EP 8
極道サウナ、完成と崩壊
白銀のポポロ山に、場違いな熱風が吹き荒れていた。
アバロン魔皇国『人事部』の特命執行官ザメスが連れてきた数十頭の『熱源魔獣』は、その口内に灼熱の火炎弾を生成し、今まさに完成したばかりのサウナ小屋へと放とうとしていた。
「やれ! コンプライアンス違反の違法建築物を、跡形もなく焼き払え!」
ザメスが丸眼鏡を光らせながら冷酷に手を振り下ろす。
「グルルルルルッ!! ガァァァァッ!!」
魔獣たちの口から、バスケットボールほどの大きさの火炎弾が、一斉にサウナ小屋に向かって撃ち出された。空気を焦がし、雪を瞬時に蒸発させながら迫る数十発の灼熱の弾幕。
「あっ……! お師匠様!」
スアイが悲鳴を上げ、キャルルがダブルトンファーを構えようとした、その瞬間。
――カキィィィィンッ!!
雪山に、まるで金属バットで硬球を弾き返したような、甲高い破裂音が連続して響き渡った。
「あぁ? 人のシマで勝手にキャンプファイヤー始めてんじゃねぇぞ」
サウナ小屋の前に立つ巨漢――鬼神龍魔呂が、片手に持った『鉄製の雪かきスコップ』を、ゴルフスイングの要領で軽々と振り抜いていた。
スコップの平らな金属面に赤黒い闘気をコーティングし、飛来する火炎弾を次々と物理的に「打ち返し」ていたのである。
弾き返された火炎弾は、明後日の方向へと飛んでいき、雪山の斜面で虚しく爆発した。
「な、なんだとォッ!?」
ザメスの丸眼鏡が、驚愕でズレ落ちる。
「魔獣の放つ純粋な魔法火炎を、ただの鉄のスコップで……物理的に弾き返したと言うのか!? 馬鹿な、いかなる対魔障壁スキルだそれは!」
「対魔障壁? 寝言は寝て言え。飛んでくるモンを打ち返すのに、魔法だのスキルだの要るかよ。腰の回転と動体視力だけで十分だ」
俺はスコップを肩に担ぎ、咥えていたマルボロの煙をフーッと吐き出した。
『wwwwwwww』
『魔法をスコップで打ち返す農家ww』
『物理エンジン壊れてるぞ!』
『魔王軍の人事部、ドン引きじゃねーか!』
上空を飛ぶキュララのドローンカメラが、そのシュールすぎる攻防を全世界に生配信し、チャット欄は草の大草原と化していた。
「ええい、怯むな! 相手はたかが農民一人だ! 対象を小屋からあの男に変更! 全頭、一斉射撃で焼き尽くせ!」
ザメスがヒステリックに叫び、魔獣たちが再び火炎弾を放つ。
だが、俺はスコップを両手で構え、次々と飛来する炎を『極道流・雪かき(バッティング)』でホームランの如く打ち上げ続けた。
魔法使い同士の高度な戦闘などではない。ただのヤンキー農家による、千本ノックである。
「く、くそっ……! ならば、コンプライアンス(力)の差を見せつけるまで! 全魔獣、魔力を一点に集束させなさい! 人事部特権・『リストラクション・フレア(強制解雇の業火)』!!」
ザメスの号令と共に、数十頭の熱源魔獣の炎が空中で一つに融合し、直径十メートルに及ぶ巨大な『黒い炎の球体』へと変貌した。
炎上神ワイズのチートバフを受けたその炎は、周囲の空間そのものを歪めるほどの異常な熱量を放っている。
「ハハハハッ! どうです! これをスコップで弾き返せば、背後の女帝や村長もただでは済みませんよ! 大人しく黒焦げになりなさい!」
「……チッ。組織の犬が、小賢しい真似を」
俺は舌打ちをし、スアイとキャルルの前に立ちはだかった。
俺一人ならスコップで真っ二つにカチ割るところだが、背後の二人(と大事なサウナ小屋)を守るとなれば、俺自身の闘気で炎を受け止めるしかない。
「龍魔呂様! 危険ですわ!」
「下がってろ」
俺は左手を前に突き出し、赤黒い闘気を極限まで圧縮した『極道オーラの盾』を展開した。
ズドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
巨大な黒炎が俺の闘気に激突し、爆発的な閃光と衝撃波が雪山を揺るがした。
足元の雪が一瞬で蒸発し、水蒸気爆発が巻き起こる。俺は闘気で炎の直撃を完全に防ぎ切ったが……その『余波』までは、物理的にカバーしきれなかった。
――メキョッ! バキィィィィンッ!!
俺の背後で、嫌な木材の破壊音が響いた。
「あっ……!」
スアイの悲鳴。
俺が衝撃波を上に逃がした結果、その凄まじい風圧と熱風が、俺たちの背後にあった『サウナ小屋』の屋根を直撃してしまったのだ。
スアイと二人で、皮を剥き、木槌で一本一本丁寧に組み上げた、美しいログハウスの屋根。
それが、巨大な黒炎の衝撃波によって無残にも吹き飛ばされ、空の彼方へと飛んでいってしまった。
屋根を失ったサウナ小屋の内部に、マイナス十度の極寒の猛吹雪が容赦なく吹き込む。
「あぁ……っ、私たちの……サウナ小屋が……っ!」
スアイが雪の上に膝をつき、絶望の表情で両手で顔を覆った。
俺はゆっくりと振り返り、無惨な姿になったサウナ小屋を見つめた。
中央に積まれたサウナストーンは衝撃で崩れ落ち、用意していた『陽薬草』の特製ロウリュ水は、木桶ごとひっくり返って雪の中に吸い込まれている。
壁に掛けられていた温度計の針が、理想の『九十度』から、急速に『マイナス五度』へと急降下していくのが見えた。
「……」
俺は、何も言わなかった。
ただ、手の中のスコップの柄が、ミシミシと悲鳴を上げるほどに強く握りしめられていた。
「ハァーッハッハッハッ!! 見ましたか! これが会社(魔皇国)に逆らった者の末路です!」
ザメスが、崩壊したサウナ小屋を見て高笑いした。
「不潔な木組みの小屋など、最初からこうなる運命だったのです! さぁスアイ将軍、そのみすぼらしい作業着を脱いで、こちらのビキニアーマーに着替えなさい! 今なら減給三ヶ月で手を打ってあげますよ!」
「……ふざけないでください……っ」
スアイが、タローマンの軍手を握りしめ、震える声で立ち上がった。
「あれは……私とお師匠様が、手塩にかけて作り上げた、神聖なDIYの結晶……! それを、貴方たちのような心無い社畜が……っ!」
スアイの全身から、絶対零度の魔力が暴走しそうになる。
だが、俺は無言のまま、スアイの肩にポンと手を置いた。
「お、お師匠様……?」
「……引っ込んでろ、スアイ。火傷するぞ」
地獄の底から這い出してきたような、ドス黒い声。
俺の全身から噴出する『赤黒い闘気』が、先ほどまでの防戦のオーラとは全く異質の、純度百パーセントの『殺意』と『怒り』へと変貌していた。
「おい、そこのメガネ」
俺は、鉄のスコップを地面に突き立て、ザメスを真っ直ぐに睨みつけた。
その瞬間、雪山の空気が、物理的な重力を持ってザメスと魔獣たちにのしかかった。魔獣たちが本能的な恐怖を感じ、キャンキャンと怯えた声を上げて後ずさりする。
「ヒィッ……な、なんですか、そのオーラは……! たかが小屋の一つが壊れたくらいで!」
「たかが小屋、だと?」
俺の額に、青筋がピキリと浮かび上がった。
「てめぇ……男が週末の楽しみのために、どれだけ魂込めてサウナの温度調整をしてたか分かってんのか。湿度の管理、薪のくべ方、サウナストーンの選定……その全てが完璧に組み合わさった『至高のととのい空間』だったんだぞ」
俺はスコップを肩に担ぎ直し、一歩、ザメスに向かって踏み出した。
「それを……てめぇのクソみてぇな火遊びのせいで、屋根が飛んで、せっかくの熱が全部逃げちまったじゃねぇか」
俺の背後に、巨大な阿修羅の幻影が、怒りの形相で立ち上がる。
「極道のルール。他人の趣味を壊す奴は、絶対に許さねぇ」
「ひぃぃぃっ!? ま、魔獣ども、何をしている! やれ! あの男を焼き殺せぇぇっ!」
ザメスが恐怖で顔をひきつらせながら叫ぶ。
だが、遅い。
極上の「ととのい」を邪魔された極道農家の怒りは、すでに限界を突破していた。
「てめぇらの薄汚ねぇ炎ごと……俺が綺麗に『雪かき』してやるよ」
崩壊したサウナ小屋の残骸を背に、極道農家の怒りが臨界点に達した。
魔法もスキルも通じない、純粋な『物理』による最凶のお仕置きが、ブラック上司たちに振り下ろされようとしていた。
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