EP 9
極道流・雪かき(ペッタンコ)
「や、やれェェェッ! 全魔獣、あのふざけた農民を骨の髄まで焼き尽くせェェッ!!」
アバロン魔皇国『人事部』の特命執行官ザメスが、恐怖で裏返った声を張り上げた。
彼が連れてきた数十頭の『熱源魔獣』たちが、一斉に牙を剥き、猛烈な炎を纏いながら俺へと襲いかかってくる。
普通の人間なら、その熱とプレッシャーだけで灰になっているだろう。
だが、俺の心に去来していたのは、恐怖でも焦燥でもなく、ただひたすらな『サウナへの未練』と『怒り』だけだった。
「……雪国で暮らす上で、一番の重労働が何か知ってるか」
俺は、真冬の冷気を吸い込み、低くドス黒い声で呟いた。
右手に持ったタローマン製の鉄のスコップを、ゆっくりと足元の雪面に突き立てる。
「それはな、『雪かき』だ。朝早く起きて、玄関前の雪を退かさねぇと、新聞配達も来れねぇし車も出せねぇ。……だがな、コツさえ掴めば、雪かきってのは最高のエクササイズになるんだよ」
ズウゥゥゥゥゥゥゥゥンッ……!!
俺の全身から噴出する赤黒い極道の闘気が、スコップの金属部分を分厚くコーティングしていく。
そして、襲い来る数十頭の魔獣たちが俺の目の前数メートルに迫った、その瞬間。
「極道流・雪かき(ペッタンコ)」
俺は腰を深く沈め、足元の雪ごと、スコップをフルスイングで前方へとカチ上げた。
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
それは、ただの雪かきなどではなかった。
スコップによってすくい上げられた数十トンの雪が、俺の赤黒い闘気と融合し、まるで巨大な津波――いや、人為的に引き起こされた『超高圧縮の雪崩』となって、魔獣たちを正面から飲み込んだのだ。
熱源魔獣たちが放っていた灼熱の炎は、圧倒的な物理質量を持つ雪の壁にぶち当たった瞬間、「ジュッ」という間抜けな音を立てて一瞬で鎮火した。
「な、なんだとォォォォッ!?」
ザメスが絶叫する間も無かった。
雪崩はそのままザメスと魔王軍の部隊を完全に飲み込み、ポポロ山の斜面を数十メートルにわたって押し流していく。
そして、斜面の先端にある巨大な岩壁に激突した瞬間。
――バァァァァァァァァンッ!!!!
凄まじい圧縮音と共に、全ての雪と魔王軍の部隊が、岩壁に叩きつけられた。
俺の闘気によって極限までプレスされた結果、ザメスも魔獣たちも、まるでアニメのギャグシーンのように、厚さ数センチの『巨大な雪のパンケーキ』として、岩壁にペッタンコに張り付いてしまったのである。
「……ふぅ」
俺はスコップを肩に担ぎ直し、首のタオルで汗を拭った。
岩壁に張り付いた雪のパンケーキからは、「……労災……降格処分……」というザメスのくぐもったうめき声と、魔獣たちの「キャン……」という情けない鳴き声が漏れ聞こえてくる。
死んではいない。極道は無駄な殺生はしねぇ。だが、完全に戦意を喪失(物理的にペラペラ)しているのは明らかだった。
『wwwwwwwwwww』
『人事部、雪のクレープにされるの巻ww』
『スコップ一振りで軍隊をペッタンコにするとか、もう魔王だろこいつww』
『炎上神ワイズ、また農家に負けたってよww』
上空でホバリングするキュララのドローンカメラが、岩壁に張り付いたアバロン人事部の無惨な姿を大写しにし、コメント欄はかつてない規模の大爆笑の渦に包まれていた。
「す、すごいですわ龍魔呂様! あの熱源魔獣の群れを、魔法も使わずにスコップ一本で……!」
キャルルがダブルトンファーを下ろし、目を輝かせて俺に駆け寄ってくる。
だが、それ以上に深い、ほとんど狂信的な衝撃を受けていた者がいた。
「あぁ……なんという……なんという御方でしょう……」
元氷魔将軍・スアイは、タローマンの作業着のまま、雪の上にペタンと座り込み、俺の背中を震える瞳で見上げていた。
(あれだけの熱量を持った敵の群れ……私なら、問答無用で『絶対零度』の魔法を放ち、雪山ごと凍てつかせていたはず。ですが、それでは周囲の生態系に多大なダメージを与えてしまいます)
スアイの脳内で、極道流の雪かきが、都合の良い方向へと超解釈されていく。
(お師匠様は、魔法を一切使わず、ただ足元の雪を『利用』しただけ。自然を傷つけず、ただ雪を退かすという日常の動作(DIY)の延長で、あの軍隊を無力化した……! これこそが、大自然と調和したキャンパーの究極の姿……ッ! 私の氷魔法など、彼の前では子供の遊びにすぎませんわ!)
スアイはフラフラと立ち上がり、俺の前に進み出ると、雪の上に両手をついて深々と土下座した。
「お、お師匠様ァァァッ!!」
「あぁ? なんだよいきなり」
「私、一生ついていきますわ! ビキニアーマーなどもう二度と着ません! アバロン魔皇国の人事部が何と言おうと、私はこのポポロ村で、お師匠様の下でDIYとサウナの極意を学ぶと決めました!」
スアイが涙ながらに叫ぶ。
氷の女帝としてのプライドも、魔将軍としての未練も、今この瞬間、完全に吹き飛んでいた。彼女の心にあるのは、ただ純粋な『キャンパーとしての尊敬』と、タローマンへの愛だけだ。
「おいおい、勝手に決めるな。……まぁ、別に好きにすりゃいいがよ」
俺はため息をつき、ひしゃげたサウナ小屋の屋根を見上げた。
「敵は片付いたが、肝心のサウナの屋根が飛んじまった。これじゃあロウリュはできねぇな」
「あっ……申し訳ありません、お師匠様。私のせい……」
「気にするな。DIYってのは、壊れたらまた直せばいいだけのことだ。……それに」
グゥゥゥゥ……。
俺の腹の虫が、雪山に低く響き渡った。
それに釣られるように、スアイやキャルル、そして麓から登ってきたリーザとルナ、キュララのお腹からも、盛大な音が鳴る。
「……雪かきしたら、腹が減っちまったな」
俺はスコップを雪に突き立て、ニヤリと笑った。
「今日はサウナはお預けだ。気温も下がってきたしな。……テントに戻るぞ。冷え切った身体に最高に染み渡る、極上の『鍋』をこしらえてやる」
「「「なべっ!!?」」」
ヒロインたちの顔が、一瞬にしてパァァァッ!と輝いた。
「はいっ! 私、すぐにお鍋の準備を手伝いますわ!」
スアイが弾かれたように立ち上がり、テントへと駆け出していく。
アバロン魔皇国の追手はペッタンコにされ、炎上神の胸糞配信の目論見は完全に粉砕された。
残されたのは、ただ腹を空かせた極道農家と、彼に完全に胃袋と心を掴まれた女たちだけである。
夜空には、美しい満月が昇り始めていた。
全てを物理でねじ伏せた後の、待ちに待った『極上のキャンプ飯』の時間が、幕を開けようとしていた。
追っ手たちを岩壁のオブジェに変え、極道農家は悠然とテントへと戻る。
冷え切った雪山で、冷たいビキニアーマーを捨てた氷の女帝を待っていたのは、人生で最も温かくて美味しい、月下の宴だった。
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