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『極道農家のスローライフ〜ただ畑を耕していただけなのに、なぜか三国を無血制圧する覇王として崇められています〜』  作者: 月神世一


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EP 6

前世ギャグと『月曜日の社畜』大合唱

 夜も更けたポポロ村の広場。

 極道農家が一夜限りでオープンした『大衆居酒屋・極道亭』の赤提灯の下では、完全に出来上がった三人の女たちが、肩を組んで大合唱を繰り広げていた。

「そーれっ! ミュージック、スタートぉぉっ!」

 キュララがエンジェルすまーとふぉんからカラオケ音源を流し、世界神ルチアナと人魚姫リーザが、ネギマの串をマイク代わりにして熱唱を始める。

 曲目は、ルチアナが愛してやまない地球のイケメンアイドル・朝倉月人の大ヒットナンバー。

 現代社会の闇をポップなメロディに乗せた名曲、『月曜日の社畜』である。

『ガンガンガンガン! アタマガガン!

 目覚まし時計の 「キーン」 が辛い

 月曜日だ 朝からバックレしたい〜

 布団の宇宙から 帰還 したくないっ!』

「いくわよリーザ! ここからBメロ!」

「まかせてルチアナ! アイドルステップよ!」

『満員列車は嫌だ〜 寿司詰めギュー詰め

 汗と香水の スメルハザード

 ドナドナドナドナ〜 会社に運ばれる

 魂抜けた サラリーマン行進……!』

 ジャージ姿の神と人魚が、赤ら顔で千鳥足のステップを踏む。

 その光景は、もはや神聖さの欠片もなく、新橋のガード下で終電を逃したサラリーマンそのものだった。

『電車が 止まってくれれば〜 (あぁ、神様!)

 会社に 隕石落ちてくれ〜 (せめて台風!)

 宝くじよ 当たってくれぇ

 ルルルールルルー 現実逃避行ぉぉぉっ!!』

「……なんだ、その世知辛ぇ歌は」

 俺――鬼神龍魔呂は、カウンターの奥で焼き鳥の網を洗いながら、呆れ果ててため息をついた。

 神様だか何だか知らねぇが、歌っている内容が完全に『限界を迎えた平社員』のそれである。

『せめてコンビニで朝飯〜 癒やしを求めて

 誰だよ エビマヨ買い占めた奴ぅ〜 (許せん!)

 ツナマヨじゃ嫌だ オカカしかねぇ〜

 「ご縁」 しか結べぬ 侘しい 朝だ...』

「わかるぅぅっ! オカカしか残ってない時の絶望感、わかるわぁっ!」

 リーザが、かつての極貧ポイ活生活(今日の朝まで)を思い出してボロボロと涙を流す。

 そして、三人は天に向かって最後の叫びをコーラスした。

『もう一回だけ ベッドに戻りたぁぁぁぁぁぁいっ!!!』

「……うっ、うぅっ……うわぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 歌い終わった瞬間、ルチアナがジョッキの横に突っ伏して、号泣し始めた。

「やってらんないわよぉぉっ! 世界神なんて言ったって、ただの『第3種惑星創造神格公務員』じゃないのよぉっ! 上司のハゲ(オリン)からはPV率上げろって詰められるし、同期の月うさぎ(カグヤ)は嫌味ばっかり言ってくるし!」

 ルチアナはバンバンとカウンターを叩きながら、リアルすぎる愚痴を爆発させた。

「ちょっとソシャゲに課金しただけで、部下のヴァルちゃん(天使長)が般若みたいな顔で『壁ドン』してくるのよ!? そのまま五時間正座で説教よ!? 有休も取らせてくれないし、決裁書類は山積みだし! ゴッドチューブの視聴率で予算が決まるなんて、どこのブラック企業よぉぉっ!」

「ルチアナ、泣かないで……! アンタも苦労してんのね……!」

 リーザがルチアナの背中をさすり、もらい泣きをしている。

 キュララのドローンカメラがその惨状を映し出すと、配信のコメント欄は異様な熱気に包まれていた。

『うぅっ……神様も俺たちと同じなんだな……』

『月曜日の朝のツナマヨのくだり、刺さりすぎて泣いた』

『俺も明日からまた満員列車でドナドナされるのか……』

『神様、俺のなけなしの五百円(銀貨半分)スパチャするから、美味いツマミ食ってくれ……』

『明日も仕事だけど、神様が頑張ってるなら俺も頑張るわ!』

 異世界のファンタジー世界に生きる住人たちや、地球からの転生者(元社畜)たちの心に、ルチアナの『本気の愚痴』がクリティカルヒットしていた。

 チャット欄には、連帯感という名の謎のスパチャが降り注ぎ、画面が涙の絵文字で埋め尽くされている。

「……世も末ですわ」

 キャルルが人参茶をすすりながら、遠い目をしていた。

「神聖なる天界の裏側が、ただのブラックお役所仕事だったなんて……。私の信仰心は、もう二度と元には戻りませんわ……」

「……おい」

 俺は、真鍮製のライターでマルボロに火をつけ、静かに煙を吐き出した。

「酒ってのはな、楽しく飲むモンだ。愚痴と涙で塩っぱくした酒は、悪酔いするだけで味が濁るんだよ」

 俺は立ち上がり、冷蔵用の魔導具から、昼間に炊いた『米麦草(銀シャリ)』の残りを取り出した。

「おじさぁん……もうお酒飲めないぃ……」

「安心しろ。酒はもう終わりだ。……極道の飲み会には、キッチリと『〆の一品』が必要だろうが」

 俺は冷や飯を手に取り、ギュッと少し固めにおにぎりを握った。

 それを、七輪の備長炭の上に乗せる。

 ジュゥゥゥゥ……ッ。

 おにぎりの表面に醤油草の原液をハケで塗りながら、じっくりと焼き上げていく。炭火の遠赤外線が、醤油が焦げる極上の香ばしさを広場いっぱいに漂わせた。

「んんっ……? なんか、すっごくいい匂い……」

 ルチアナが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

 俺は、表面がカリカリのおこげになった『焼きおにぎり』を大きめの丼に移し、その上に少量のワサビと、刻んだ海苔を乗せた。

 そして、熱々の土瓶から、琥珀色に澄み切った熱いスープをなみなみと注ぎ込む。

 ジュワァァァァァァァァァッ……!!

「極道特製・焼きおにぎりの出汁茶漬けだ」

 俺は、湯気を立てる丼を、ルチアナとリーザ、キュララの前にドンッと置いた。

「出汁は、肉椎茸とピラダイの焼き枯らしから取った極上の一番出汁だ。……泣いて冷え切った腹に流し込みな」

「だ、出汁茶漬け……ッ!」

 ルチアナは震える手でレンゲを持ち、琥珀色のスープをすくって口に運んだ。

「――――ッ!!」

 その瞬間、ルチアナの全身の力がフッと抜けた。

 熱い。そして、限りなく優しい。

 アルコールで荒れた胃袋の粘膜を、ピラダイの品のある旨味と、肉椎茸の深いコクが、まるで温かい毛布のように包み込んでいく。

 カリカリに焼かれたおにぎりを崩せば、中からふっくらとした銀シャリが顔を出し、焦げた醤油の香ばしさが出汁に溶け出して、完璧なハーモニーを奏で始めた。

「あ……あぁ……っ」

 ルチアナの目から、先ほどの『愚痴の涙』とは違う、純粋な『癒やしの涙』がポロリとこぼれ落ちた。

「美味しい……っ。温かい……っ。荒んだ心と胃袋に、お出汁が優しく染み渡っていくわ……」

「ズルズルッ……ハフッ……最高……! やっぱり〆はお茶漬けに限るわね……っ!」

 リーザも無心でレンゲを動かし、ズズズッと音を立てて茶漬けをかき込んでいる。

 ツンと鼻に抜けるワサビの刺激が、酔った頭を心地よくシャキッとさせてくれる。

 炭火で焼かれた米の香ばしさと、極上の出汁の旨味。

 それは、どんな高級料理や神酒よりも、疲れ切った『社畜(公務員)』の心に寄り添う、究極の癒やし飯だった。

「……ふぅっ」

 丼を完全に空にしたルチアナは、満足そうに息を吐き、カウンターにペタンと突っ伏した。

「……おじさん、ごちそうさま。なんだか、すっごく救われた気分……」

 彼女の寝顔は、先ほどまでの荒れたオヤジ神ではなく、本来の美しい女神のそれに戻っていた。

 リーザとキュララも、お腹を満たしてスヤスヤと隣で寝息を立てている。

「まったく、手のかかる連中だ」

 俺はマルボロを灰皿に押し当て、屋台の赤提灯の灯りをスッと落とした。

 神様だろうが何だろうが、美味い飯を食って寝れば、明日はまたやってくる。

 だが、ルチアナが忘れている『クレジットカードの引き落とし日』という現実の恐怖が、翌朝、彼女をさらなる底辺の労働(内職)へと引きずり込むことを、この時の彼女はまだ知る由もなかった。

 極道大衆居酒屋の夜は、出汁の優しい香りと共に、静かに更けていくのだった。

お読みいただきありがとうございます!


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