EP 7
マグローザ漁船の恐怖と、神様の内職大作戦
極道大衆居酒屋での宴から一夜明けた、ポポロ村の朝。
村長宅の縁側には、爽やかな朝の空気とは対照的な、この世の終わりを告げるような絶望の叫び声が響き渡っていた。
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!! マグローザ漁船だけは嫌ぁぁぁぁぁっ!!」
二日酔いで頭を抱えていたはずの世界神ルチアナが、ピンク色の芋ジャージ姿で涙と鼻水を撒き散らしながら、畳の上をゴロゴロと転げ回っていた。
彼女の手に握られているエンジェルすまーとふぉんの画面には、赤文字で無慈悲な警告ポップアップが表示されている。
『【重要】クレジットカードご利用代金のお引き落としについて(明日)』
『※残高不足によりお引き落としができなかった場合、規約に基づき、天界より黒服回収部隊(マッチョ天使)を派遣し、シーラン海域のマグローザ漁船へとご案内させていただきます。』
「どうしようどうしよう! 朝倉月人君のDVDとグッズを買いすぎたせいで、限度額いっぱいの百万円(金貨百枚)の請求が来てるのよぉっ! 私の天界の口座、今月のソシャゲ課金で残高スッカラカンなのにぃぃっ!」
ルチアナは完全にパニック状態に陥っていた。
マグローザとは、シーラン海に生息する巨大で凶暴な魚型魔獣だ。その漁船に乗せられるということは、借金を返すまで過酷な海の上でタコ部屋労働を強いられる、異世界における『究極の債務者ホイホイ』を意味していた。
「お、おじさぁぁぁぁんっ!!」
ルチアナは、庭でパンアメリカ(愛車のバイク)を磨いていた俺――鬼神龍魔呂の足元に、凄まじいスライディング土下座をかました。
「お願い、一生のお願い! お金貸して! 金貨百枚でいいから! 絶対に返すからぁっ!」
「あぁ?」
俺は磨き布を置き、足元で靴にすがりつく最高神を冷たい目で見下ろした。
「極道のルールその六。金の貸し借りは、人間関係を濁らせるからやらねぇ。借金は自分で汗水流して返せ。それが筋ってもんだ」
「そんな殺生なぁぁっ! 世界を創った神様を見殺しにする気ぃっ!?」
「神様だろうが何だろうが、自分の物欲(推し活)で首が回らなくなったんだろ。自業自得だ」
俺は真鍮製のライターでマルボロ赤に火をつけ、紫煙を吐き出した。
「だが……俺のシマの住人がマグローザ漁船にドナドナされるツラを見るのは寝覚めが悪い。金を貸すことはできねぇが、稼ぐ『シノギ』なら用意してやる」
「ほ、本当!? さすがはおじさん! で、どんなシノギなの? やっぱり魔王軍の砦でも一つ落として金庫を奪ってくる系のやつ?」
「馬鹿野郎。極道がそんな強盗まがいの真似をするか」
俺は自分の懐からスマートフォンを取り出し、通販機能の画面を操作して、ある『セット』を大量に注文した。
数秒後、光の粒子と共に、村長宅の縁側にドサドサッと巨大な段ボール箱がいくつも現れた。
「えっと……これ、なに?」
段ボールを開けたルチアナが、きょとんとした顔で首を傾げる。
中に入っていたのは、大量の『針金』『緑色のテープ』、そして色とりどりの『布の花びら』のパーツだった。
「内職キットだ。ひたすら針金にテープを巻きつけて、花びらを通して『造花』を作る。一本完成につき、報酬は1円(同粒1枚)だ。金貨百枚(百万円)稼ぐには……まぁ、百万本作ればいいってこったな」
「ヒィィィィィィィッ!!?」
ルチアナが白目を剥いて卒倒しかけた。
「ひゃ、百万本!? 一本一円の内職で!? そんなの、引き落としの明日までに終わるわけないじゃないのぉぉっ!」
「泣き言を言って手が止まってるぞ。マグローザの餌になりたくなきゃ、死ぬ気で手を動かせ。おい、リーザ! ルナ! てめぇらもタダ飯食ってねぇで手伝え!」
「えええええっ!? なんで私もぉぉっ!?」
パンの耳をかじっていたリーザと、優雅にお茶を飲んでいたルナが、巻き添えを食らって縁側のコタツへと強制連行された。
かくして、ポポロ村の村長宅にて、前代未聞の『神様と王女とエルフの強制内職大作戦』が幕を開けた。
「うぅっ……指が痛いぃ……テープがくっつくぅ……」
「アイドルたるもの、こんな地味な作業で指先を荒らすなんて……っ! でも、龍魔呂さんの美味しいご飯のためなら……!」
「あらあら、お花を作るのは楽しいですわ〜」
ルチアナとリーザが涙目で針金を曲げる横で、植物と友達であるルナだけがニコニコしながら尋常ではないスピードで造花を量産していく。
キュララはドローンカメラを回し、『【悲報】世界神ルチアナ、借金返済のために造花の内職を始める』という身も蓋もないタイトルの配信をスタートさせていた。
数時間が経過し、コタツの周りには段ボール数箱分の『完成した造花』が山積みになっていた。
だが、ただの内職だと侮るなかれ。
造花を作っていたのは、アナステシア世界を創造した最高神、世界樹の加護を受ける次期エルフ女王、そして人魚の王族の三人である。
彼女たちが無意識のうちに込めた『神気』や『生命のオーラ』、そして『強欲なまでの祈り(Love & Money)』が、ただの布と針金でできた造花を、規格外のアーティファクトへと変貌させていたのだ。
ルチアナの作った造花は、ほのかに黄金色の後光を放ち。
ルナの作った造花は、布のはずなのに瑞々しい本物の花の香りを漂わせ。
リーザの作った造花は、なぜか見つめるだけで金運が上がりそうなギラギラとしたオーラを放っている。
「なんやこれ……。ただの造花やないで……!」
村の財務担当であるゴルド商会のニャングルが、納品された造花を査定しに来て、黄金の算盤を落としそうになった。
「神気と生命力がこれでもかってくらい凝縮されとる……。これ、一本部屋に飾るだけで厄除け、無病息災、金運アップ間違いなしの、超一級品の『聖遺物』やないかい!!」
ニャングルの商人魂に火がついた。
彼は即座に、ゴルド商会の強力な流通網と、キュララの配信のバズを利用して、この『ポポロ村特製・神々のご利益造花』の噂をルナミス帝国中にバラ撒いた。
『世界神が直接手作りした奇跡の造花!』
『飾るだけで商売繁盛、恋愛成就! 数量限定!』
ネット社会の拡散力は恐ろしい。噂は瞬く間に大陸全土を駆け巡った。
その日の夕方。
俺が畑の草むしりを終えて村の広場に戻ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「お、お願いします! そのご利益造花を、我が商会に百本売ってください!」
「こっちが先だ! 金貨ならいくらでも出す! 娘の病気を治すために、ルナ様の造花をぉぉっ!」
「リーザちゃんの金運造花で、明日の競馬の資金を……っ!」
ルナミス帝国の裕福な貴族たちや、大商会のトップ、さらにはSランク冒険者たちまでもが、村の広場に大挙して押し寄せ、ニャングルの屋台の前で土下座して懇願していたのである。
「え、えっ……!? ちょっとニャングル、これどういうこと!?」
縁側から這い出てきたルチアナが、群衆の狂乱ぶりを見て目を丸くする。
「ウヒョヒョヒョ! ルチアナのお姉ちゃん、大儲けでっせ! お姉ちゃんらが作った造花、一本『金貨一枚(一万円)』で飛ぶように売れとりますわ! これなら百万円の借金なんて、秒で完済でっせ!」
「い、い、一本一万円……!!?」
ルチアナの瞳が、凄まじい勢いで「$」のマークに変わった。
一本一円の底辺内職が、神のブランド力と商人の手腕によって、一万倍の利益を生み出す超絶ボロいシノギへと変貌したのだ。
「うおおおおおっ!! マグローザ漁船回避ぃぃぃぃっ!! 作るわ! 我は造花の神になるわぁぁぁっ!!」
ルチアナは猛烈な勢いでコタツに戻り、手の残像が見えるほどのスピードで針金を曲げ、造花を量産し始めた。
「私のお花も一本一万円……! これならお肉がいっぱい食べられるわっ!」
リーザも便乗して目を血走らせている。
「あぁ〜っ、神様が作った造花、尊すぎるぅぅっ!」
群衆たちは、完成したそばから造花をありがたそうに受け取り、金貨の山をポポロ村の口座へと振り込んでいく。
ただの内職の造花が、完全なポポロ村の『名産品』として定着してしまった瞬間だった。
「……たく、何がご利益だ。あいつら、推し活と肉の執念で手ェ動かしてるだけだろうが」
俺は呆れながら、真鍮製のライターでマルボロに火をつけた。
神様の内職キットが、まさかここまでの市場規模に膨れ上がるとは、極道の俺でも計算外だ。まぁ、村の口座が潤って、ルチアナがマグローザ漁船行きを免れたなら、よしとするか。
……だが、この「金貨が乱れ飛ぶ狂乱」を、ニコニコしながら見つめている危険な存在がいることを、俺たちは忘れていた。
「まぁ、皆様お花を一つ買うだけで、金貨を一枚も払ってくださるのですね」
ルナ・シンフォニアが、ふわふわのドレスを揺らして微笑んだ。
「お花でこんなに喜んでいただけるなら……私が世界樹にお願いして、この広場を『純金でできた本物のお花畑』にして差し上げましょう! そうすれば、皆様もっともっと幸せになれますわね〜!」
悪意ゼロの善意が、ルナミス帝国の経済(相場)を完全に崩壊させる『純金無限生成』という禁断のスイッチに手をかけようとしていた。
神の借金問題が解決したのも束の間。
次なるカオスは、天然エルフの暴走によって引き起こされようとしていたのである。
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