EP 6
ヤンデレ村長の雪山パトロール
ポポロ村の村長宅。暖かいコタツの中で、キャルル・ムーンハートは愛用の人参柄のハンカチに刺繍を施していた。
平和な午後のお茶の時間。だが、彼女の長い兎耳はピクピクと不穏な動きを見せ、その表情は次第に険しいものになっていた。
「……ドクン、ドクン……」
キャルルの持つ『心音感知』の能力。それは、離れた場所にいる者の鼓動すら正確に捉えることができる月兎族特有の索敵スキルだ。
彼女の耳が捉えていたのは、裏山のポポロ山で作業をしている愛しの龍魔呂と、あのタローマンの作業着を着た氷の女帝・スアイの心音だった。
「お師匠様、このペグの角度でよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいぞ。そのまま木槌で奥まで叩き込め」
聞こえてくる会話自体は、健全なキャンプ設営のそれだ。
しかし、キャルルのヤンデレセンサーは、スアイの心臓が龍魔呂の言葉に反応して「ドキンッ!」と高鳴っているのを絶対に見逃さなかった。
「……あの泥棒猫……いえ、泥棒女帝。DIYの弟子入りなどと口実をつけて、龍魔呂様のお側にへばりつくつもりですわね……!」
キャルルの手の中で、縫いかけのハンカチがギリッと握りしめられる。
「龍魔呂様の極上のDIYテクニックと、男らしい木槌の振りおろしに魅了される気持ちは痛いほど分かりますわ。ですが、龍魔呂様は私の……いえ、ポポロ村の尊い大黒柱! あのような冷気女に、龍魔呂様の温もりを奪われるわけにはいきません!」
キャルルはコタツを勢いよく跳ね除け、玄関へと向かった。
彼女が履くのは、愛用するタローマン製の特注安全靴。さらに今日は雪山仕様ということで、ガチャリと金属製の『アイゼン(滑り止め)』を装着した。
「雪山のパトロールに向かいますわ。……フフフ、怪しい害獣がいれば、月影流・顎砕きで雪山に沈めて差し上げます!」
ヤンデレの炎を燃やしながら、キャルルは猛吹雪の跡が残るポポロ山へとダッシュした。
◇ ◇ ◇
ポポロ山の中腹。
完成が近づくサウナ小屋の横で、俺とスアイは冬キャンプ用の巨大なドーム型テントの設営を行っていた。
「お師匠様、メインポールのしなり具合、完璧ですわ! 次はガイロープのテンションを……あっ!」
スアイがロープを引っ張ろうとした雪の足元が滑り、彼女の身体がバランスを崩す。
「おっと、危ねぇな」
俺はとっさにスアイの腕を掴み、引き寄せた。
「あ……お、お師匠様……!」
スアイの顔が真っ赤になり、その瞳がキラキラと輝く。
だが、俺が見ていたのは彼女の顔ではなく、彼女の手から滑り落ちそうになったテントの布地だった。
「気をつけろ。この雪用の特注テント、タローマンで奮発して買ったんだ。破けたら高くつくからな」
「は、はいっ! 申し訳ありません、テントの生地第一で動きますわ!」
魔将軍だろうが何だろうが、キャンプ道具を粗末に扱う奴は許さねぇ。
――ズザァァァァァァッ!!
その時、凄まじい勢いで雪を巻き上げながら、麓から安全靴にアイゼンを装着したキャルルが猛スピードで滑り込んできた。
「そこまでですわ、泥棒女帝!!」
キャルルはダブルトンファーを構え、俺とスアイの間に割って入った。
「龍魔呂様の優しさに付け込み、あまつさえその腕の中に飛び込もうなどと……! 私の心音感知は誤魔化せませんわよ! 貴女、今龍魔呂様に触れられて、心臓が『ドキン!』と鳴りましたわね!」
キャルルのヤンデレ牽制に対し、スアイはきょとんとした顔で首を傾げた。
「心臓が鳴った? ……あぁ、なるほど。確かに鳴りましたわ」
「ほら見なさい! やはり龍魔呂様を狙って……!」
「ええ。お師匠様が素手でガイロープにテンションをかける際、その広背筋と上腕二頭筋が織りなす『完璧なペグダウンの姿勢』に見惚れてしまったのです。なんという無駄のない筋肉の連動……テント設営の美学がそこに詰まっていましたわ」
「……はい?」
キャルルの勢いが、空振りしてピタリと止まる。
スアイは胸に手を当て、真剣なキャンパーの瞳で語り始めた。
「テントのペグ打ちにおいて、角度は命。雪中キャンプならばなおさらです。お師匠様の四十五度の打ち込み角度と、ハンマーを落とす際の極道の闘気の乗せ方……あれは芸術です。恋愛感情などという世俗の不純物で、この神聖なDIYの師弟関係を汚さないでいただきたいですわ」
「えっ、あ、そういう……?」
「私はビキニアーマーを強要する魔皇国のセクハラから逃れ、真の大自然と一体になるためにここへ来たのです。今はテントの設営角度と、サウナの煙突の排気効率のことしか頭にありませんわ」
スアイのあまりにもガチすぎるキャンパー思考に、キャルルはダブルトンファーを下ろし、毒気を抜かれたように立ち尽くした。
「……貴女、もしかして、本当にただのキャンプ馬鹿(ガチ勢)ですの……?」
「馬鹿とは失礼な。お師匠様の一番弟子ですわ。……それより村長さん、貴女の履いているその安全靴、もしかしてタローマンの『極・防寒アイゼンブーツ』ではありませんか?」
スアイが、キャルルの足元を見て目を輝かせた。
「え? あ、ええ。タローマンの職人向けコーナーで、限定色を買ったんですけれど……」
「素晴らしい! 雪山での作業において、そのグリップ力は最強です。……村長さん、もしよろしければ、あちらの凍った斜面にペグを打ち込む作業、手伝っていただけませんか? 私のオーバーオールと貴女の安全靴があれば、最強の設営チームになりますわ!」
「あ、ええ。まぁ、それくらいなら……」
気がつけば、ヤンデレの炎を燃やしてカチコミに来たはずのキャルルが、スアイと一緒に「このペグの角度、もう少し寝かせた方がいいですわね」「さすが村長さん、安全靴の踏み込みが完璧ですわ!」と、仲良くテント設営に汗を流していた。
「……まったく、騒がしい奴らだ」
俺はマルボロの煙を吐き出しながら、出来上がりつつある特大テントとサウナ小屋を見上げた。
氷の女帝と月兎族の村長。絶対に相容れないはずの二人が、タローマンのワークウェアとキャンプという共通言語を通じて、謎の友情を育んでいる。
俺はただ美味いキャンプ飯とサウナを楽しみたかっただけだが……まぁ、悪くねぇ景色だ。
「よし、テントが張れたら、中に薪ストーブを入れるぞ。ダラダラしてると日が暮れるからな」
「「はいっ、龍魔呂様(お師匠様)!」」
二人の元気な声が、雪山に響き渡る。
……しかし。
俺たちが平和なキャンプ設営を楽しんでいる一方で。
ポポロ山の麓の森の中では、雪をドロドロに溶かすような異様な熱気が、確実にこの場所へと這い寄っていた。
「……見つけたぞ。あの裏切り者の氷魔将軍め。田舎の農村で、泥にまみれて遊んでいるとはな」
黒曜石の鎧を着込んだ魔族の男――アバロン魔皇国『人事部』の特命執行官が、ギラギラと燃える熱源魔獣の背に乗って冷酷に笑う。
「魔王様のご命令だ。彼女のふざけた作業着を焼き払い、ビキニアーマーを着せて職場へ連行する。あの忌々しい木組みの小屋ごと、灰にしてやれ!」
炎上神ワイズの悪意に煽られたブラック企業の魔の手が、極道の「ととのい」の時間を破壊すべく、その牙を剥こうとしていた。
ヤンデレ村長と氷の女帝に奇妙な友情が芽生え、サウナ小屋の完成が目前に迫る。
だが、その背後には、空気を読まないブラック上司の「熱源魔獣」が、全てを燃やし尽くそうと息を潜めていた。
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