EP 3
ポポロ村の静かな夜に、鐘つき堂の鐘を全力で突いたような重低音が響き渡った。
「あべぇぇぇぇっ!?」
「ぷぎゃぁぁぁっ!?」
世界神ルチアナと、人魚姫リーザの頭に、俺の両拳が容赦なく、そして平等に振り下ろされた。
極道流・双頭ゲンコツ(落花生)。
神の強固なオーラだろうがなんだろうが、極道の物理的制裁が脳天を貫き、二人は白目を剥いて俺の耕した畑の上にペタンと座り込んだ。二人の頭のてっぺんからは、見事なまでにお揃いの『たんこぶ』が湯気を立てている。
「……ふぅ」
俺は拳の熱を払い、気絶寸前の二人に冷たく見下ろした。
「極道のルール。俺のシマの畑を荒らす奴は、神様だろうが仏様だろうが等しく肥料にする。……俺の可愛い太陽芋の苗を踏み荒らした落とし前は、キッチリ身体(農作業)で払ってもらうからな」
◇ ◇ ◇
翌朝。
ポポロ山の向こうから朝日が昇り始める頃、俺の畑には、二つの哀れな人影が並んでいた。
「なんで……なんで世界を創ったこの私が、こんな朝早くから泥まみれでクワを振らなきゃいけないのよぉぉっ……!」
ピンク色の芋ジャージに、タローマン製の泥よけ長靴を履かされた世界神ルチアナが、涙声で愚痴をこぼしながらUR農具のクワを振り下ろしていた。
「文句言わない! あんたが私のパンの耳を奪おうとしたせいで、私も巻き添え食ってんだからね!」
隣では、同じく芋ジャージ姿のリーザが、額に汗を浮かべながら太陽芋の苗を植え直している。
「腰が入ってねぇぞ、羽虫ども。クワってのは腕力じゃなく、体重を乗せて振り下ろすんだ。おら、もう一列耕せ」
俺は畦道に置いたパイプ椅子に腰掛け、マルボロ赤を吹かしながら二人を監視していた。
「鬼! 悪魔! ヤクザ農家! 天罰が下るわよ! 我のエンジェルすまーとふぉんが充電できたら、真っ先にアンタのステータスを『運のよさ:ゼロ』に書き換えてやるんだから!」
ルチアナがクワを杖代わりにしながら文句を垂れる。
「あぁ? なんだ、まだ体力が余ってんなら、裏山の開墾も追加してやるぞ」
「ヒィッ! す、すみません! 耕します! 一生懸命耕させていただきますぅぅっ!」
俺が立ち上がりかけると、最高神はひときわ美しい土下座を披露し、物凄いスピードで畑を耕し始めた。
「……あわわ、ルチアナ様が、ただの下働きの農民のように……」
縁側からその様子を見守っていたキャルルが、信仰心と現実のギャップに耐えきれず、白目を剥いて気絶しかけている。
「おじさん、神様にも容赦ないね……。でも、配信の同接は過去最高だよっ☆ 『世界神ルチアナ、極道農家の下で強制労働中!』ってタイトル、バズりすぎて天界のサーバーが落ちそう!」
キュララがドローンカメラを飛ばし、泥だらけの神の姿を全世界(と天界)に嬉々として生中継していた。
結局、太陽が真上に昇る昼時まで、ルチアナとリーザは俺の厳しい監視の下、太陽芋の畑の修復と新たな畝作りに汗水垂らして労働させられた。
「も、もう無理……腕が上がらない……お腹と背中がくっつくぅ……」
ルチアナは完全に電池が切れ、畑の真ん中で大の字になってぶっ倒れた。健康サンダルを没収され、泥だらけの長靴姿で息絶え絶えになっているその姿に、もはや神の威厳は一ミリも残っていない。
リーザも隣で「パンの耳……」と虚ろな目で呟きながら倒れ込んでいる。
「よし、午前中のシノギはここまでだ。手ぇ洗って縁側に来い。まかないを食わせてやる」
俺がそう声をかけると、ピクッ、と死体だった二人の耳が動いた。
「ま、まかない……!?」
「おじさんのご飯……ッ!」
二人はゾンビのような動きで立ち上がり、井戸へ猛ダッシュして泥を洗い落とすと、村長宅の縁側へと雪崩れ込んできた。
俺は台所から、ドンッ!と重たい土鍋と、湯気を立てる巨大なすり鉢状の大皿を運んできた。
「働かざる者食うべからず。みっちり汗を流した身体には、こいつが一番効く」
俺が大皿の蓋を開けると、フワァァァァッ……と、暴力的なまでに甘辛く、そして香ばしい匂いが縁側を制圧した。
「極道特製・シープピッグの極厚角煮だ」
大皿の中には、豚の三枚肉(シープピッグのバラ肉)を、大人の拳ほどの大きさに切り分けた巨大な肉塊がゴロゴロと積み上げられている。
醤油草の原液、たっぷりの角砂糖、そして肉椎茸から取った濃厚な出汁。それにポポロ村特産の『ネギオ(意思を持つネギ)』の青い部分と生姜を加え、数時間かけてホロホロになるまで煮込んだ至高の逸品だ。
肉の表面は、照り焼きのようにテカテカと輝き、箸で触れただけで崩れてしまいそうなほど極限まで柔らかく仕上がっている。
その隣には、土鍋で炊き上げられたばかりの、一粒一粒が真珠のように輝く『米麦草(銀シャリ)』が山盛りにされていた。
「ゴクリ……ッ」
ルチアナの喉が、大きく鳴った。
天界では霞を食って生きているわけではないが、彼女の主食といえば、信者からの供物(高級菓子)か、コンビニのジャンクフード、そしてビールのおつまみ程度だ。これほどまでに圧倒的な『生命力』と『カロリー』を体現した漢の料理を前にして、彼女の神格は完全に崩壊しかけていた。
「さぁ、冷めねぇうちに食いな」
俺がそれぞれの茶碗に山盛りの銀シャリを盛り、その上に巨大な角煮をドンッと乗せてやると、ルチアナとリーザは獣のように箸を突き出した。
「い、いただきますっ!」
ルチアナが、角煮を箸で割る。何の抵抗もなく肉の繊維が解け、中からトロトロに溶け出した豚の脂と、濃厚な甘辛いタレが白米の上にジュワァァァッ!と染み出していく。
彼女はそれを、白米ごと大きく掬い上げ、口の中へと放り込んだ。
サクッ、トロァァァァッ……。
「……ッッッ!!!!」
ルチアナの瞳孔が、限界まで見開かれた。
エメラルドグリーンの瞳が信じられないほどの輝きを放ち、彼女の背後から、無意識のうちに神々しい後光がブワァァァッ!と立ち昇った。
美味すぎる。
分厚いシープピッグの肉は、噛む必要すらないほどに溶け、口の中いっぱいに『角砂糖の甘み』と『醤油草の深いコク』、そして『豚の圧倒的な旨味』の暴風雨を巻き起こした。
脂の甘さを吸い込んだ肉椎茸の出汁が、白米の一粒一粒を極上のソースのようにコーティングしている。
肉と米、甘さと塩気。無限にループする炭水化物と脂の暴力。
「あ……あああぁぁぁぁっ……!」
ルチアナの目から、大粒の涙が滝のようにこぼれ落ちた。
「美味しい……っ! なにこれ、お肉が甘いぃぃっ! タレが染みたご飯が、天界のネクタル(神酒)なんかより何百倍も美味しいぃぃぃっ!」
彼女はもう、自分が世界神であることなど完全に忘れ去っていた。
ピンクのジャージをタレで汚しながら、泣きじゃくり、一心不乱に角煮と銀シャリを口に掻き込んでいく。
「はむっ、んぐっ、はふはふっ……! あぁぁ、お米が止まらないわ! おかわり! おじさん、おかわりぃぃっ!」
「おいおい、喉に詰まらせるな。肉も米も山ほどある」
俺が呆れながらおひつから二杯目の銀シャリをよそってやると、ルチアナはそれを奪い取るようにして食べ続けた。
隣ではリーザも「パンの耳なんかもう見たくないぃぃっ!」と号泣しながら角煮を頬張っている。
「……信じられませんわ」
キャルルが、自前の人参茶を啜りながら、呆れ返ったように呟いた。
「世界を創りし最高神が、龍魔呂様の一皿の料理の前に、完全にひれ伏してしまいました。……龍魔呂様の極道飯、恐るべしですわ」
「おじさん、やっぱり最強だね! 神様すら餌付けしちゃった!」
キュララが笑いながら、夢中で角煮を貪る神の姿を配信し続ける。
結局、その日の昼。
一升五合炊いた土鍋の銀シャリと、大鍋いっぱいのシープピッグの角煮は、二人のジャージ女によって一粒の米も、一滴のタレも残さず完全に胃袋へと吸い込まれた。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ……っ♡」
ルチアナは縁側に寝転がり、パンパンに膨れ上がったお腹をさすりながら、完全に焦点の合わないアヘ顔を晒していた。
「もうだめ……私、天界には帰らないわ。一生ここで、おじさんの角煮を食べて生きていく……。おじさん、私を養って……むにゃむにゃ……」
「馬鹿言ってねぇで、食ったら午後も畑の草むしりだ。働かねぇ奴に明日の飯はねぇぞ」
「えええええっ!? まだ働かせるのぉ!?」
神様だろうが何だろうが、俺のシマに入ったからには極道農家のコンプライアンスに従ってもらう。
だが、この時俺は、この『無一文の家出神』を居候させたことが、後にポポロ村の経済を根底から揺るがすほどの、くだらなくも厄介なポイ活騒動へと繋がっていくことを、まだ完全に理解してはいなかった。
縁側に転がる二つのピンクの芋ジャージ。
奇しくも、パンの耳を巡って泥試合を演じた世界神と底辺アイドルは、同じ釜の飯を限界まで食い合ったことで、奇妙な『底辺同盟』を結成しようとしていた。
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