EP 4
限界クレカと底辺ポイ活同盟
ポポロ村の昼下がり。
極上の『シープピッグの極厚角煮』と山盛りの銀シャリで腹を満たした女神ルチアナは、ピンク色の芋ジャージ姿のまま、村長宅の縁側でトドのように寝転がっていた。
「あぁ〜、美味しいご飯の後は、冷たいビールと食後のタバコが欲しいわねぇ。龍魔呂く〜ん、ちょっとそこまでお使い頼んでいいかしら?」
「あぁ? てめぇ、誰に向かって口きいてんだ」
俺――鬼神龍魔呂は、UR農具の草刈り鎌を砥石で研ぎながら、冷たい視線を投げ落とした。
「タダ飯食わせたのは、午前中に畑を耕した労働分だ。嗜好品が欲しけりゃ、自分で稼ぐか自腹で買いな」
「ケチねぇ。いいわよ、私には『エンジェルすまーとふぉん』があるんだから! ネット通販機能で高級ビールとピアニッシモを箱買いして……えっ?」
スマホの画面を操作していたルチアナが、突如、カエルが潰れたような奇声を上げた。
画面に表示されたクレジットカードの利用残高。
『限度額:1,000,000円 現在のご利用額:998,500円』
「う、うそでしょ!? なんでこんなに……あっ! 昨日、人間界の福岡までお忍びで行って、朝倉月人君のシークレットライブDVD初回限定版を買って、さらにソシャゲの月人君ピックアップガチャで天井まで回したんだったわ……ッ!」
ルチアナは頭を抱えて絶叫し、縁側をゴロゴロと転げ回った。
「どうしよう! 来月の引き落とし日が来たら、天界からサングラスをかけたレスラー体型の黒服天使が取り立てに来て、身ぐるみ剥がされてマグローザ漁船にドナドナされちゃうぅぅっ!」
「……ふっ。甘いわね、新入り」
絶望に打ちひしがれる世界神の前に、腕を組んで立ったのは、色あせた芋ジャージを着た人魚姫・リーザだった。
「お金がないなら、知恵と体を使ってタダで生き延びればいいのよ。底辺の生き方を、この私が直々にレクチャーしてあげるわ!」
「リ、リーザ先輩……ッ!」
昨夜はパンの耳を巡って壮絶な泥試合をした二人が、ここに奇妙な『底辺ポイ活同盟』を結成した。
数時間後。ルナミス帝国の都市部にある遊技場、『ルナミスパーラー』。
店内には『CR異世界転生トラックでドン!』の激しい電子音と、大当たりのファンファーレが鳴り響いている。その薄暗い通路の隅を、ピンクのジャージと色あせたジャージが四つん這いで這いつくばっていた。
「いい、ルチアナ。台の下や通路の隅には、客が落とした『銀玉』が必ず落ちているの。これを店員に見つからないように回収して、景品カウンターで食料品と交換するのよ。これが底辺ポイ活の基本、『銀玉拾い』よ!」
「な、なるほど……! あ、あそこにも落ちてるわリーザ先輩!」
アナステシア世界を創造した最高神が、パチンコ屋の床に這いつくばって銀玉を拾い集めている。その姿は、あまりにも世俗的で涙を誘うものだった。
都市部の大型スーパー、タローマンの食品売り場。
「新商品のウインナーはいかがですか〜」という店員の声と同時に、二つのジャージが音速でウインナーの刺さった爪楊枝を奪い去る。
「うまっ! パリッとしてて肉汁がすごいわ!」
「止まらないでルチアナ! 試食は一店舗につき一回がマナーよ! お茶の試飲コーナーで水分補給して、次のスーパーに行くわよ!」
「イエッサー!」
そして、夕暮れの公園。
ベンチでハトの群れに、パン屑を撒いているおじさんがいた。
「リーザ先輩、あれは……?」
「鳩の餌よ。でもよく見て。あのおじさんが撒いてるのは、ルナミス帝国特産の高級米麦草から作られたオーガニックのパン屑よ。私たちが普段食べてるパンの耳より栄養価は抜群だわ!」
「ゴクリ……」
「行くわよ、ルチアナ!」
「オォォォォッ!!」
世界神と人魚姫が、鳩の群れにダイブした。
「ポロッポー!?」と驚く鳩たちを蹴散らし、空中でパン屑をキャッチしていく二人。
「我に炭水化物を寄越せぇぇっ! 神への供物だポロッポー!!」
「甘いわね! そのデカいパン屑は私のよ!」
鳩と神と人魚が、夕焼けの公園で血みどろのパン屑争奪戦を繰り広げた。
夜のポポロ村。
泥と鳩の羽にまみれ、ボロボロになった二人が、誇らしげに帰還した。
その手には、パチンコ屋の景品でもらった特売のタマンネギ一個と、試食で誤魔化した空腹、そして公園で勝ち取った一握りのパン屑が握られている。
「……信じられませんわ」
縁側で人参茶を飲んでいたキャルルが、白目を剥いて全身を震わせていた。
「我らが創造神が、パチンコ屋の床を這いずり回り、鳩とパン屑を奪い合って帰ってくるなんて……。龍魔呂様、あのような泥棒神たち、今すぐ村から追い出すべきですわ!」
キャルルがヤンデレの炎を燃やして訴える。
「えぇ〜、でも配信のネタとしては最高だよ? 『世界神、鳩と激闘の末にパン屑をゲット!』って動画、もう百万再生超えてるし!」
キュララがドローンカメラのモニターを見ながらゲラゲラと笑っている。ルナに至っては、「お腹が空いているなら、私の腎臓を売りましょうか? すぐに再生しますから!」と恐ろしい善意の提案をしている始末だ。
「……」
俺は、ボロボロになって「今日の戦利品よ……」と笑い合うルチアナとリーザを見て、深くため息をついた。
怒る気すら起きねぇ。ただただ、情けなくて涙が出てきそうだ。
「てめぇら……神とか王女とか以前に、人として終わってんな」
俺が真鍮製のライターでマルボロに火をつけると、二人はビクッと肩を震わせた。
「あ、ち、違うの龍魔呂君! これはエコでありSDGsの一環であって……」
「いいから、井戸で頭から水被ってこい。鳩の羽を落とせ」
俺はタバコの煙を夜空に吐き出し、立ち上がった。
「……ったく。あんなみすぼらしいツラ見せられちゃ、極道として、そしてこの村の男として、放ってはおけねぇだろうが」
俺は、倉庫の奥にしまってあった屋台の骨組みと、赤提灯のセットを広場へと引っ張り出した。
神様だろうが何だろうが、腹を空かせて泥にまみれた奴を見捨てるほど、俺の極道コンプライアンスは冷酷じゃねぇ。
「今日は特別だ。……てめぇらの冷え切った底辺の心臓に、極上の『熱』を叩き込んでやる」
極道農家が、夜の広場に一夜限りの『大衆居酒屋』をオープンする。
底辺まで堕ちた女神の腹と心を満たす、至高の赤提灯の灯りが、ポポロ村の夜闇にポツリと灯ろうとしていた。
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