EP 5
極道大衆居酒屋と、女神のオヤジ化
夜のポポロ村の広場に、場違いな『赤提灯』がポツリと揺れていた。
極道DIYで丸太を組み上げて作られた即席の屋台。その暖簾には、筆文字で『大衆居酒屋・極道亭』と力強く書かれている。
屋台の奥では、ねじり鉢巻の代わりに首にタオルを巻いた俺――鬼神龍魔呂が、パタパタと団扇で備長炭の火力を調整していた。
ジュワァァァッ……という脂の爆ぜる音と共に、醤油草の焦げる暴力的なまでに香ばしい匂いが、冷たい夜風に乗って村中に広がっていく。
「さっむ……っ! 鳩の羽落とすのに井戸水被ったら、芯まで冷えたわ……」
「リーザ先輩、あたしもう一歩も歩けない……」
屋台の丸太の椅子に、泥と水でボロボロになった二つのジャージ姿が、幽鬼のように座り込んだ。
世界を創りし最高神ルチアナと、シーラン国の王女リーザ。パチンコ屋の床を這いずり回り、公園で鳩とパン屑の争奪戦を繰り広げた、哀れな『底辺ポイ活同盟』の二人だ。
「……まぁ、労働とシノギ(ポイ活)の後は、誰だって腹が減るし喉も乾くわな」
俺はカウンター越しに、熱々に蒸し上げた分厚い『おしぼり』を二つ、無造作に放り投げた。
「ほら、まずは顔拭きな。薄汚ねぇツラで俺の飯を食うのは許さねぇぞ」
「あ、あぢぃっ! でも……気持ちいいぃぃ……」
ルチアナは熱いおしぼりを受け取ると、あろうことか顔全体にバサッと乗せ、「ブッハァァァァッ……!」と、新橋のガード下にいる疲労困憊のサラリーマンと全く同じ、図太い親父の吐息を漏らした。
神聖なオーラなど、もはや微塵も残っていない。
「飲み物はどうする。今日は特別に、酒を出してやる」
「さ、酒……ッ!!」
ルチアナのエメラルドの瞳が、ギラッと餓狼のように光った。
「飲む! 絶対飲むわ! もうやってらんないのよ、クレジットカードの引き落とし日は迫ってるし、ヴァルちゃんはうるさいし、鳩には蹴られるし!」
「私も飲むわ! アイドルだって、たまにはアルコール消毒が必要よ!」
俺は頷き、氷魔法でキンキンに冷やした特大のジョッキを二つ用意した。
そこに注ぐのは、米麦草から作られた特産の高級酒『サケスキー』だ。アルコール度数三十七度の芳醇な酒を、たっぷりの氷と強炭酸水で割り、仕上げにレモンの代わりとして『陽薬草』の葉を一枚叩いて浮かべる。
「極道特製、サケスキーの強炭酸ハイボールだ。……今日の労働に、乾杯しな」
ドンッ、と置かれたジョッキを、二人は両手で掴み取った。
「「かんぱーいっ!!」」
カチンッ! とジョッキを打ち合わせ、ルチアナはそのまま喉の奥を開いて、一気に黄金色の液体を流し込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!
強炭酸の弾ける音と、サケスキーの深いコクが、冷え切った底辺女神の五臓六腑へと染み渡っていく。
「――――ッカァァァァァァァァッ!!!!」
ジョッキをカウンターに叩きつけたルチアナが、天を仰いで絶叫した。
「効くゥゥゥゥッ! なにこれ、アルコールが疲れた身体の隅々まで染み渡るわぁっ! 天界のデスクでチビチビ飲む高級ワインなんかより、泥水すすった後に飲むハイボールの方が何千倍も美味いじゃないのぉぉぉっ!!」
「ぷはぁっ! 最高ね! これこそ大人の階段よ!」
二人はジョッキを半分以上空け、口の周りを泡だらけにしてオヤジ笑いを浮かべていた。
「酒だけじゃ悪酔いするぞ。ツマミも食いな」
俺は、炭火で絶妙な焼き加減に仕上げた『串焼き』の盛り合わせを、二人の前に差し出した。
「『シープピッグ』の極厚バラ肉と、煩悩を捨てた『たまんネギ(賢者モード)』を交互に刺した、特大のネギマだ。タレは醤油草と骨の髄を煮込んだ俺の秘伝だ」
テカテカと黒光りするタレの照りと、炭火の焦げ目。そこから滴り落ちる豚の脂が、視覚と嗅覚を暴力的に刺激する。
「い、いただきます……ッ!」
ルチアナが、ネギマの串を横にくわえ、一番上のシープピッグの肉とたまんネギを同時に引き抜いた。
サクッ、ジュワァァァァッ……。
「……ッッ!!」
ルチアナの全身が、ビクンッと大きく跳ねた。
表面がカリッと香ばしく焼き上げられた豚のバラ肉から、信じられないほど甘く濃厚な脂が口の中に爆発的に溢れ出す。
そして、その脂のクドさを、間に挟まった『たまんネギ』が完璧に中和していた。エロ本を没収されて悟りを開いたというそのネギは、加熱されることで極限の甘みを引き出されており、シャキッとした歯ごたえと共に、果物のような甘い果汁を滴らせる。
継ぎ足しの秘伝の甘辛いタレと、炭火のスモーク香。
それらを、サケスキーの強炭酸が、シュワァァァッ!と爽快に洗い流していく。
「あ、あぁぁぁ……っ♡」
ルチアナの目から、感動の涙がこぼれ落ちた。
「美味しい……っ! お肉の脂が甘いぃっ! ネギがトロトロぉぉっ! そしてお酒で流し込むこの無限ループ……! 神様やってて、こんな幸せな時間、今まで一度もなかったわぁぁぁっ!」
世界神は、ピンクのジャージの袖で涙を拭いながら、完全に居酒屋のオヤジと化してネギマを貪り食った。
「次だ。ポポロ村特産の『肉椎茸』の丸焼きだ」
俺が次に出したのは、大人の手のひらほどもある巨大な肉椎茸だった。傘の裏にバターと醤油草を垂らし、炭火でじっくりと焼き上げたもので、グツグツと旨味のスープが湧き上がっている。
「熱いから一口でいくなよ。アワビみてぇな弾力があるからな」
リーザが肉椎茸にかぶりつく。
ブリンッ! という驚異的な弾力と共に、椎茸の中から本物の肉汁のような濃厚なキノコのエキスが溢れ出した。
「んんん〜〜〜っ! バター醤油の香りがたまらないわ! これ、本当にキノコなの!? ステーキより美味しいじゃない!」
「おじさん! すいません、ハイボールおかわり! あとネギマもう三本!」
ルチアナが空のジョッキを突き出し、完全に常連客の顔つきで追加注文を叫んだ。
「……世も末ですわ」
少し離れた席で、人参スティックを齧りながら人参茶を啜っていたキャルルが、深い絶望のため息をついた。
「世界神が、赤提灯の下でハイボールを煽り、『ネギマおかわり!』と叫ぶなんて……。私の信仰心は、今日完全にへし折られましたわ」
「あははっ! おじさん、この配信バズりすぎて怖いよ! 『女神の完全オヤジ化・赤提灯でくだを巻く』ってタイトルで、スパチャが滝みたいに流れてる!」
キュララがスマホを片手にゲラゲラと笑っている。
「あら、皆様お金に困っているのですか?」
ふわふわのドレスを着たルナが、小首を傾げてニコッと微笑んだ。
「それなら、私が世界樹にお願いして、皆様の腎臓を……」
「やめろ馬鹿エルフ」
俺はカウンター越しに手を伸ばし、ルナの頭にゴツンと軽めのゲンコツを落とした。
「あぅっ……! 善意なのに……」
「臓器売買は極道のシノギじゃねぇ。俺の居酒屋で変なビジネスを始めようとするな」
賑やかな喧騒が、夜のポポロ村の広場に響き渡る。
俺は備長炭の火を弄りながら、美味そうに串焼きを頬張り、ハイボールを煽るルチアナたちを静かに見つめた。
腕にはめたTUDORブラックベイのブロンズが、赤提灯の光を鈍く反射している。
「くぅぅっ! おじさん、アンタ最高よ! 私の天界の直属の部下(天使長)にしてあげるわ!」
「あぁ? 誰がてめぇみてぇなブラック企業の下で働くか。酒が回ってんなら、とっとと寝ろ。明日の朝も、キッチリ畑の草むしりからやらせるからな」
「えええっ!? こんなに飲んだのに明日も労働ぉぉ!?」
神様だろうが王女だろうが関係ねぇ。
汗水垂らして働き、泥にまみれた奴だけが、この極上の『飯と酒』の本当の美味さを知ることができる。
俺は真鍮製のライターを取り出し、カチッ、と心地よい音を鳴らしてマルボロに火をつけた。
底辺まで堕ちた家出女神の、極道大衆居酒屋でのポンコツな宴は、夜更けまで騒がしく続いていくのだった。
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