せそうに微笑んだ。

 だが、彼女はふと縁側から空を見上げ、真剣な表情を作った。

「龍魔呂様。今夜は、雲ひとつない美しい『満月』になりますわ。私たち月兎族にとって、満月の夜は特別な日。今夜ばかりは、私も気を引き締めて、神聖なる儀式を行わなければなりません」

「あぁ? 儀式?」

 俺が首を傾げると、キャルルは居住まいを正した。

「ええ。天界におわす、月の世界を統べる気高き女神……『カグヤ』様への祈りの儀式ですわ」

 キャルルがその名を口にすると、横で菜飯をかき込んでいたルチアナの動きがピタッと止まった。

「カグヤ様は、それはもう美しく、神聖で、気高く、決して俗世の欲にまみれることのない、完璧な女神なのです。……どこかの、ジャージ姿で泥だらけになって借金返済のために大根を抜いている、ポンコツな世界神とは大違いですわ!」

 キャルルがルチアナをチラリと見て、皮肉たっぷりに言い放つ。

「な、なによキャルル! アンタ、あの月ウサギ女の信者だったの!?」

 ルチアナが口の周りに肉味噌をつけたまま、ムキになって反論した。

「あのカグヤのどこが気高いのよ! あいつ、信者からの献上品を質屋にぶち込んで、ルナミス帝国のタワーマンションで夜な夜なギャラ飲みしてるような俗物中の俗物よ! 裏垢で私のこと『芋ジャージの限界公務員ww』とかバカにしてくる、超絶性格悪い女なんだからね!」

「嘘ですわ! カグヤ様がそのような下品な真似をなさるはずがありません! ルチアナ様がご自分のポンコツぶりを誤魔化すために、カグヤ様を貶めているだけですわ!」

 ヤンデレ村長と家出女神の間に、バチバチと火花が散る。

「まぁまぁ、お前ら飯の時に喧嘩すんじゃねぇ」

 俺は二人を制し、残りの菜飯をかき込んだ。神様同士のライバル関係だか裏垢レスバだか知らねぇが、俺にとっては、誰が気高かろうがポンコツだろうが、畑を荒らさなければどうでもいいことだ。

 ◇ ◇ ◇

 そして、その夜。

 ポポロ村の空には、見事な真ん丸の満月が、煌々とその冷たい光を投げかけていた。

 キャルルは村の広場に小さな祭壇を設け、ススキを飾り、静かに祈りを捧げていた。

「気高き月の女神、カグヤ様。どうか、このポポロ村に平和と、そして……龍魔呂様との輝かしい未来を……」

 月兎族である彼女にとって、満月の夜は力がみなぎり、そして信仰心が最も高まる神聖な時間である。

 ルチアナが縁側で抱き枕に頬ずりしながらイビキをかいているのとは大違いの、厳かな空気が流れていた。

 ……だが。

 その神聖な静寂は、空から降ってきた『異音』によって、無残にも引き裂かれた。

 ズンッドコッ! ズンッドコッ! ピーヒャラドンドンッ!!

「……え?」

 祈りを捧げていたキャルルが、目を開けて空を見上げた。

 満月の光を遮るように、上空から何かが降下してくる。

 それは、神々しい天馬の馬車でも、光の御柱でもなかった。

 ルナミス帝国の最新技術で作られたであろう、ド派手なネオンカラーに輝く『超高級魔導オープンカー』だった。

 車体からは、低音を極限までブーストした下品なEDMエレクトロニック・ダンス・ミュージックが爆音で鳴り響いている。

「な、なんですの……あの下品な乗り物は……?」

 キャルルが呆然と立ち尽くす中、魔導オープンカーは、俺が昨日耕し直したばかりの畑のすぐ隣に、タイヤをキュルキュルと鳴らしながら強引に着陸した。

 ブシューッ! と派手なスモークが焚かれ、ガルウィングのドアが上へと跳ね上がる。

 そして、中から降りてきたのは。

 全身を最先端のハイブランドで固め、巨大なサングラスを頭に乗せ、片手にシャンパングラスを持った、絶世の美女だった。

「いやぁ〜、やっぱ下界の空気は淀んでるわねぇ。ルナミスの六本木(魔法街)のギャラ飲み帰りにはキツいわぁ〜」

 美女はシャンパンを一口煽り、ドン・キホーテの前にたむろするヤンキーのような気怠い口調で呟いた。

「えっ……あ、あの、お美しいお姿……そしてその頭に輝く月の光輪……」

 キャルルが震える声で問いかける。

「まさか……気高き月の女神、カグヤ様……!?」

「あぁ? そーだけど? アンタ誰? ってか、ルチアナのポンコツはどこよ。アイツがこんなド田舎で泥まみれになってるって噂聞いて、裏垢にアップしてやろうと思ってわざわざ来てやったんだから」

 月の女神カグヤは、キャルルの信仰心など一瞥もくれず、シャンパングラスを揺らしながら下品に笑った。

「…………ッッ」

 パリンッ。

 キャルルの心の中で、長年大切に育ててきた『月の女神への信仰心』という名の美しいガラス細工が、音を立てて粉々に砕け散った瞬間だった。


 満月の夜、ポポロ村に降り立ったのは、気高き女神ではなく、ハイブランドとギャラ飲みに染まった「マウント全開のパリピ神」だった。

 信仰を粉砕されたヤンデレ村長の絶望と、極道農家の「畑の横での爆音駐車」に対する怒りが、新たな波乱の幕開けを告げていた。

お読みいただきありがとうございます!


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