第五章 極道農家と家出女神。赤提灯と底辺ポイ活ライフ
スキー場開拓の余韻と、極上ツナマヨおにぎり
ポポロ山の『スキー場開拓とサウナ騒動』から数日が過ぎた。
元氷魔将軍のスアイを新たな支配人として迎えた雪山は、天界の炎上神の思惑もどこ吹く風で、連日極上のパウダースノーと完璧なサウナの「ととのい」を提供する、世界一平和なウィンターリゾートとして稼働していた。
ポポロ村の朝は早い。
カチッ。
まだ薄暗い台所に、真鍮製のオイルライターの小気味良い金属音が響いた。俺――鬼神龍魔呂は、頭にタオルを巻き、マルボロ赤の紫煙を換気扇に向けて細く吐き出した。
「さて……朝飯にするか」
ヤンキーたるもの、朝の腹ごしらえは一日のシノギ(農作業)を乗り切るための最重要課題だ。
今日俺が用意したのは、日本人の魂とも言える朝食――『おにぎり』と『豚汁』である。
まずは豚汁の仕込みだ。
熱した大鍋に胡麻油を引き、『シープピッグ(羊毛豚)』の極厚バラ肉を投入する。
ジュワァァァァァァッ!!
豚の脂が溶け出し、台所いっぱいに暴力的なまでに香ばしい匂いが立ち込める。肉の表面に焼き色がついたところで、乱切りにした『月見大根』、ホクホクの『太陽芋』、そして煩悩を捨て去った『たまんネギ』を放り込み、全体に脂を回すように炒める。
そこに、特大の『肉椎茸』から一晩かけて水出しした濃厚な黄金色の出汁を一気に注ぎ込む。
グツグツと煮え滾る音と共に、野菜と肉の甘みがスープに溶け出していく。仕上げに、ドワーフの地下帝国から取り寄せた熟成味噌を溶き入れれば、極道特製・具沢山シープピッグ豚汁の完成だ。
次は、メインのおにぎりである。
具材は、現代人なら誰もが愛する『ツナマヨ』。
アナステシア世界にシーチキン缶などないが、ポポロ村の清流で獲れた凶暴な肉食魚『ピラダイ』を蒸し上げ、身を細かくほぐすことで、ツナ缶を遥かに凌駕するフワフワのフレークを作り出していた。
そこに、どんな野草も極上の味に変える魔法の調味料『マヨ・ハーブ』をたっぷりと絞り、隠し味に『醤油草』の原液を数滴垂らして混ぜ合わせる。マヨネーズの酸味とコク、醤油の香ばしさが、ピラダイの淡白な身と完璧なハーモニーを奏でている。
「ふぅ……」
俺は、土鍋で炊き上げたばかりのツヤツヤの『米麦草(銀シャリ)』を、塩水で濡らした両手でふわりと掬い上げた。
極道のルール。飯は優しく、だが崩れないように握る。
米粒と米粒の間に適度な空気を含ませるように、大きな手でリズミカルに三回だけ転がす。そして、頂点にたっぷりとツナマヨを乗せ、パリパリの海苔で包み込んだ。
「んん〜っ! いい匂い〜っ!」
台所の扉が開き、パジャマ姿のキュララが目を擦りながら現れた。その後ろからは、芋ジャージ姿で寝癖を爆発させたリーザと、エプロン姿のキャルル、そして寝ぼけ眼のルナが連れ立って入ってくる。
「おや、皆様お揃いで。龍魔呂様、今朝も素晴らしいお料理の香りがいたしますわ♡」
ヤンデレ村長のキャルルが、俺の大きな手で握られた爆弾サイズのおにぎりを見て頬を染めた。
「おう、出来たてだ。豚汁と一緒に冷めねぇうちに食いな」
俺がドンッ!と大皿に山盛りのツナマヨおにぎりを置くと、女たちは一斉にテーブルに群がった。
「いっただっきまーすっ!!」
リーザが真っ先におにぎりに噛み付いた。
サクッ……フワァァァッ。
「……ッ!!?」
リーザの瞳が、限界まで見開かれた。
パリッと弾けた海苔の風味に続き、口の中でホロリとほどける温かい銀シャリ。その中心から、マヨ・ハーブの強烈なコクと醤油草のパンチが効いた『極上ツナマヨ』が、暴力的な旨味となって溢れ出したのだ。
「あ、あああ……っ! 美味しいぃぃぃっ!」
リーザの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「コンビニの朝飯で、エビマヨが売り切れててオカカしか残ってない時のあの絶望感……! でも、ここには最高峰のツナマヨがあるわ……っ! パンの耳をかじってたあの頃の私に教えてあげたいっ!」
「リーザちゃん、泣きながら食べたらご飯がこぼれちゃうよぉ!」
キュララも、口の周りにマヨネーズをつけながら、幸せそうにおにぎりを頬張っている。
「ズズッ……はぁぁ……」
キャルルとルナは、豚汁を啜って深い吐息を漏らしていた。
「シープピッグの脂が、肉椎茸のお出汁と完璧に融合していますわ……。五臓六腑に染み渡ります」
「大根に味が染みてて、とっても甘いですわ〜! ……龍魔呂様、このツナマヨ、とっても美味しいです! 私、世界樹の力で裏山に『マヨネーズの泉』を生成しましょうか!?」
「やめろ馬鹿エルフ。生態系がメタボリックで崩壊するだろうが」
俺はルナの頭に軽くゲンコツを落とし、自分も豚汁の椀を啜った。
何気ない朝の風景。
美味い飯があり、それを美味そうに食う騒がしい連中がいる。
魔法だの魔王軍だの、物騒な連中が跋扈するこの異世界で、俺が求めていた「カタギの平穏なスローライフ」が、確かにここにあった。
◇ ◇ ◇
――そして、その夜。
俺は夕飯を済ませた後、一人で裏の畑の見回りに出ていた。
愛用の腕時計、TUDORブラックベイが夜の十時を指している。
「冷え込んできたな……」
俺は携帯灰皿を取り出し、マルボロの煙を夜空に吐き出した。
見上げた夜空には、満天の星が瞬いている。ポポロ村の空気は澄んでいて、星の光が異常なほど綺麗に見えるのだ。
「……ん?」
俺の視界の端を、一筋の光が横切った。
流れ星だ。
だが、その流れ星は、どうにもおかしな軌道を描いていた。
スゥーッと流れて消えるのではなく、ギラギラと異常な神気を放ちながら、どんどんとこちらに向かって――いや、俺の耕したばかりの『米麦草の畑』のド真ん中へと、一直線に落ちてくるではないか。
「おいおい……冗談じゃねぇぞ」
俺が咥えタバコをポロリと落としそうになった、その時。
『ヴァルちゃんごめんなさぁぁぁぁぁいっ!! 始末書は明日絶対書くからぁぁっ!!』
上空から、情けない女の悲鳴が響き渡った。
直後。
ズドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
まるで隕石が衝突したかのような凄まじい轟音と爆発が、静かな夜のポポロ村を揺るがした。
猛烈な土煙が舞い上がり、俺の顔に泥と砂がパラパラと降り注ぐ。
俺が昼間、汗水垂らして丁寧に肥料を撒き、ふかふかに耕しておいた極上の畑。
その中央に、直径十メートルはあろうかという巨大な『クレーター』が、無残にも穿たれていた。
「……」
夜風が、土煙をゆっくりと晴らしていく。
クレーターの底には、何やらピンク色のジャージのようなものを着た人影が、頭から土に突っ込んでピクピクと痙攣しているのが見えた。
天界の神か、伝説の魔獣か、それとも新たなる厄災か。
だが、俺にとってそんなことは一ミリも関係なかった。
カチッ。
静寂を取り戻した畑に、冷たく、そして重い金属音が響く。
真鍮製のライターで、俺は新しいマルボロ赤に火をつけた。
「てめぇ……」
俺の全身から、先ほどの平穏な朝の空気など微塵も感じさせない、純度百パーセントの怒りに染まった『赤黒い極道の闘気』が、巨大な阿修羅の幻影となってドス黒く立ち昇り始めた。
「人が丹精込めて耕した畑に……勝手に穴、開けてんじゃねぇぞ」
平和なスローライフの余韻は、たった一日で粉砕された。
極道農家の『日照権』ならぬ『畑の所有権』を真正面から踏み抜いた、恐れ知らずの家出神。
神とヤンキーによる、史上最悪の泥仕合の幕が、今ここに切って落とされたのである。
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