EP 5
「極道特製・豚神風マシマシ野菜炒め」
UR農具の力は、俺の想像を遥かに超えていた。
極上の腐葉土に整地し、魔法の水(エルフの嬢ちゃんの汗と涙の結晶)を撒いてから、わずか一晩。
朝陽が昇る頃、巨大ビニールハウスの中には、青々とした葉を茂らせた見事な野菜たちが、所狭しと実を結んでいたのである。
「すげぇな。これが異世界の農業か。いや、俺の気合が通じたってことにしておこう」
俺はマルボロを咥えながら、収穫作業に取り掛かった。
引き抜いたのは、冷気を帯びてシャキシャキとした『レ足ス』と、丸々と太った『たまんネギ』だ。たまんネギは抜いた瞬間「たまんねーなオイ!」とエロオヤジのような声を出したので、俺の赤黒い闘気(凄み)で黙らせた。今ではすっかり賢者モードに入り、悟りを開いたような顔で大人しくなっている。
「さて。朝のシノギ(水やり)も終わったし、極上の男飯といこうか」
俺は備え付けた野外の調理台に、収穫したばかりの新鮮な野菜を並べた。
だが、野菜だけじゃ極道の胃袋は満たせねぇ。俺は胸ポケットの『エンジェルすまーとふぉん』をタップし、現代のネットスーパーからいくつかの食材を取り寄せた。
分厚くスライスされた豚バラ肉。
そして、チューブ入りの『刻みニンニク』、濃厚な『豚骨醤油ダレ』、さらにうま味調味料だ。
「よし、火を入れるぜ」
ライターで薪に火をつけ、スマホ通販で買った中華鍋を熱する。
まずは豚バラ肉だ。鍋肌に肉を押し付けると、ジュワァァァッ!という暴力的な音とともに、白く甘い脂が溶け出していく。
そこに、賢者モードのたまんネギと、手でちぎったレ足スを大量にブチ込む。
ジャッ、ジャッ、ジャァァァァァッ!!
鍋を煽る。空中に舞う肉と野菜。豚の脂が野菜の水分をコーティングし、極上の照りを生み出していく。
仕上げはここからだ。
濃厚な豚骨醤油ダレを回し入れ、刻みニンニクを「これでもか」と大量に投下する。
バチバチバチッ!
醤油の焦げる香ばしい匂いと、ニンニクの強烈なパンチ力が爆発的に混ざり合い、暴力的なまでの『男飯の匂い』がビニールハウス内に充満した。
東京のラーメン激戦区で名を馳せる『豚神屋』を彷彿とさせる、アブラマシマシのニンニク野菜炒め。完璧な仕上がりだ。
「……んんっ、くっ、なに、この匂い……っ!?」
ハウスの隅で丸まって寝ていたルナが、ビクンと身体を跳ねさせて跳び起きた。
エルフの鋭敏な嗅覚が、未知の暴力的アロマ(ニンニク豚骨醤油)をモロに感知したらしい。彼女はフラフラと夢遊病者のように調理台へと近づき、俺が皿に山盛りにした野菜炒めを凝視した。
「おじしゃま……それ、なに……? お肉と、お野菜なのに……すっごく、悪い匂いがする……っ」
「あ? 朝飯の『豚神風マシマシ野菜炒め』だ。お前も水やりを手伝ったからな。労働の対価だ、食え」
俺が割り箸を渡すと、ルナはゴクリと喉を鳴らした。
普段は果実と蜂蜜、朝露しか口にしないというエルフの次期女王。彼女は震える手で箸を持ち、ニンニクと脂にまみれた豚肉とレ足スを一緒に摘み上げ、小さな口へと運んだ。
サクッ、ジュワァァ……。
一口噛んだ瞬間。
ルナの動きが、完全にフリーズした。
長い耳がピーンと天を突き、瞳孔が開く。
「――――ッ!?」
ガツン! と脳髄を直接殴りつけるような、強烈なニンニクのパンチ力。
そこへ、豚バラ肉の暴力的な旨味と脂の甘さが押し寄せ、うま味調味料と濃厚な醤油ダレがすべての味覚を強制的に支配する。
自然の味しか知らないエルフにとって、現代の『ジャンクな男飯』は、致死量の快楽物質そのものだった。
「あ、あ、あああっ!? な、なにこれぇ!? 舌が、舌が痺れるぅぅ! 悪い味がするのに、お箸が、お箸が止まらないのぉぉ!」
ルナは悶絶しながら、無我夢中で野菜炒めを口に掻き込み始めた。
ハフッ、ムシャムシャ、ジュワッ。
高貴なドレスに油が跳ねるのも構わず、彼女は獣のように箸を動かし続ける。
「がはっ、ふはぁっ! にんにくっ! あぶらっ! しょーゆっ! やばいっ、これ、しゅごいっ! エルフの歴史が、塗り替えられりゅうぅぅ!」
語彙力が完全に崩壊していた。
美しい顔を脂まみれにしながら、ルナはあっという間に山盛りの野菜炒めを平らげてしまった。
そして、空になった皿を両手で抱きしめ、へたりと地面に座り込む。
「あはぁぁ……っ♡ 私、もう森には帰れない……。毎日この悪いお野菜とお肉を食べて、おじしゃまの畑で生きる、幸せなメス豚になりますぅ……」
だらしなく口角を上げ、恍惚の表情で完全服従を誓うエルフの次期女王。
(……メス豚って。女王候補が口にしていい単語じゃねぇだろ)
俺は深いため息をつきながら、自分用の野菜炒めを口に運んだ。
「ま、美味い飯が食えるなら、それでいいさ」
俺はただ、静かに暮らしたいだけなのだから。
◇ ◇ ◇
[幕間:ポポロ村の村外れ 謎の影 視点]
……クンッ。
村へ続く街道を歩いていた男が、ピタリと足を止めた。
男は隙のない三つ揃えのスーツを着こなす、長身の紳士。だが、その頭にはピンと立った犬のような耳——いや、銀色の『狼の耳』が生えていた。
「……ほう」
男の鋭敏な鼻腔が、風に乗って流れてきた『それ』を感知したのだ。
獣人族の中でもトップクラスの嗅覚を誇る彼にとって、その匂いは衝撃的だった。
圧倒的な脂の甘み。脳を焦がすような強烈な香辛料。そして、ただの料理の枠を超えた、絶対的強者が放つ『覇気(赤黒い闘気)』が混ざり合った、魔性の匂い。
「ルナミス帝国の愚かな主に見切りをつけ、キャルル様の噂を聞きつけて来てみれば……。まさか、この辺境の村に、これほどの『匂い』を放つ怪物が潜んでいるとは」
スーツの男——人狼族の執事リバロンは、獲物を見つけた獣のように、唇を吊り上げて静かに笑った。
「素晴らしい。あれこそが真の覇王……絶対的怪物の薫り。ぜひとも、お目にかかりたいものですな」
◇ ◇ ◇
俺は食後のマルボロに火をつけ、紫煙を細く吐き出した。
「なんか、遠くの方で変な悪寒がしたな……」
まあいい。腹も膨れたし、極上の土も出来た。よそ者の厄介事なんざ、知ったことじゃねぇ。
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