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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 8

天然エルフの市場破壊阻止と、極道の土壌管理

「皆様、お花一つでそんなに喜んでいただけるなんて……私、とっても嬉しいですわ!」

 ポポロ村の広場で、次期エルフ女王であるルナ・シンフォニアが、ふわふわのドレスを揺らしながら満面の笑みを浮かべた。

 彼女の手には、世界樹から授かった神聖なる杖が握られている。その先端の宝玉が、夕暮れの空の下で、不穏なまでに眩いエメラルドグリーンの光を放ち始めていた。

「ですから私、世界樹にお願いして、この広場を『純金でできた本物のお花畑』にして差し上げますわ! そうすれば、金貨を払わなくても、皆様もっともっと幸せになれますわね〜!」

 悪意ゼロ、純度百パーセントの善意。

 ルナが杖を天に掲げた瞬間、ポポロ村の広場を囲む大地がゴゴゴゴ……と鳴動し始めた。

「うおおおおっ! エルフのお姫様が、純金を生み出してくれるぞぉぉっ!」

「一生遊んで暮らせる! バンザーイ!」

 造花を求めて押し寄せていた貴族や商人たちが、欲望剥き出しの歓声を上げる。

 だが、その狂乱の中で、一人だけ顔面を真っ青にして震え上がっている女がいた。

「ス、ストォォォォォォォォップッ!!!」

 ピンク色の芋ジャージを着た世界神ルチアナが、猛烈なスピードでルナに飛びかかり、その細い腰にタックルを決めた。

「きゃっ!? ル、ルチアナ様? どうされましたの?」

「馬鹿! あんた何てことしようとしてんのよ! 広場一面の純金なんて市場に流したら、アナステシア世界の経済(相場)が完全に崩壊しちゃうじゃないのぉぉっ!」

 ルチアナは血走った目でルナの肩を揺さぶった。

 彼女はただのポンコツジャージ女に見えて、腐っても『第3種惑星創造神格公務員』である。世界のバランスを管理するお役所仕事のトップなのだ。

「いい!? もしあんたが数トン単位の純金をばら撒いたら、お金の価値が暴落するの! ハイパーインフレよ! 明日の朝には、パン一つ買うのに金貨が百枚……いや、一万枚必要になるかもしれないのよ!」

「えっ……?」

「そうなったら、商人たちは大パニック、国同士の経済バランスは崩壊、世界中が飢えと略奪の嵐よ! そして何より……その事態の収拾と、銀河神への言い訳の『始末書』を何万枚も書かされるのは、この私なのよぉぉぉっ!!」

 ルチアナの叫びは、世界を憂う神の慈愛などではなく、完全に『面倒な後始末デスクワークを増やしたくない限界公務員』のそれだった。

「パ、パン一つに金貨一万枚……!?」

 それを聞いて一番顔色を変えたのは、リーザだった。

「だ、ダメよ! そんなことになったら、私の毎日の『パンの耳ポイ活』が破綻しちゃうじゃない! ルナ、お願いだからやめて! 私、一生お肉が食べられなくなっちゃうぅぅっ!」

「ええ〜? でも、お金の価値が下がるなら、世界中の土を全部純金に変えてしまえば、みんな平等にお金持ちになれますわよね?」

 ルナは小首を傾げ、経済学を根本からへし折る狂気の提案をニコニコと口にした。

「世界中の土を純金に……これぞ、究極のSDGsですわ! さぁ、世界樹よ、我らに黄金の恵みをぉぉっ!」

 ピカァァァァァァァァァッ!!

 ルナの杖から放たれる光が臨界点に達し、広場の地面が、土気色から眩い黄金色へと変色し始めようとした、その時。

 ――カチッ。

 狂乱の広場に、極めて冷たく、そして重い金属音が響き渡った。

「……おい」

 地獄の底で煮詰められたような、ドス黒い声。

 世界樹の光すらも強引に捻じ伏せるほどの、漆黒の殺意に染まった『赤黒い極道の闘気』が、巨大な阿修羅の幻影となって夕空を覆い尽くした。

「ヒィッ……」

 ルチアナとリーザが、反射的にルナから飛び退いた。

 黄金色に染まりかけていた土を踏み締め、俺――鬼神龍魔呂が、静かにマルボロの煙を吐き出しながら歩みみ出てきたのだ。

「お、おじさん……!」

「龍魔呂様……?」

 ルナがきょとんとして俺を見上げる。

 俺は、ルナの前に立つと、真鍮製のオイルライターをポケットにしまい、大きな右手をゆっくりと持ち上げた。

「土を、純金に変えるだと?」

 俺の声は、怒りで低く震えていた。

「てめぇ……土壌改良を舐めてんのか」

「……え?」

 経済の崩壊を危惧していたルチアナたちが、予想外の角度からの言葉にポカンと口を開ける。

「いいか、ふかふかの土ってのはな、一日二日でできるモンじゃねぇんだ。ミミズが土を食い、微生物が落ち葉を分解し、何年もかけてやっと作物が育つ『生きた土』になるんだよ」

 俺は、ルナの掲げた杖の先端を、素手でガシッと掴んだ。

「それを、全部純金に変える? きんで大根が育つか? 金で麦が実るか? 土が呼吸できなくなったら、畑はただの死の荒野だ」

 俺の背後に浮かぶ極道のオーラが、般若のような怒りの形相へと変わる。

「極道のルール。命の源である『土』を、世俗のマネーで汚す奴は……エルフのお姫様だろうが、容赦しねぇ」

「あ、あの……龍魔呂様? 私、皆を笑顔にしようと……」

「世迷言は、ツラを洗ってから言え」

 俺は掴んだ杖を強引に引き下げると同時に、空いた左手で握り拳を作り、ルナの頭頂部に向かって振り下ろした。

「極道流・生態系保護ゲンコツ

 ゴッッッッッッッ……!!!!

 鈍く、しかし脳髄に響くような見事な打撃音が、広場に鳴り響いた。

「ふにゃぁぁぁぁぁっ!?」

 ルナは両手で頭を抱え、涙目になってその場にしゃがみ込んだ。

 エルフの次期女王の頭のてっぺんに、見事な『たんこぶ』が一つ、湯気を立てて膨れ上がっている。

 俺の物理的制裁ゲンコツが直撃した瞬間、杖から放たれていた世界樹の魔力は完全に霧散し、黄金に変わりかけていた広場の土は、元の泥臭くも温かい土へと戻っていった。

「あ、あいたた……っ。ご、ごめんなさい、龍魔呂様……。私、土の微生物さんたちの気持ちを考えていませんでしたわ……」

 ルナが涙目で反省し、シュンと縮こまる。

「ったく。善意だからって何でも許されると思うなよ。土を大事にできねぇ奴に、美味い飯を食う資格はねぇ」

 俺は首のタオルで汗を拭い、群衆たちに向かって凄んだ。

「おい、てめぇらもだ。楽して金儲けしようなんて甘ぇ考えは捨てろ。欲しけりゃ、この土を耕して自分で稼ぎな! 今日はもう閉店だ、散れ散れ!」

 俺の極道オーラに恐れをなした貴族や商人たちは、「ひぃぃっ!」「命の源は土! 肝に銘じますぅぅ!」と叫びながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「た、助かったぁぁぁ……っ!」

 ルチアナが、その場にへたり込んで安堵の涙を流した。

「ありがとうおじさん! アンタのおかげで、アナステシアの経済と、私の平穏なデスクワークが守られたわ! やっぱり、最後の頼りになるのは極道の物理ゲンコツね!」

「私もお肉の未来が守られたわ……! ルナのバカ! あんたの善意は時に世界を滅ぼすのよ!」

 リーザがルナの頬をペチペチと叩いて説教を始めている。

「……まぁ、なんとか収まりましたわね」

 キャルルが人参茶を啜りながら、呆れたようにため息をついた。

 純金による市場崩壊の危機は、極道農家の『土への愛』という全く噛み合わない理屈によって、あっけなく粉砕されたのである。

「よし、一件落着だ。腹も減ったし、夕飯にするか」

 俺がそう言って、村長宅へ戻ろうと背を向けた、その時だった。

 ――ビリビリビリビリッ……!!!

 突如として、ポポロ村の上空の空気が、異常な静電気を帯びて激しく振動し始めた。

 ただの魔力ではない。それは、ルチアナが放っていたポンコツなオーラとは次元が違う、冷徹で、規律に満ちた、圧倒的な『神気』の塊だった。

「え……?」

 ルチアナの顔面から、一瞬にして血の気が引いた。

 彼女はガタガタと震えながら、ゆっくりと夜空を見上げる。

 雲を切り裂き、黄金の翼を広げて降臨してくる一つの影。

 手には『聖槍グラニ』と『聖盾シュテル』を構え、その美しい顔には、絶対零度の怒りと冷徹なお役所仕事の執行者の表情が張り付いている。

「あ、あぁ……ウソでしょ……。すまーとふぉんのGPSは切っておいたのに……」

 ルチアナは、俺のツナギの裾の影に隠れるようにして、絶望の悲鳴を上げた。

「ヴァルちゃんが……怒りの天使長(委員長)が、私を連れ戻しに追ってきたぁぁぁぁぁっ!!」

 神の借金問題を乗り越え、市場崩壊を阻止した直後。

 天界からの最恐のお仕置き人が、極道農家のシマへとついにその足を踏み入れようとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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